弊宅500記事を記念して、ゆきひめ様からお与かり致しましたリクエストをお届け致します。
前のお話はこちらデス⇒破壊神がやって来た【1・2・3・4・5】
■ 破壊神がやって来た ◇6 ■
それから一週間後のことである。
敏腕マネージャー社の働きにより、当来二週間ほどのキョーコ・スケジュールを完全に把握した蓮は、その間、キョーコとかち合う現場があれば意図的に時間を融通し、わざとキョーコに近接近してキョーコの反応を楽しんでいた。
「 や。また会ったね、最上さん♡ 」
「 …っっっ…いやあぁぁぁっっ!!!!嘘でしょおっっっ……なぜここにも敦賀さんがぁぁ?! 」
「 ふっ…… 」
意図的に…という以上、そこにははっきりとした目的が存在していて、蓮はキョーコに嫌というほど思い知らせようとしていたのだ。
キョーコがどれほど必死に逃げてもやがて自分が彼女を追い詰め、捉えるつもりでいることを。
自分の顔を見ただけで好きな子が逃げ出てゆくのは心情的にはいたたまれない。
だがキョーコと対面する際、蓮は絶えず裕福な笑みをたたえた。
それは自分がキョーコを捕まえたとき、一秒でも早く彼女が観念するように…と、願っての演技だったが、幸いにも幾度キョーコに逃げられようが蓮の心は微塵も折れることはなかった。
なぜなら他ならぬキョーコが蓮に力を与えていたからで、また蓮にとってはこの追いかけっこを繰り返すことに大きな意味を見出していたから心を強く持っていられた…というのもあっただろう。
「 最上さん、挨拶はどうした?! 」
「 けけけけ今朝、LMEで偶然お会いした時にさせて頂きましたけどっ?! 」
捕食者並みの鋭さで、自分を認めた途端に全身をビクつかせるキョーコのそれはリスを連想させてかなり可愛い。
加えて反発する磁石のようにあっという間に駆け出してゆくキョーコの懸命さは、キョーコを捕まえ絶対に真相を聞き出してみせると息巻く蓮の、心の奥底で息づくほんの少しの嗜虐心を簡単に煽ると共に多大なやる気スイッチをこれでもかと連打していた。
「 君の挨拶は一日一回限定か!挨拶は先輩に会う度にするのが常識だろう 」
「 えぇぇぇっ、そうなんですかぁぁぁ。それは面倒くさいですねぇぇぇ 」
「 面倒くさいとは何事だ! 」
「 はい、そうですよね、すみませんでした!!改めまして敦賀さん、こんにちは!!午後のお仕事も頑張ってくださいねっ!じゃ、私はこれで失礼しますぅぅぅ 」
しかし、どんな時でもキョーコを追うに当たって蓮が配慮を欠いたことは一度も無い。
先日LMEで奏江と鉢合わせたとき、運良く二人は無事だった。だがこんな事を繰り返していれば万が一の事態がいつ起きるとも限らない。
だから蓮はキョーコを屋外で見つけられる時のみこれを実行していた。
「 それで済むはずがないだろう!全力疾走のままなんて君はいつまでその態度を貫くつもりなんだ!! 」
蓮がキョーコを追う姿を初めて目撃する人間は、大抵素早く二度見を行う。
「 え?え?え?……あれ、敦賀くん?! 」
それは、温厚紳士である蓮を知っているが故のギャップに戸惑い、壮絶な違和を覚えるからだろうが、この二人の走競は総じて微笑ましく見守られていた。
理由は二つあって、その一つは、この追いかけっこが5分と続かないこと。
そしてもう一つの理由が……。
「 あれ?なに。もしかしたらあれ、君は初めて見る光景? 」
「 もちろんですよ!敦賀くんが女の子を追いかけ回しているなんて、刑事ドラマのシーンでも見たか見ないかってぐらいですよ?! 」
「 ああ、ねー。ま、最初見たときは大抵みんなそう思うんだよ。だけど理由を聞くと納得するよ。敦賀くんらしいねって 」
「 へえぇ?なんですか、それ。どんな理由なんです? 」
「 実は、敦賀くんが追いかけているあの女の子、敦賀くんと同じ事務所の京子なんだけど 」
「 京子?って、あのダークムーンで美緒を演じた? 」
「 そうそう!その京子が今度、映画で忍者の役をやるんだってさ 」
「 あっ!もしかして泥中の蓮ですか?今度実写化するってんでだいぶ話題になりましたよね! 」
「 そうそれ。その役を演じるに当たって素早い身のこなしを身に付けさせるために、敦賀くんが不意打ちで京子を追いかけ回しているらしいんだ 」
「 へー、なるほど!後輩の面倒を見ているんだ。本当だ、確かに納得。敦賀くんらしい 」
「 だろ 」
「 ですね。それでみんなが皆、温かく見守っているって訳ですか 」
「 そういうこと 」
これである。
この、蓮が考え、マネージャーの社が傍証し、広く浸透し始めて来た偽の背景理由が、誰からも咎められることなく総じて微笑ましく見守られていたもう一つの理由である。
蓮の本当の目的は、キョーコにコトの真相を確かめることにあった。
ここで言うコトの真相とは、言わずと知れたキョーコの『リアルに成就されない恋の演技』についてである。
願わくはそれが自分に対しての熱烈な愛の眼差しから来ているものであって欲しいと蓮は切望しているのだが、役作りは済ませてあると言い切ったキョーコの役作りの根本がどこから来ているのかを蓮は知りたいのだ。
