どうしても八ヶ岳の苔を見たかったのです。
電車バスでの移動たどり着くのがとても面倒でした、時間もお金もかかるので、諦めかけていました。
最近結構時間的にゆとりのある生活をして検索をしまくっていました。
ネットは親切だと感じ✌️います。
なんと行きたい場所のツアーを紹介してくれたではありませんか⁉️
個人で行くより知らないところも、沢山予定に入って驚きました、自分的には、トレッキングにもう少し時間をかけたかったのですが、年齢的にも一人参加で良いツアーだと感じました❗
ツーリズムは一人参加にはとても親切な気がします。
私只今65才トレッキングメーカーの参加資格は70才までと成っていますので気持ちにゆとりが、無くなっておりました。
体を鍛えて、装備を揃えて私鉄のハイキング参加にも積極的に参加しております。
そのお陰で糖尿病のAICが、0.02下がりました、医者にも薬剤師にも褒めて頂いております。
あれこれ調べて参加出来た画像を紹介します。
母が、施設に入所してから気持ちのコントロール緩んで、おります、良い意味での生活に減り張りをつけられるように、自分見つめが、必要です。
母がいつの間にか骨折して入院してから久しぶりでした。
7つの会議リアルに見応えがありました。
母の厳しい対応のお陰で死ぬ覚悟で自分見つめ本音が発信できる ようになった。
今日は曇り梅雨です寒さも感じるくらいでしたが、風があったので洗濯は乾きました、26~27日はショートスティに母は行くことができました。(気持ち的にもリラックスできてお陰様です。)
最近母の体調の変化はそれなりにありまあすが以前より落ち着いております。
だんだんと歩きにくくは成っていますがそれなりに現状維持という感じです。
そんなに歩けないのですが、ディーサービスに行ったり、ショートスティに出かけていますので母のおしゃれ心が出てきている感じです。
以前は母の気持ちを汲み取ることができなかったのですが、最近ヤット少しだけですが理解できるようになりました。
夏物のサンダルが買いたいと、言ってきました、今は天六の月一回の通院も歩くのに自信がないということでタクシーで出かけるようになっていました、まさかサンダルがはきたいと言ってくるとは驚きでした、いろいろ母と検討しました、たぶんお願いしたらタクシーに車いすは乗せてもらえると感じていましたが母が嫌な様子でした。
近所のスーパーは良心的な商品に感じないものがありました、結構家からも遠くて、タクシーもダメ・スーパーもいまいちよくないような気がして、それだったら、靴は履いてみないと履き心地が解らないけれどネットで履きやすそうなサンダル探してみようかと母に提案してみました。
結構放送してある商品は品質的にも料金面も良品質な気がしていました。
タイミングが良かったと思いますQVCショップチャンネルでストレッチ素材のとても履き心地のよさそうなサンダルがありました、おきらくも結構多忙でテレビ放送は見れなかったのですがネットの目玉商品おすすめ商品に出てきて助かりました。
母は返品できるなら試に頼んでほしいと言ってきました。
足のサイズは平均的なサイズなのでたぶん大丈夫ではないかとおきらくは感じていましたが、母には言いませんでした、貴女が勝手に決めつけないでと言われるのが落ちですから。
現物を試してみなければいけませんからね!
