SS 社さんちの台所・前編 | 有限実践組-skipbeat-

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 いつもありがとうございます、一葉です。

 タイトルを見るとまるで社さんが主人公のように思えるでしょうがそうではありません。


 ピンと来た方もいらっしゃるかもですが、こちらは2018年七夕SS・現代パラレル蓮キョです。

 お愉しみ頂けたら嬉しいです。前編ですけどね。


■ 社さんちの台所 ◇前編 ■





 その女性客が来店したのは梅雨明けすぐの7月4日。蒸し暑い日の夜だった。


 平日中日だったこともあって午後10時を過ぎた頃には既に客は引けたあと。だからここ、社さんちの台所の厨房は片付け段階に入っていた。


 閉店時間の午後11時には掃除も終了してるかも。同僚貴島の頭にはそんな予感すらあったのかも知れない。

 ラストオーダーギリギリの午後10時28分に来店を知らせるベル音が鳴ったとき、がっくりと肩を落とした貴島のそれに俺は思わず笑いを浮かべた。



「 ちぇっ。閉店直後に帰れると思ったのに 」


「 儚い夢だったな 」



 掃除の手を止め厨房の小窓から店内入り口を見通す。入店したのは女性客一人のようで、フロア係の石橋が対応している所が見えた。



「 いらっしゃいませ。お一人様ですか? 」


「 はい、そうです。すみません、大丈夫ですか? 」


「 もちろんです……が、あと2分でラストオーダーとなります。よろしいですか? 」


「 はい、大丈夫です!良かった、嬉しい。すみません、こんな時間に… 」


「 ご案内します。どうぞこちらへ 」



 俺、敦賀蓮がこの店のコックになって丁度一年が経過した。


 4人席が8テーブルと、カウンターが6席だけのレストラン「社さんちの台所」は、女性一人客も案外多く、珍しくも何ともなかった。



 少し遠目ではあったけど、薄く微笑んだ顔が可愛い感じの来店客は、見るからに20代前半と判るのに漂わせている疲労感がどこか半端ない感じで、石橋が彼女を一番テーブルに案内するのを見守りながら俺は初めて見るその客の背景を想像していた。



 夏と言えばボーナス商戦。だからこの時期、忙しい業種もあるだろう。

 おおかた、仕事三昧でこんな時間になっちゃって、あ~もう、せめて美味しいものを食べて自分にご褒美~…って心境にでもなかったのかなって、勝手に想像して口元を緩める。



 そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。どちらにせよ腕によりをかけないと。


 だって俺はコックだから。

 美味しいものっていうのは元気をくれる何よりの活力になるからね。



「 くそ。もう少しで掃除終わる所だったのにぃ 」


「 そう腐るなよ、貴島。いいよ、お前はもう帰っても。どうせあの客が最後だし、一人分なら俺が全部作れるから 」


「 え?マジで!?ありがとう、敦賀くん!なら頑張ろう。あと5分ぐらいで終わるから、それやってから帰るわ! 」


「 うん、宜しく。俺はラスト客に挨拶してくる 」


「 かー!!なんだよ。そっちこそ張り切っちゃって 」


「 ………当たり前だろ 」



 そう。貴島の言う通り、俺は今月に入ってから仕事に精を出していた。

 何故かというと、オーナーである社さんから初めて7月のシェフに任命されていたから。



 一般的にシェフというのは料理長を意味している場合が多いけど、この店においてシェフに任命されるということは、それの業務プラス全メニューの考案者になれ…という意味があった。


 つまり、7月中にこのレストランで提供される店内全てのメニューの責任者として俺が抜擢されたのだ。



 まさかそんな大役を、一年足らずの俺にやらせてくれるとは夢にも思っていなかった。それだけに嬉しくないはずが無く、張り切らないはずが無い。



 厨房から店内に移動した俺は、テーブル挨拶の意向をジェスチャーで石橋に伝え、同じ様に石橋も補充で裏に回ることをジェスチャーで俺に伝えて来て、了解の意思を伝えるべく軽く頷いてから俺は一番テーブルに歩みを進めた。



