おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦 -10ページ目

おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

好奇心だけでは生きていけないことをツクヅク実感しております。
自分の本音も勘違いをしていましたし、アラフォー世代ですがマダマダこれから柔軟な修行の必要性を感じている最中でございます。
自主的に楽しい日々を送る努力をしますね。

昭和47年高校を卒業して、2年後人並みにボーナスを頂けるように成って、自分自身の器も器量も判断できていないころでした、同期の友達を誘い込み親の恩もなにも認識していないころでした自分のことばかりで一生懸命のころです。


その当時は飛行機代も高額で清水の舞台の上から飛び込む覚悟で計画を立てたんです、高千穂行をその当時はあの美しい滝の幻想的な風景が真名井滝であることも知らないときでした。


只々美しい景色に会いたくて一直線の時でしたね、夫とも出会っていないときです。


本当に一大決心して計画を立てていました、それがどうも体調不良に成ってしまい、お腹が空いて何でも食べたくて食べたくて仕方がありませんでした、神様からの警告を若さで跳ね飛ばしていたのかもしれないのですが、仕事も忙しく残業ばかりしていました、若い娘を働かせてばかりで母はおきらくの勤め先を快く思っていなかったのではと感じるのですが?



働いただけお給料を貰ってましたからおきらくは楽しくて仕方がありませんでした、母の心配の内容は全然わかっていませんでしたね。


ホント青春真っ盛り懐かしいです。


それがおきらくの身分では行ってはいけない時期だったと今では理解できます、会社の近くの内科の医師に無理して旅行にでかけたら何時盲腸に成るかもしれません、白血球が異常に増えているので危険と指導されていました。

(計画していた時に熊本に台風が来て行ってはいけなかったんですね、その費用でお金は無いものにしてカラーテレビ購入しました、嫁に行くまで母子家庭の貴重品でございました。



そんなに反対されていく勇気はおきらくにはありませんでした泣く泣く旅行の計画は中止友達に悪いことをしたと感じるのですが自分の事で精一杯で振り返ってみて反省しております。


言いだしっぺは何時もおきらく友達は合せてくれていたことも解っていませんでした我がままだったのではと。



やる気と行動が伴わない時があるんですね今回も出発少し前に母の体調が良くなかったので断念しなければいけないのかなと心配な時がありましたが母もショトスティーに積極的に体調管理してくれお蔭様でした。



夫も何とか出勤日数は減って来月のお給料は少なくなると感じるのですが楽しい思いをしたので致し方ありません。


もうすぐ定年年金が増える前の計画でお互い年齢を意識してお金の前に元気なうちに足腰が何とか動いてる間に実行に移した次第であります。


前置きが長くなりましたが、下の画像から高千穂峡の九州自然歩道に出発します。



おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-高千穂2



この景色でございます本当に憧れておりました、結婚34年目で来れるとは有り難いことでございます、実は英語も喋れませんしあまり海外には興味が無いおきらく夫婦でございます、夫は高千穂峡のことはあまり、興味が無かったようですが訪れてみて良かったみたいですね。




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認識不足で天照大御神のパワースポットであることも知りませんでした、皇室と関わり合いがあることも行ってみてわかりました。



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夫はこの岩肌が興味があるようで写真を撮るように御願いされました。(詳しく勉強するつもりはないようですが自然科学のことはさすが男興味があるようです。


神話の里で歩くことが大好きなおきらくもう少し痩せていたらもっと愉しかったと感じるのですが、糖尿病の薬がどうも太る要因があるようで今回は歩くことが苦痛でありました重くなりすぎて楽しみと苦しみが交差しておりました。帰宅後の母の介護のことを考慮してなるべく無理はしないように心がけてきました。



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瀧のコントラストと苔が本当に美しかったです新緑の季節でもありお天気も最高で気持ちが良かったです。


駐車場でソフトクリームを販売していたんですが美味しかったです。


レンタカーを借りての旅行も初めて、ブロともさんにイロイロアドバイスを受けて計画をして感謝してます教えてもらわなかったら電車バスの移動は大変でした、夫にも感謝が出来ました得手勝手な妻でありますお恥ずかしいです。




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大型台風の被害で高千穂線は廃線に成っているのです、バスも1日に往復2便くらいしかありませんし、神話の里に個人で訪れるのは車が便利ですね、ツアーのように集合時間の心配もありませんし。


続きはもう少しいてから投稿します、今から夕食の準備をします。

今日はお天気も上々、気持寒く感じますが花見日和ですが、わが家は実は5日も留守をするのが初体験でございます。


苦労人の母もショトスティ初体験で母の緊張も伝わってきます。


飲み薬持参するナイロン袋の準備・化粧品・持ち物の手配母は初めてのところに行くのにはどうも新品を用意して出向きたい模様であります、おきらくもあまり人のすることは気にしないように心がけていますが出かけるときはもしまさかの出来事に遭遇した時になるべく心のこりをしたくない性分はどうも最近気づいたのですが母譲りの性格のようです。


