おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

好奇心だけでは生きていけないことをツクヅク実感しております。
自分の本音も勘違いをしていましたし、アラフォー世代ですがマダマダこれから柔軟な修行の必要性を感じている最中でございます。
自主的に楽しい日々を送る努力をしますね。

おきらくかあちゃん-白馬 関西在住の、女性の方で、年齢45~55位で、月曜日か木曜日お休みの方で、ハイキング好きの方、一緒に、歩きませんか?

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母子共々骨折している事に気付いていませんでした。

咳が続き、風邪が長引いているのかな?

掛かり付けの医師が、おかしいね?

風邪ぐらいで歩け無いのは不思議、念の為にレントゲを撮りましょう、レントゲンを撮っても異常が無い大きな病院に紹介状を書くので詳しい検査して診てくださいとの事でした。

検査も順番待ちで3日位待ったと思います。

待っている間紙おしめをして、手と顔は、歩け無いので桶を母の部屋まで持参していました。

拭いて挙げれば簡単なのですが、独立心が強い母は嫌がりました、まさか検査をしてもらうまでは骨折している事も即入院に成るなんて母子共々考えもしていませんでした。

母の部屋と離れていたので介護保険を利用して寝室に警報ランプを付けて貰っておしめの介護をするつもりでいました。

医療病院がどういう内容の病院なのかも認識が無く、娘の関わりでは限界が来た事は感じました。

それなりに将来どう成るのか心配はしていました。

不足は思わないように成るべくお任せお任せと自分自身に言って聞かせていました。

将来の段取りを口にするのが怖かった様な気がします。

様々な出来事は神様が決定してくるのかなと思った瞬間でした。



何から報告しようかと、思い巡らせていたのですがヤット考えがまとまって来ました。

以前投稿していた記事を読み替えしてみると、同居していた、実母の愚痴のオンパレードどでした。

昨年の今時分は、いつの間にか骨折して10人部屋の療養病院に入院していました。

息子の希望で4カ月毎日母の病院に通っていました。

入院中は家事も疎かに成りがちでしたが夫も協力してくれて助かりました。

彼のアドバイスが無ければ通って居なかった思います。

時間も交通費も結構掛かっていました。


母は来なくて良いよと、言葉では言っていましたが…

本音は毎日来て欲しかったようです。

建前と本音.孫の息子の方が汲み取る事が出来た様子です。

働くばかりの母親と息子は祖母と過ごす日々の方が多く育っていましたので本音をキャチした感じがします。

私は母とのやり取りのなかで優しく接する事が出来ない物がありましたから、親子の間を息子が取持ってくれた様な気がします。

休んでいた報告これからまだ続きます。









今年の1月後半から、何時の間にか骨折をして、歩行困難に成りました、在宅介護も限界に成り。

腎臓を患って、透析拒否をして、2週間毎に貧血の注射に家族が、通院する約束でホームに預かって貰いました。

今回の耳鼻科通院は、ヘルパーさんが、母の耳掃除をしている時に傷が付き耳の、奥が内出血して念のために、専門の耳鼻科に、検診して貰うためです、母は嫌がりましたが、耳が、聞こえ無くなっても困るのでは❓

入所して2つの病院通院は、面倒と言えば面倒です、子供の義務と自主的に考え面倒がらずに関わって行きます❗


最初計画を立てていたのは、アウトドアメーカーの現地集合開催のトレッキングツアーでした。

どうしても八ヶ岳の苔を見たかったのです。

電車バスでの移動たどり着くのがとても面倒でした、時間もお金もかかるので、諦めかけていました。

最近結構時間的にゆとりのある生活をして検索をしまくっていました。

ネットは親切だと感じ✌️います。

なんと行きたい場所のツアーを紹介してくれたではありませんか⁉️

個人で行くより知らないところも、沢山予定に入って驚きました、自分的には、トレッキングにもう少し時間をかけたかったのですが、年齢的にも一人参加で良いツアーだと感じました❗