「 いらっしゃいませ。本日シェフを任されております敦賀です。ご注文はお決まりでしょうか? 」


「 あ…はい、あの…………え? 」



 テーブル横で軽い一礼を捧げた俺を見上げたその女性客は、俺を見るなり浮かべていた笑顔を薄めた。

 数秒俺を見上げたあと一気に表情を曇らせる。



「 あなた、が……今日のシェフ? 」


「 はい。正確に言うと今月のシェフですが 」


「 ……え?……えと……あの、社さんは?もしかしたらしばらくお休みですか? 」



 なんだ、社さんの知り合いか?

 どうりで初めて見る客だと思った。



「 申し訳ありません。社は本日、外出しておりまして…。伝言等があれば賜りますが? 」


「 いえ、別にそれは大丈夫です 」


「 そうですか。ご注文はお決まりですか?メニューの説明をしましょうか? 」


「 あーはい、決め…ようとしてたんですけど…。そっか、いないのか。あ、じゃあ私、やっぱりいいです。閉店間際ですし、今日は諦めます 」


「 は???? 」



 そう言って彼女は手早く自分の荷物を持ち上げ、そそくさと腰を上げた。眉間に皺を寄せた俺はすぐさま輝く笑顔を貼り付け彼女の前に立ちはだかる。


 これ、俺の癖なのだ。イラっとすると余計に笑顔が浮かんでしまう。


 冗談じゃない。このとき俺はそう思っていた。



「 お客様、お待ちください! 」


「 はい? 」


「 夜とはいえ梅雨が明けてしまったのでここまで来るにもけっこう暑かったんじゃないですか?いまサービスに冷たいものをお出ししますから、どうぞお座りください 」


「 でも私… 」


「 時間は気にしないで大丈夫ですから。冷たいものを召し上がりながらオーダーをお決めください 」


「 でも、社さんはいらっしゃらないんですよね?だったら私… 」


「 大丈夫ですから。ね? 」



 強引に彼女を元の席に座らせ

 お待ちくださいと一礼してから足早に遠ざかる。


 厨房に戻った俺の腹の中はコックとしてのプライドがぐらぐら煮えたぎっていた。



 確かに社さんはいないけど!

 だからって帰ろうとすることはないだろう。



 確かに社さんは凄いコックだと思う。

 3年ほど前、このレストランにふらりとやって来た社さんは、赤字続きだったこの店をV字回復させたことがきっかけで、オーナーである宝田氏からここはお前に任せると肩を叩かれ、店を譲り受けたという逸話がある人なのだ。


 その当時の事を知っているスタッフはいないから真偽のほどは判らないけど。でも実際に社さんの仕事を見てしまえば彼がどれだけ凄いコックかってことは嫌でも分かった。


 でもだからって!まるで俺がシェフなのが不満だと言わんばかりの態度はどうかと思う。



 それこそ先月の終わり頃、俺は社さんから7月のシェフはお前に任せると言われたコックなのだ。


 メニューは何を作ろうか。いや、そんなのは決まってる。誰かれ問わず思わず美味しいと言わせてしまう料理がいい。



 そんな事を考えながら思いを巡らせ、いくつもメニューを案出し、工夫を凝らして考えた。

 今月に入ってからこの店で提供している、前菜からデザートに至るまでの全てのメニューは俺が考案したもので、社さんからOKを貰ったものなのだ。



 それを!!!

 俺の顔を一瞥して、料理を見る前に美味いか否かを判断するなど許せない。



 食えないなんて言わせない!

 絶対美味いと言わせてやる!