ディーサービスに出かけるときも母のお気に入りのガーゼのバスタオルを大切に用意していたと事をおきらく、気づかなかった時があります。


(ちっとも私の気持が解らないと言われたことがありました。)


今回は丸1週間母はショトステイに出向きますので今回は母の気持ちを察してQUCのハワイアン模様のバスタオルをおきらくが早めに購入しました。


化粧水や乳液携帯用を母は買い物に行くことが出来ませんので、頼まれて購入にでかけてきましたが、コンビニで結構使いやすい良品質の品物が揃ってることを発見。


(コスメの専門のお店ものぞきましたが手軽な品物がありませんでした。)


シャンプーコンデショナーは携帯用はありません、最近ホテル旅館などはお風呂に備え付けてますので個人的に用意しなくて良くなってる感じなのかしらと思ったり。


結構なんでもおきらくは合うのでおきらく用は気にしてなかったのですが母の気持ちは大切にしなければいけません。


ある程度探しましたが無かったことは説明はしております。


12日に月1回天神橋の病院に検診に行ってますがその時に物入りついでに介護用のはき易い靴を購入しました靴屋さんは一杯ありますがはき易い専門の靴はどこにでも売っていません。


はき易そうないろいろな種類の靴が出来ていることの母子で驚き嬉しくもありました購入しやすいお値段に成っていました、老人が増えた証拠でしょうね。


下着も新品を購入、普段は質素な生活をしていますが、こんな時のために使いたいようです。


余りにも昔人間のような気がしますが母の気持ちを大切にして余計なことは言わないように口を慎んでおります。


今週末には新聞の配達停止とヤクルトヨーグルトを週1で届けてもらっているのも停止してもらう連絡をしなければいけません。


管理人さんにも留守をする報告が必要のようですここまでは実はおきらくもので気づかなかったのです、新聞のことも管理人さんの報告も全部母の指示です、いつもは母が留守番してくれてたのでこのような用事は必要なかったのです。


本当に何もかも初体験でございます。


新婚旅行もこんなに長く行きませんでしたから、振り返ってみれば夫の実家へは盆・正月には行ってましたが母が留守番してくれてました有難味が解ってなかったんですね。


形がちがっいてこのようなことはまた起きうる可能性もありますからね、足腰が丈夫な間に行っておきたいところもまだありますので。


先週母の体調不良でもしかして諦めなければと不安が募りましたが暖かくなってきて良好に成りました。


商店街の雰囲気を味わって母も楽しそうでした、体が動いていたころは当たり前のことが当たり前でなくなり母も小さな喜びを見つけられるようになってきてくれているようであります。


これから、体調管理を家族で心掛け無事旅行にでかけられるように努力いたします。


何もかも初体験で右往左往していますが心落ち着けて準備したいものです。



4月5日は母が勉強している会の春季大会でした。


最近の大阪は天候不良だったり寒さが強く感じたりそして息子が帰宅したり急に子守が入ったりで、実は4月7日はかかりつけの病院で糖尿病の1最新治療医療のセミナーにも参加しましたがその報告は後日しますね。


(ライフのお庭のお世話は気に成るし超多忙に日々を送っていましたつい夜更かしをしていります。)


昨年は東北大震災があったり、そのかかわりで原発事故の後遺症等様々な時代変革期に成ってきているんですね、漠然とは現状維持では生きて行けないことを感じていましたが。


おきらくの場合意識のないところで自分のライフサイクルの計画はしていましたが母の体調変化、息子の突然の結婚等、思いもかけない出来事が、怒涛のように押し寄せておりました。


我々の年代の方は形が違ってブログの記事などを読ませていただいていますがみなさんそれなりに思いもかけない出来事に遭遇されている方たちばかりです。


生きて行くっていうことは計画どうりに、思いのまま生きて行けないことをつくづく実感している毎日を過ごしています。


気持ち的にはストレスを溜めないようにあるがままを受け入れようと心の中で言って聞かせて日々自分なりに言い聞かせて生きているのですが。


家庭の主婦をしながら共働きをして生きてきたおきらくです、母が家事のこと家計のことを手助けしてくれたからやってこられたのですが、兄弟姉妹も無く、専業主婦で過ごしていたならば今のおきらくは存在していなかったと感じています、今も思いもかけない出来事の中でおろおろするばかりで受けて立つ気構えの仕方が解っていなかったのではと。