ツーリズムは一人参加にはとても親切な気がします。

私只今65才トレッキングメーカーの参加資格は70才までと成っていますので気持ちにゆとりが、無くなっておりました。

体を鍛えて、装備を揃えて私鉄のハイキング参加にも積極的に参加しております。

そのお陰で糖尿病のAICが、0.02下がりました、医者にも薬剤師にも褒めて頂いております。

あれこれ調べて参加出来た画像を紹介します。
春の日差しですが、風がとても強かったです。


母が、施設に入所してから気持ちのコントロール緩んで、おります、良い意味での生活に減り張りをつけられるように、自分見つめが、必要です。
訪問があったお陰で、映画が見に行ってきました。

母がいつの間にか骨折して入院してから久しぶりでした。

7つの会議リアルに見応えがありました。

母の厳しい対応のお陰で死ぬ覚悟で自分見つめ本音が発信できるようになった。

今日は曇り梅雨です寒さも感じるくらいでしたが、風があったので洗濯は乾きました、26~27日はショートスティに母は行くことができました。(気持ち的にもリラックスできてお陰様です。)


最近母の体調の変化はそれなりにありまあすが以前より落ち着いております。


だんだんと歩きにくくは成っていますがそれなりに現状維持という感じです。


そんなに歩けないのですが、ディーサービスに行ったり、ショートスティに出かけていますので母のおしゃれ心が出てきている感じです。


以前は母の気持ちを汲み取ることができなかったのですが、最近ヤット少しだけですが理解できるようになりました。


夏物のサンダルが買いたいと、言ってきました、今は天六の月一回の通院も歩くのに自信がないということでタクシーで出かけるようになっていました、まさかサンダルがはきたいと言ってくるとは驚きでした、いろいろ母と検討しました、たぶんお願いしたらタクシーに車いすは乗せてもらえると感じていましたが母が嫌な様子でした。


近所のスーパーは良心的な商品に感じないものがありました、結構家からも遠くて、タクシーもダメ・スーパーもいまいちよくないような気がして、それだったら、靴は履いてみないと履き心地が解らないけれどネットで履きやすそうなサンダル探してみようかと母に提案してみました。


結構放送してある商品は品質的にも料金面も良品質な気がしていました。


タイミングが良かったと思いますQVCショップチャンネルでストレッチ素材のとても履き心地のよさそうなサンダルがありました、おきらくも結構多忙でテレビ放送は見れなかったのですがネットの目玉商品おすすめ商品に出てきて助かりました。


母は返品できるなら試に頼んでほしいと言ってきました。


足のサイズは平均的なサイズなのでたぶん大丈夫ではないかとおきらくは感じていましたが、母には言いませんでした、貴女が勝手に決めつけないでと言われるのが落ちですから。


現物を試してみなければいけませんからね!


注文してから2~3日で届きました。


足に合わないと返品しなければなりませんので大急ぎで履いてもらいました、デザインも母の好みのようで助かりました。(シンプルでトテモ感じよかったです。)


83歳にもなると履きやすい形が一番です足がおきらくから見るとよたよた不安定でも新しいサンダルがはきたいんですよね、今までのおきらくだったら母の気持ちがしょぼんでしまいそうなことを言ってしまったかもしれませんがそれなりに汲み取ることができて、おたがい話し合って決めることができて良かったです。


最近通販が充実して本当に助かっています。


便利な世の中になりましたよね。



今日は梅雨の晴れ間というのでしょうかとてもさわやかな一日でした。


最近母の体調も落ち着いてきて少し息抜きができるようになってきました、母は相変わらず頭の回転も好調娘のおきらくには遠慮気兼ねは小さじ一杯もありません。


親は子供の前を歩くものと信念強固なところがあります。


息子が結婚したことで意識のない自分自身の気づいていないストレスがヤット把握できたような気がします。


母もおきらくも夫は心の頼りになる人でなかったこと、コミニケーション不足ですがナカナカ歯車のあった夫婦は見かけませんので致し方ないことのようですが。(お互いの自覚の問題だと思うのですが。)