注文してから2~3日で届きました。
足に合わないと返品しなければなりませんので大急ぎで履いてもらいました、デザインも母の好みのようで助かりました。(シンプルでトテモ感じよかったです。)
83歳にもなると履きやすい形が一番です足がおきらくから見るとよたよた不安定でも新しいサンダルがはきたいんですよね、今までのおきらくだったら母の気持ちがしょぼんでしまいそうなことを言ってしまったかもしれませんがそれなりに汲み取ることができて、おたがい話し合って決めることができて良かったです。
最近通販が充実して本当に助かっています。
便利な世の中になりましたよね。
今日は梅雨の晴れ間というのでしょうかとてもさわやかな一日でした。
最近母の体調も落ち着いてきて少し息抜きができるようになってきました、母は相変わらず頭の回転も好調娘のおきらくには遠慮気兼ねは小さじ一杯もありません。
親は子供の前を歩くものと信念強固なところがあります。
息子が結婚したことで意識のない自分自身の気づいていないストレスがヤット把握できたような気がします。
母もおきらくも夫は心の頼りになる人でなかったこと、コミニケーション不足ですがナカナカ歯車のあった夫婦は見かけませんので致し方ないことのようですが。(お互いの自覚の問題だと思うのですが。)
振り返ってみれば父が病気や怪我ばかりしていた人なので意識のないところで親に我儘が言えなかったようです。
会社からいただく給料も病気で休んでいますので人並みの給料は頂いていなかったようですせめて持家で家賃の支払い無なかったので、母がなんとか働いて足らない生活費を補ってくれていたので生きてこれたようです。
子供の私は暢気なもので母の大変さは理解できていなかったようです、同年代の子供達よりも欲しいものを買ってほしいとセガムことがどうもできていなかった感じがします、母親として精一杯のことをしていてくれたような気がします。
しかし物質的には足りていなかったような気がしてなりません。
自分のことは致し方ない親を選んで生まれることは出来ないしと意識のないところで考えていたような気がします。(諦めの気持ちだったようですが。)
父に学校であった出来事を話すと学校に文句を言いに行くと言われて絶対に父の前では自分の不足を話してはいけないと心に誓っていたようです。
(そんなことをされたら恥ずかしい気持ちがでて、怯えていたような気がします、母に父に言われたことを相談すれば良かったのでしょうが解っていなかったんですね。)
形が違って夫にも家計費のやりくりの相談は出来ないと心に誓っていたような気がします。
せめて父とは違い健康で働いて給料は全部頂いていましたので、気休めはしていたような気がします。
せめて人並みな生活ができるようになるのに共働きを夢に描いていたようです。
父の妹が昭和5年生まれで父の働いていた会社に勤めていました、昭和28年生まれのおきらくには、そのおばさんがとても素敵に感じていました。
おきらくより1歳年下の従姉がとても裕福そうに見えていました。
今振り返ってみると心の闇の部分だと感じるのですが。
宮部みゆきさんのドラマをよく見ていますが、人には形が違って心が歪んでいるのではと辛い思いをしないとナカナカ心の闇の部分は見えませんでした。
潜在意識なんでしょうね、母からはおきらくに父の愚痴めいたことは聞いていませんでしたが子供心に母の緊張感が伝わっていたような気がします。(生真面目なことは最近やっと気づくように母が煙たく感じるのは生真面目すぎるからです。)
親子の生き方はどうも連動するようで息子におきらくの緊張感が伝わっていたようです、親に相談することなく自分の境遇を意識のないところで把握してしていたようです。
息子に嫌われてるのはおきらくが母に感じている気持があるのではと気づきつつあります。
夫に物足りなさを感じながら息子との関係を良好にしたいと夢描いたいたような気がするのですが、不足を一杯抱えている母親のことを良い印象に見て貰えるわけがないと思えるようになりました。
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まだ世の中がインフレの時代で能力のないおきらくでも受け入れてくれる企業があったので助かっていたようです。
今の若い人は今までは気の毒なような気がするのですが我が家の息子も私たち夫婦が頼りにならないので、大学を卒業したときにどんな過酷な仕事でも正社員で働ける仕事を探していた感じがします。
息子を見ていると苦労は若いうちに私たち夫婦もそうです、年金の手続きに行ったときに職員の方からあなたたちは先苦労の人ですねと仰っていただいたのですが?
最近話された内容の意味がやっと解るようになりました、すぐに理解できないものでお恥ずかしいです。
物足りない気持ちが共働きの叔母を憧れていたことも認識できていませんでしたから。
自分のことで気づいたことを記事にしてみました。