介護保険の報告契約の説明等未経験をそれなりに解らないなりにも漠然とですが理解が出来るのは仕事をしてきたからある程度理解が出来ているのではと感じています。


今日も実は午後から子守にでかける予定です夫が何時もより早く帰宅して朝食の支度もなにも出来ていませんでした、申し訳ないことですが今までのおきらくでしたらドキドキして女々しい姿を夫に出していたと感じるのですが最近本当につくづく強くなったと自分で自分のことを驚いています。


母の体調のそう良くありません、一昨年に急変した体調変化が母に感じるようで、おきらくもずいぶん図々しくなったと感じています、気持ち的にはアタフタすることは辞めることにしています、自分一人では何もできませんし夫にもひとまず家にある食材を食べてもらって時間が時間ですので昼食時にゆっくりと食べてもらうことにします。


母は食欲ながいようです食べたくないときは無理して食べないほうが良いと思っています。(あれこれ余計な神経は使わないようになりました、母が頼んでくることだけは不足を思わないようにさせてもらっております。


本当にお腹がすけば今まで自分で食事の支度もしていたのですから自分で食べてくれればいいのです、家族から不足を思われることは当たり前と嫌味を言われても致し方が無いこを悟れるようになりました。


働いていた頃より収入は本当に少なくなり経済的には楽ではありませんが節約料理、家にある食材を大切の使うようには成りました。(食費は本当に安くついております。)


簡単に済ませていたらお金ばかりかかりますから、働いていた時よりも時間も十分すぎるぐらいありますから手間暇かけることが苦痛ではなくなりましたなりました。


共働きでしたが贅沢は出来ませんでした、自然環境の異変電力の節約等テレビや新聞で国民の意識付けの呼び込みはしておられますがどうしてやら協力しなければいけないのかの詳しい内容の把握が出来ない人のほうが多いと感じるのですが、家にいると結構働かない分時間がありますし自分にあった次回配分の生活が出来るようになって疲労感も少なくなったように感じています。


夫も所帯主の自覚がそれなりに出てきてくれた感じはしますね、意識のないところで働きたい気持ちが先行して家族をおきらくのやる気で振り回していたような気がしてきています。


パートの仕事はおきらくの交通事故遭遇右肩腕にも後遺障害も残り失ってしまいましたがシンプルライフスロー生活には入れたような気がしております。


時間に追われて意識のないところでお金のかかる生活には成ってしまいますよね。


今まであったものを失って喪失感脱力感はあって当たり前と感じますが過去を振り返っても仕方がないことも事実です、今回の春季大会のご指導は前向きにシンプルライフソロー生活を見直してみてくださいと言うようなお話だったです。


バタバタと慌てて参加しまして半分は寝てしまって聞いていたので間違っているかもしれないのですが、なるべ国の援助が無いとか文句を言う前に自分たちの生活の振り返り反省等必要なのではとおきらくも感じております。


母が言ってくることを素直な気持ちでは聞けていないのですが、母のしている勉強はソンナニ意識していないのですがもっともだなと感じるものはおおくあります。


母から強引に押し付けられたならば反発してしまうと感じるのですがおきらくなりの見解で必要性を感じています。


夫がリストラに成ったときも一瞬うろたえましたが息子の進学等を考えると逃げ腰には成れませんでした、やはり倫理的なものの見方考え方が必要不可欠なのです。


お金も必要ですがお金に変えられない物事が一杯あります。


(覚悟を決めて正しい選択の出来る人に成るのに道徳的な勉強が必要な気がします。)


自分の考え方だけでは世間の常識に流されて意識のないところで楽なほうに選択してしまうのではとおきらくは特にずぼら人間なので、結果が怖く成る時があります。)


おなじ大変なことに遭遇しても前向きに明るく乗り越えるにはものの見方受け止め方を自分なりにプラス思考に楽しくいきいきと取り組める様に努力のできる人に成るのは一人だけの考え方では難しいと感じますしある程度感謝して受け止めれるようになるには正しい物差しを見つける勉強が要ります。


母は苦労人で具体的な説明は簡単明瞭にしてくれません感じた事を話して説教してくれますが生まれた時代背景も違いますし今まであつれきがあったことは事実です有難く感じなければいけないことを鬱陶しく感じてきたおきらくですから。


この複雑怪奇な時代背景の中に落ちこぼれないで生活できていることは母の学びのお蔭です。


息子も母が一生懸命に子育てしてくれたので独立心仰せな人柄が出来たのではと感じれるようになりました。


充実感までには成りませんがあるがままでどうもお蔭様のようでございます。


電力もつかい放題が出来なければスローライフシンプル生活が必要不可欠のようになるのではと思っております。

今年の花粉の季節世間の人達が騒ぐ以前から苦しんでいました。


今年誕生日が来ると59歳に成りますが、20歳前後から苦しくて仕方がありませんでした。


酷い時など鼻水、眼かゆく、鼻づまり両方の花がつまっつたときなど口で息をするんですが口の中がネバネバして苦しくて仕方がありませんでした。


4~5年前に腸内環境を整えると花粉アレルギーが和らぐことを知りましたが、おきらくはヨーグルトが体に合わなくて困っていました、健康のためにと食べ始めるのですが下痢症状が表れて長続きしませんでした。