振り返ってみれば父が病気や怪我ばかりしていた人なので意識のないところで親に我儘が言えなかったようです。


会社からいただく給料も病気で休んでいますので人並みの給料は頂いていなかったようですせめて持家で家賃の支払い無なかったので、母がなんとか働いて足らない生活費を補ってくれていたので生きてこれたようです。


子供の私は暢気なもので母の大変さは理解できていなかったようです、同年代の子供達よりも欲しいものを買ってほしいとセガムことがどうもできていなかった感じがします、母親として精一杯のことをしていてくれたような気がします。


しかし物質的には足りていなかったような気がしてなりません。


自分のことは致し方ない親を選んで生まれることは出来ないしと意識のないところで考えていたような気がします。(諦めの気持ちだったようですが。)


父に学校であった出来事を話すと学校に文句を言いに行くと言われて絶対に父の前では自分の不足を話してはいけないと心に誓っていたようです。


(そんなことをされたら恥ずかしい気持ちがでて、怯えていたような気がします、母に父に言われたことを相談すれば良かったのでしょうが解っていなかったんですね。)


形が違って夫にも家計費のやりくりの相談は出来ないと心に誓っていたような気がします。


せめて父とは違い健康で働いて給料は全部頂いていましたので、気休めはしていたような気がします。


せめて人並みな生活ができるようになるのに共働きを夢に描いていたようです。


父の妹が昭和5年生まれで父の働いていた会社に勤めていました、昭和28年生まれのおきらくには、そのおばさんがとても素敵に感じていました。


おきらくより1歳年下の従姉がとても裕福そうに見えていました。


今振り返ってみると心の闇の部分だと感じるのですが。


宮部みゆきさんのドラマをよく見ていますが、人には形が違って心が歪んでいるのではと辛い思いをしないとナカナカ心の闇の部分は見えませんでした。


潜在意識なんでしょうね、母からはおきらくに父の愚痴めいたことは聞いていませんでしたが子供心に母の緊張感が伝わっていたような気がします。(生真面目なことは最近やっと気づくように母が煙たく感じるのは生真面目すぎるからです。)


親子の生き方はどうも連動するようで息子におきらくの緊張感が伝わっていたようです、親に相談することなく自分の境遇を意識のないところで把握してしていたようです。


息子に嫌われてるのはおきらくが母に感じている気持があるのではと気づきつつあります。


夫に物足りなさを感じながら息子との関係を良好にしたいと夢描いたいたような気がするのですが、不足を一杯抱えている母親のことを良い印象に見て貰えるわけがないと思えるようになりました。


せめて生まれてきてくれて母親をやらせてもらったことに感謝する必要があるようですが、ナカナカ心安らかな気持ちになることは難しいです、死んでゆくときには悟りの境地が必要なのではと思えるようになってきましたが書いているだけでマダマダなところがあります。


母はおきらくが働きたい結構働き続けて厚生年金を受給出来る資格を持っております働きたかっただけで何年働いたら受給資格ができるなんて計算できるおきらくではありませんでした、家のローン夫の実家への仕送りなどが課せられていましたので意識のないところで受給資格ができていたのです。


まだ世の中がインフレの時代で能力のないおきらくでも受け入れてくれる企業があったので助かっていたようです。


今の若い人は今までは気の毒なような気がするのですが我が家の息子も私たち夫婦が頼りにならないので、大学を卒業したときにどんな過酷な仕事でも正社員で働ける仕事を探していた感じがします。


息子を見ていると苦労は若いうちに私たち夫婦もそうです、年金の手続きに行ったときに職員の方からあなたたちは先苦労の人ですねと仰っていただいたのですが?


最近話された内容の意味がやっと解るようになりました、すぐに理解できないものでお恥ずかしいです。


物足りない気持ちが共働きの叔母を憧れていたことも認識できていませんでしたから。


自分のことで気づいたことを記事にしてみました。