 コックとしてのプライドが、俺の腹の中でぐつぐつ煮えたぎっていた。




「 どうぞ、お待たせしました。ホワイトシャーベットです 」


「 ……シャーベット… 」


「 はい。凍った冷たいお菓子のことですね 」



 ソルベ、シャーベット、ジェラートなどは全て凍った冷たいお菓子の事を指しているが、具体的に何が違うのかを言える人は案外少ない。


 実は名称こそ違えどこれらに大きな違いはなく、強いて言うならソルベはフランス語、シャーベットは英語、ジェラートはイタリア語…という所だろう。



 これらの作り方にもやはりコレと言った型はなく、ただ傾向としては、一般的にソルベは卵や乳製品を使わない分さっぱりとしているものが多く、反対にシャーベットには卵や乳製品が使われているものがあって、ジェラートはフルーツや牛乳、クリームなどの乳製品を使って濃厚な味わいを演出しているものが多かった。



 俺が提供したのは卵白を使用したもの。



 一人分の分量で言うなら、卵白一個分を少しだけ泡立て、砂糖大さじ1と2分の1を加えて更に角が立つまで泡立てる。そこにレモン汁を同じく大さじ1と2分の1を加え、さっくりと混ぜ合わせて冷凍庫で固めて完成させたものだった。



「 この特製シャーベットは卵白のみを使ってふんわりと仕上げました。

 優しい口当たりになっておりますから、暑さで火照った体に優しく染み込むと思います。どうぞ?ご注文はその間にゆっくりお考え下さい 」


「 そうですか。ありがとうございます 」


「 いえ 」


 意外にも素直な反応を示した彼女の態度に気を良くし、俺は朗らかな笑顔を浮かべた。


 それの何が気に食わなかったというのか。



 彼女はシャーベットを一度見下ろしただけでスプーンに手を伸ばすことはせず、貼り付けた笑顔で俺を見上げた。




「 お気遣いありがとうございました。とても美味しかったです。おかげで少し涼しくなりました。ご馳走様でした 」


「 え? 」


「 閉店間際にすみませんでした。お邪魔しました 」


「 ……っっっ?!…… 」


「 失礼します 」



 その笑顔に、こんなものは食べられない…と明らかに書いてあった気がする。


 まさか、そんな対応をされるとは夢にも思わず


 なにが起こったのかを俺が理解する前に彼女は店から居なくなり、残されたシャーベットと一緒に俺はその場に佇んだ。




 ――――――― なんだ?つまり社さんじゃない俺が提供したものは、コレですら食べる価値がないってことか!?




 以降、この出来事を思い出すたび

 不愉快な気分に満たされる俺が居た。





「 シェフ。Aコース、4名様入りました。デザートは特製ホワイトシャーベットでお願いします 」


「 チッ。……はい、了解 」


「 ……敦賀くん 」


「 なにっ?! 」


「 なんか、昨日とは打って変わってすっごくカリカリしてない? 」


「 別に、普通だよ!! 」


「 うそだぁ~ 」



 もちろん嘘に決まってる。


 忘れたくても忘れられない。

 なんなんだよ、あの客は!!




 あれを思い出すたび、はらわたが煮えくり返る思いで、昨日の今日で来るはずもないと判っていたけど、それでも俺は再び彼女が来店しないだろうかとそればかりを考えた。



 社さんと知り合いのようだから、社さんに聞いてみようかとも思ったけれど、そうすると必然的にこのやり取りの話もしなければならない。



 社さんに限ってそんな判断はしないだろうとも思ったけれど、それでも俺の脳裏を小さな不安が過ぎった。


 初めて任されたシェフの仕事を、こんなくだらないことが原因で外されてしまったら…。そう考えると躊躇せずにはいられなくて、結局俺はこの出来事を誰にも言えずに自分の胸に秘めたままだった。






 ⇒後編 に続く


お話の日付とUP日に相違があるのは暑さにやられてダウンしていたために間に合わなかったからです。

ご愛敬でスルーして下さい



⇒社さんちの台所◇前編・拍手

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