せめてケフィアを服用しようと考えケフィアも食べ始めましたが花粉症状は改善しませんでした。


それが6か月くらい前よりヤクルトをケフィアと一緒に飲み始めました。


花粉対策というより腸が整っていないと血液も濁ってくるしどちら後いえば健康のためを考慮して飲み始めたのです。


ケフィアを服用し恥又時の注意書きのところに何かほかの腸内環境を整えるものを服用したほうが効果があることを書いてありましたが、ヨーグルトはすぐに浮かんだのですがヤクルトは思い浮かびませんでした。


今年の花粉は飛散が少ないのかなと思ったりしていたのですが花粉症状を持っている方は苦しそうでした、知りあいの人達の花粉の季節の苦しさを見ているとおきらく今年はかなり楽なのです。


そしてお彼岸に赤穂のお寺にいつもお参りに行くようにしているのですが、今年のの花粉症状が楽なことを従姉に話していましたその時に従姉いわくアルコールを受けつけな無い体質の人はヨーグルトは体の合わないことを知っていました。


祖父が全然アルコールが飲めなくて腸も弱いのです、おきらくちゃんおじいちゃんと体質似ているんやね。


ヨーグルトは合わないよと、私は太ってるけどズ~ト以前からヨーグルト食べていて血液はきれいなんよとのこと。


整骨院の先生も医学的な事が詳しくて笑いながらヨーグルトが合わなくてヤクルトとケフィが体に有ったことを話をしたらアルコールが飲めない人はヨーグルトが合わないことをご存知でした。


ある程度続ける必要はあると思いますが徐々に効果はあります。


おきらくは朝食の前に糖尿病の薬を服用してヤクルトとコーヒーを少しずらして飲む様にしてます、ケフィアは食間に食べてだいたい時間は同じような時間に決めております。


口の中は少し粉っぽく感じますが昨年のことを思えがかなり楽です、年齢も年齢なので健康維持を兼ねてそれなりには最近予防に心がけています。


まさかアルコールが飲めない人がヨーグルトが体質的に合わないことを全然知りませんでした。


そして祖父の体質が孫のおきらくに似るなんて驚きでございます。


母はそうでも無いようなのですが、隔世遺伝のようでございます。


ご存知かもしれませんが何かの役の立てばと思い記事にしました。

今年の春は本当に異常季節ですね、4月3日に埼玉で働いている息子が会議出席のために久しぶりに帰宅しました。  (新幹線は天候不良で立ちっぱなしだったようです。)くもり雨雷晴れ


おきらくは急に子守が入り、ご馳走も作ってあげることは出来ませんでした、布団だけは干してあげようと日曜も天候不良で帰宅日も春の大嵐、月曜だけお蔭様で晴れておりました。


母の気配りは気持ちだけふかふかのお布団を敷いてあげるくらいであります。


息子が今の会社に転職した時はナカナカ希望の職種も正社員では働くこともできず、24時間営業の外食産業で転職前は働いていました、名古屋勤務愛知博覧会の前後の年名古屋はいまとは違い景気が良かったのです、時給も労働条件の悪い職場にはナカナカアルバイトを募集しても働く若者のいない時代、それはそれは大変な思いをして気持ちはへとへとで退社しました。


それでも4年は必至で働いていました車のローンも残っていたのでぎりぎりまで我慢していたのではと感じるのですが、退社した時の息子の後姿は哀愁が漂っていました。


退社して息子の生活を全面的に応援してあげることもままならず気に掛けるだけでじっと見守っておりました。


私たち夫婦にもう少し力があれば退社を促していたかもしれませんが、促す自信がありませんでした。


退社後も日雇いのアルバイト、生活のために飛び込みのセルースもしていました、朝が早く夜遅くまで、その後損保会社の契約社員で少しの間働いていましたがナカナカ法務局から損保会社の損害保険の仕事が出来る許可が降りず、損害保険の資格の試験や、電話の応対の研修など勉強ばかりしていましたその時に社会保険労務士を目指している友達からナカナカ正社員で仕事をするのに難しくなる情報を聞いて、突然必死で職探しを始めました。


外食産業しか経験が無く、大変な思いをして会社を退社したので他の業種を希望していましたが、どこを受けても合格することが出来ていませんでした。


就職氷河期で私たち夫婦が雇ってもらえた職種には入社することが出来ませんでした。


息子の希望が絶対にフリーターには絶対に成りたくなかったようです。


職種の選り好みはしていませんでしたが外食の大変さも経験済みで今の会社に就職するときは背水の陣で息子の決心は端から見ていると泥水の中にもう一度はいる覚悟で今の職業に就いたと母は垣間見ておりました。


今の仕事はA:M11:00開店でP:M11:00閉店です、お嫁さんには以前の仕事より気分的には楽なように言っていました。


就職したての頃は他の競争相手のお店の方が評判も良く、息子にすればそんなに良い会社に就職した気持ちは無かったように感じます。


受け入れてくれるだけで厳しい社会状況のなか決心も覚悟もして入社したと思います。


結婚すればそう転勤も無くなるだろうと教えてもらいまさかこんなに早く結婚相手も見つかるなんて母のおきらくは想像がついていませんでした。


就職前に今のお嫁さんとは合コンで出会って意気投合したようです。


関西から遠方の埼玉まで親元を離れて付いて来てくれるお嫁さんを大切にしているようでございます。


勤めている間に会社の評判が良くなって、社長の企業努力と思うのですが最近は息子の会社の食材の管理の仕方とか、メニューの工夫等よくテレビで放映しております。


息子曰く会社の上司が転職してきて今までより会社の雰囲気がとてもよくなったそうです、まさかこんなに会社が有名になるなんて思っていなかったと言っております。


最近店長試験に合格したのですが以前の店長が鬱に成って僕の実力で店長に成れたわけではないと言っております、運が良かったようでございます。


今までは帰宅するたびに、痩せていて、心配していました所帯主の責任の重みと、仕事が体力的に大変なのではと心配しておりました。


今は100人の従業員の采配を振るえるようになっているようですなにも楽ではないと感じるのですが遣り甲斐がでてきた様子です。


少し顔もふっくらとしてきています、お嫁さんの内助の功のお蔭かと感じるのですが、顔だちも和らいできていました。


親は何時まで経っても心配は付きまといますが、息子の気持に水が入っているようで何よりと感じた次第であります。


独立心大せいな息子夫婦には寂しい思いもしますが、寂しい思いをするのもお蔭様なのかもしれません。


これで孫が生まれてきてくれたら何も言うことはありませんがナカナカ神様コウノトリが子供を授けてくれないようでございます。


どうか息子夫婦に元気な子供が授かりますように。


今の状態が続きますように。


お願いばかりで欲深い母親なのでしょうか判断は出来ておりません。

久し振りに春の気配を感じる一日でした。晴れ


日差しは春でしたが強風やにわか雨、昨日の夜は寒かったです。晴れくもり雨

日曜に大阪城の梅林の紹介をしましたが、その時に環状線の大阪城駅からJRの大阪駅で乗り換えをして我が家まで帰宅してみました。家


今までは阪急電車で、西梅田方面は結構用事があって出かけていましたが。電車


大阪駅のホームまでは出かける機会がありませんでした。(*⌒∇⌒*)


伊勢丹三越が完成するまでに長い長い期間がありました。


大阪駅周辺は白い壁一面におおってあって友達と待ち合わせても以前何処に何があったか、解らなくなっておりましたから。( ̄Д ̄;;


大丸に東急ハンズが出来ていたことも知らないおきらく(*゚ー゚)ゞ




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-駅1 環状線のホームでございます、エレベーターに乗って三階の中央口ホームまで行くことが出来ます。




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-5 エレベーターの画像も取りたかったのですが人混みで撮影がしにくかったです。(大阪駅から新大阪方面向かって右側が大丸百貨店東急ハンズがあります。)




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-6 ホームの上からたくさんの車両があります。




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-7 このホーム近辺から出口に出たかったのですが出ることが出来ず。(;´▽`A``



おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-4 エレベーターを降りて出口に出れるかと思ったのですが金沢富山方面行のホームに出てしまいどこが出口だろうと一瞬戸惑ってしまいました。(@ ̄Д ̄@;)




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-3 大丸の反対側の画像です、巨大な曲線の屋根があります、アーチは何の意味であるのか不明いですが工事期間かあらよく見ておりました。(やはり大阪は大都市でございます行きかう車両も生半可ではございませんこのような巨大アーチは必要なんでしょうね。( ̄ー☆




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦 (新、大阪側の向かったて左が伊勢丹三越ですどちらかと言えば中高年の顧客を、対象またはセレブなお客さん向きの商品がある感じがしますがお値段は高額で実用向きの商品で無いような気がしてなりません。)




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦 LUCUCは若者向けでお値段も手ごろ、一般向きの商品が取りそろってる感じがします、地下の食品売り場は結構庶民的でお寿司なんかも手ごろ価格です、今までに大阪では見識のないお店お菓子珍しいものが取りそろっています、広々としていますが足腰の不自由な老人には不親切な構造に成ってる感じはします。


巨大ショッピングなところも体が元気なうちでないとウインドショッピングもままならない感じはします。


車椅子ではでかけにくい感じがしてなりません。


40分前後で大阪駅まで出かけることが出来ますが家のことが気に成ってナカナカゆっくりと見学することが出来ません、大阪も様変わり阪急百貨店もまだ工事が完了していませんこれからますます大阪は変貌すると思われますが。


プチ紹介です。












今年は本当に寒く、昨日は風が強く春の嵐といった感じで午前中は晴れてましたが昼少し前から雨が降りだし、母子共雨に遭遇してビショビ濡れに成ってしまいました。


雨宿りしようかと母に申し出たのです風邪をひきそうなので濡れたままさっさと帰宅したいとのこと。


体調変化は無くほっといたしました。


おきらくは桜の花より梅の花が好きです今年はナカナカ開花せずヤキモキいたしておりました。


観に行けそうなときは曇とか雨だったりでナカナカ観に行けていませんでした。


昨日もお友達から大阪城に行きませんかとお誘いがあり、梅が見たいと思っていたおきらくには絶好のチャンス、行く行くと、夫も出勤で母も現状維持。(お蔭様であります。)




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-梅1 大阪城は市民の憩いの場所であります、講演会アーチストのコンサート様々なイベントが年中開催されております。


この門から梅林を見ることが出来ます。



おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-2 今年の咲き方は貧弱なような気がします、満開時期が過ぎたのかこれからまだ咲き始めるのか定かではありませんが゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-城 寒かったのですがお天気は良好o(〃^▽^〃)o



おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-6 大阪城の濠の周辺ですオフィースビル街が点在しています、NHKのスタジオも近くにあります。カチンコ



おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-7 1本の梅の木に白の花とピンクが解りずらいでしょうか(^▽^;)




おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦-9 遠くから撮影した大阪城ホールです、みなさんコンサートなどでご存知化もかもしれませんが気持ちだけ紹介下手な撮影でごめんなさい。(●´ω`●)ゞ



寒かったですが久しぶりに気持ちが良かったです。(o^-')b






何分気持ちも眼も外に向いてますので本当の真の自分自身の価値を納得することは苦しいですね、意識のないところでどうも、自分自身価値を過大評価しているようで。


羨ましいな良いなと感じる人は人目に立たないところで人一倍の努力をしていますものね。


人の不幸は蜜の味いう言葉がありますが、まだおきらくの年代は適齢期と言葉もありましたし、子供を出産するのも初産は30歳ぐらいまでという暗黙のルールーのようなものがありましたが。


最近は独身生活を大切にして結婚よりもキャリア志向人は自分自身を大切に生活している人のほうが結構多いように感じます。(家族と共に成長することも大切なような気がしますが。)


(子供を出産するのも結婚してみないと子供が授かるかどうかわからないし、我が家の息子夫婦はもう4年目に成りますが子供は授かっておりません。)


必要としなくても妊娠しやすい夫婦もおられるし子供がいなくても仲良く夫婦生活をしてくれていることを感謝するように最近は思える様になりましたが。)


母とおきらくが意志強固に良い意味の主体性を持っていなければ母と同じ人生を歩む羽目に成ることなんて認識はありませんでしたよ。


姑が母に姑の本音を話していることをおきらくは知りませんでした母も説明してくれたようですが説明の内容を理解が出来ていなかったところも。


新婚で預金も無く親からのお金援助も無く持家に成ることは大変でした、夫と相談して私たちが持家を自覚していたんだったら、母の助言は感謝に成ると思うのですが。


夫は給料を全部おきらくに渡しているので後のことは知らんぷり状態だったのでおきらくが夫に対して心のしこりがあることは事実です、今はこのように大変なので協力してほしい言うことを夫に言えなかったおきらくにどうも原因があると思うのですが意識のないところで夫に良い格好してたのだと思うのです所帯の仕方が悪いと思われたくなかったのでは八方美人で自分を飾っていたようなのですが認識がありませんでした。


姑にしている送金も生活が苦しいので辞めたいことを言えないでいました。


何時かおきらくの苦労を夫もは母も息子も認めてくれると勝手に想像していましたが家族にすれば当たり前のことをおきらくがしているんですよね、感謝の言葉や態度なんて帰ってきません。


腹を立てているおきらくが愚の骨頂であることを最近理解できてきましたよ。


親に援助してもらってい人達が羨ましかったですがおきらくの年代に成ると楽な生活をしている人のほうが何かと困難なことに遭遇されている人が多いです。


母はおきらくの生活が家族のために動けるように厳しく助言してくれたりガミガミ説教に聞こえていましたが、5歳から母親を亡くしている母は心配してくれている人説教してくれることを望んでいたようなのですね。


おきらくは嫌がっていました、母子が噛み合っておりません、心の底から嫌がっていたところがありますから。


堪能を患って全摘出した時におきらくの本音を母に表現しなければこの世に未練を残して死にたくないと心に誓いました。


旅行も家族の目が気に成って行きたくても我慢していましたが何を思われても皮肉を言われても良いことを自分に言い聞かせてでかけられるようになりました。


ライフのお世話も母の皮肉は承知の知らんぷりできるようになりましたよ。


好き勝手なことをしているように見えることは覚悟の上で。


我慢を乗り越えられたから出来るようになったのかは定かではありませんが。


自分の本音を出せるように成るのに、主体性をどう持てばよいのか世間の常識に振り回されてる時期もかなりありました。


振り回されているときは心寂しかったですよわが身の幸せが見えませんでしたから。


未だナカナカ感謝までは至っておりませんが。


息子の独立心仰なところも最近は少しづつ認めれるように努力中です本当は寂しいですが寂しがっていても仕方がありませんから。


母もディーサービス行ってくれるようになりおきらくの時間が持てるようになりました,忙しかったですが昨日は定期検診の結果を聞きに行ってイギリスのサッチャ首相の映画も見ることが出来るようになりました。


母の心配説教の内容が理解できるようになってきたら腹も立たなくなってきています。


母はおきらくのハッスル言葉に絶対に相槌は打ってくれませんさぁ~どうかわからない、いつ自分がどうなるかわからないのでこうしたらああしたらというような事は言うことは助言してくれなくなりました。


冷たく感じますが冷たい分おきらく的には反面過ごし易くなっております。


世間の親子のように仲良くありませんがあるがままを受け入れるようになりました。


よそ様の親子を羨ましがっても仕方がありませんから。


贅沢が出来ないこともバブルの時代に節約生活をしていたことも振り返ってみると幸せだったのかも。


夫が言っておりましたバブルを知らない俺たち夫婦のほうが堅実な生活をしているようでございます。


現実は厳しいものがありましので自分が招いたわけではありませんが厳しい生活をしてきたんでしょうね、厳しいことがお蔭様のようでございます。


母がそうそうと言ってくれないことも同調してくれないことも感謝なのかもしれません。


家族ですがそれぞれ幸福感は違いますから。


息子が親の援助を欲しないことも感謝と受け止めることといたしましょう。


心寂しさは事実と受け止めて。


65歳まで働きたかったですが、働けなくなって母の介護が支障なくできることもお蔭様かもしれません。


理想と現実は想定外なことばかり起きわきますが、この厳しい社会背景で今が感謝なのかもしれません、

あるがままをお蔭様と受け入れる器の大きな人にナカナカ成ることが出来ませんがせめて思い直しが出来る人の慣れるように努力したいものです。


新橋下市長に成ってから初めて区役所に確定申告に出向いたおきらく。


最近会友さんに三人目の女の子が生れ子守・母の通院と忙しい日々を送っておりました。


何時もなら2月中旬には確定申告を済ませるのです、出向く時間が無い日々を過ごしていました。


申告と言っても医療控除の申告だけなんです、右肩腕を骨折して右わき腕の後遺症もあり頻繁に整骨院の治療が必要です、糖尿の治療もあり結構医療費を使用しています。


大黒柱の夫は比較的健康に過ごしてくれ最近は夫の医療費は殆ど使っていない様子であります。


いままでは、区役所の4階にスムーズに案内してくれていましたが、今までは女性の案内係がいましたが、今回は初老の男性職員の二人でした、所在場所の説明をしてくれるのですが、その説明の内容が事細かく~~~


本来ならば、確定申告は区役所の業務ではありません、税務署の仕事であります、申告のこの時期に税務職員の担当の人達が区役所に来ていただいているのです。(´0ノ`*)


遠方まで市民に出向いてもらうのに大変なため一時期こちらで、市民サービスの説明をされていました、そんな説明していただかなくても解っていますよと思ってしまったおきらく場所だけ教えてくれれば良かったのにと一瞬ムカッと気分を悪くしてしまいましたが。メラメラ



滅多に区役所に出かける機会がありません、用事があった市民に行政の仕組の意識付けをするように、なったのだなということを感じ取ることが出来ました。


知り合いの人も住んでいた文化住宅が大家さんの都合で立ち退きに成ります、障害者の息子さんもいる方なのですが、今までは結構簡単に市営住宅の申し込み等を受けつけてくれる市会議員もいたのです、最近は正式に申し込んで抽選待ちで入居は困難な模様です。


今までの状態のほうがおかしかったと感じるのです、こんな表現はおかしいかも知れませんが、ズルイ者勝ちのようなところが多々ありました。


正直者が損ばかりしている気がしていましたから、善良な市民が納得して住める大阪市に、もしかしたら成っていくのではと思える瞬間でございました。。


生活が困窮した状態に陥ったときにすぐに宗教団体選出の議員さんにお願いして簡単に市営住宅や、保育所に入居や入所を依頼している人が多かったですから、こういうことが最近は出来にくくなっている様子です。



当たり前でないことを平気な顔をして、実行している人が多かったです。


ナカナカ正常な状態に成るのは簡単なことではないかと思うのです、よい意味で市民の意識改革の時期が来ているのではと思えてなりません。


我が家の母の介護認定も要介護1から要支援2の格下げに成りました母の体調が回復したわけではありません、行政の負担が多くなって、余程症状が悪化した方でない限り認定の格下げに成れた方のほうが多いように感じます。


我が家の場合現状維持でお蔭様なのです。


今回の確定申告に出向いた時は午前中は子守にも出かけていました、夫が休日でもあり夫も実は整骨院に通院していました、今までは肩こり症状を知らなかった夫であります首から肩こり症状がでてきたようで整形外科で治療していたのですナカナカ症状が回復しなく痛みどめの注射も処置していただいていましたが、血流を良くする治療が必要なのではと夫自信が気づいたようです、母の通院している整骨院で治療してもらう必要を感じたようです、僕も通院するので義母さん同行しましょかと夫が言ってくれました。



母からは何でも一人でしようと思わずに夫にもお願いする努力をしなさいと説教されていたおきらくなんです、今回はその時期が到来しておりました、子守・申告・母の通院までおきらくの体の都合が付きませんでしたお願いした時には夫は嫌がらないのです御願いする母子が意識のないところでこだわりがあるので


(義理の関係は余程の信頼関係を結ばないと難しいものがあるんですイザお願いすると母が拒絶反応を起こしました、何時もおきらくに言っていることと違うんじゃないと感じてしまいましたが挫折ぜずにお願いできることがおきらくの人間力と自分に言って聞かせました、母も観念してくれた様子で夫に車椅子を押して整骨院に通院してもらいました。)


母の本音と建前の違いを実感してしまいましたが、お互い年老いていきますので乗り越えなければいけないハードルを一つ乗り越えられたのではと自分で自分を褒めております。


こらからは、家族三人お互いを認め合って仲良く過ごす生活を心がけたいものです、4月末には旅行に出かけ母は初体験のシュートステイ入所が控えております、大阪市も良い意味で変わっていくのでしょうが我が家も変革期が到来している次第でございます。













昨日の夕方もうすぐサーバーリフレッシュの、印があるにもかかわらず青リンゴの収穫をしていたのです、クリックのタイミングが悪かったと思うのですが夜に成ってお世話をしようと思ったのですが、庭が表示せず。


折角表示があるのに無視したおきらくが悪いことは解っていました。


うかうかと決まりを守らないとこんなことに成ることを実感した次第です。


ライフのお世話が出来ないと家事はスムーズに進みます。


もうお庭が出てこなくても、辞めなさ言うことかなと自分で自分のミスを認めることに。


きょうは幼稚園のお迎えも頼まれてて、母はディーサービス久しぶりに暖かい日で、開けて入念に掃除をする音が出来ました。


最近野菜が高かったのですが、キャベツの売出日で昼食にエイタ君のおやつとおきらくの昼食を兼ねてお好み焼きを焼きました、少しの豚肉でお好み焼は出来ます。


エイタ君の美味しいの一言を聞きたくて気分はうきうきしてました。


ライフが出来ないのも良いことなのかなとも思えてきました。


母も無事ニコニコ顔で帰宅してくれ、気に成っていた用事もスムーズにすることが出来ました。


不器用もので二つのことを器用にできないおきらく気持ちの割り振りも下手なんです。


お庭から心を離し、ディサーブス施設から費用支払いの銀行振り込みの案内が来ていました、母は頭がしっかりしていますがこれからは母のお世話はおきらくに責任に成るんですね。


幼稚園の連絡帳のようなものを読んで4月7日は桜演奏会の案内も母は参加する気に成ってくれています。


残念と思っていたライフのお庭も今確認すると復活しておりました。


かなり復活するのに時間が経過した模様です。


ゴールドリンゴの出は良いのです、災い変じて福となった感じでございますが、短縮イベントは無理のようですが、あまり根を詰めずに楽しむことにいたしましょう。



ご褒美をゲットできても自己満足の境地なのでもう少し大人の心境に成る必要があるようです。


バランスよく生活を心がけたいものです。


幼稚なおきらくでございます。(反省)