故にそれを聞き出すのを蓮が諦めるはずも無く、しかし悲しいかなそこまで言及するには相応の時間が必要であることが先日判明したばかり。
だからと社が入手してくれたキョーコのスケジュールと自分のそれをすり合わせてみた結果、残念なことに手元にある二週間分に限って言えばそれが出来る時間的余裕はどこにもなかった。
そこで蓮は考えた。
この追いかけっこを繰り返そう…と。
キョーコを捕まえ詰め寄れる日はいつか必ずやって来る。だからそれまでの間に自分が出来る限りの事をしておこうと蓮は心に決めたのだ。
ふと、キョーコを追っていた蓮の胸元で音楽が流れ始めた。さすがにこれを一週間も繰り返せばこの着信音がいったい何の合図なのかはキョーコにも判ったのだろう。
それを聞き留めたキョーコが小さく蓮へ振り向くと、二人の視線がぶつかった。
申し合わせたように蓮がスピードを落とし始め、しかしそれを認めたキョーコ自身はスピードを緩めない。
二人の距離は徐々に開いて、軽く弾んだ息を整えようと蓮が唐突に足を止め、そのまま逃げ去ってゆくキョーコの後姿を微笑ましく見送った。
やがて恋しい人の姿が見えなくなると、蓮は周辺一帯を一瞥してから方々へ向けて丁寧に腰を折り始めた。
「 どうも、お騒がせしてすみませんでした。ご協力に感謝します! 」
折り目正しく頭を下げた蓮に誰もが優しい目線を投げる。常に礼儀を欠かさない蓮のこの姿勢も、周囲に受け入れられている理由の一つなのだ。
口元を緩めた幾人かの顔見知りが蓮の肩を気さくに叩いた。
「 それにしても、敦賀くんが捕まえられないなんて京子って子は案外すばしっこいんだな 」
「 いやいや、違うでしょ。敦賀くんはわざと捕まえなかったんだろ?だって捕まえちゃったら素早い身のこなしがあの子の身に付かんでしょ 」
「 いえ……。どっちも本当のことなので何とも言い難いです 」
「 おお、そうなんだ。それにしても、敦賀くんがここまでしてあげるなんて初めてだろう。よっぽど仲の良い後輩なんだ? 」
質問を聞き受け蓮はクスリと微笑んだ。
古賀とキョーコの会話を聞き及んでからおよそ一週間。
手を抜かなかったおかげか先輩後輩の追いかけっこは業界のいたるところに浸透し、理解の輪が広がっている。
そして、何度キョーコに逃げられようが蓮が心を強く持っていられる理由となったこの追いかけっこを繰り返すことの真の意味は、いま蓮がやり取りしている周囲との会話に潜んでいた。
「 そうなんです。正直に言うと俺、あの子のことはデビュー前から特別に目をかけていたんですよ 」
「 ほお~。そうなんだ?! 」
「 ええ。だからこそ俺、手を抜きたくないんですよね。それについて今ちょっと考えている事があるんですけど俺一人じゃどうにもできなくて…。だからご協力いただけたら助かるのですけど、話、聞いてもらえます? 」
「 ん?なになに? 」
「 実は…… 」
それは業界に名が知れ渡っている蓮だからこそ出来る技と言えよう。
とびきり眩しい似非紳士スマイルを浮かべ、蓮がキョーコを捕獲するための網を広げようと新たな協力者を増やしている間に、そこからだいぶ離れた場所へ移動できたキョーコはようやく解放された安堵感を味わいながらある確信を抱いていた。
「 やっぱり……間違いないわ 」
そう。間違いなく自分のスケジュールが蓮に知られていると思った。
それを考えたきっかけは本当に些細なこと。
LMEで追いかけられ、蓮から逃げおおせた翌日。某局内で先輩俳優と顔を合わせた時はどれほど胃が縮み上がったか判らない。
だがそのとき蓮は平然としていて、キョーコに近づく素振りさえ見せなかったからもう諦めてくれたのだとキョーコは思った。
しかしその日、偶然にも次の仕事場でまた蓮と顔を合わせた瞬間、いきなり蓮が突進してきたのだ。そのときは一気に寿命が縮まった気がした。命からがらキョーコは逃げまくったのだ。
以降、ドラマの犯人役かと突っ込みたくなるほど蓮から逃げまくり続けたキョーコも、やがて蓮の行動には一定のルールがあることに気付いた。
例えばキョーコに時間的余裕がない時。それから次の仕事先に移動しなければならないリミットが近い場合、蓮は自分を追おうとしない。
また、某局内で顔を合わせた時がそうだったように、出会い頭に人とぶつかる可能性が高い場所では蓮は追って来ないのに、外に出た途端、鬼に変化したのかと思うほど急速に距離を縮めて来るのだ。…とはいってもこれも時間に余裕がある時に限られる。
以上のことから導かれるのは、間違いなく自分のスケジュールが蓮に知られているに違いないと推測できるという事。
加えてタイムリミットを訴えるかのように鳴り始めるあの音楽に気付いたとき、キョーコは蓮の意図を察した気がした。
恐らく、あの着信音はマネージャーの社からではないだろうか。
わざと音を出しているのは自分に聞かせるためだろう。
つまり……
『 俺は君の予定をすべて把握しているよ… 』
……と、あのサタンもとい破壊神は無言のままに自分へプレッシャーを与えているのだ。
途端に背筋が寒くなった。
なんて先輩だろうと思う。
一定の配慮を見せながらも、決して手を緩める気が無い事をこんなにも猛烈にアピールしてくるとは。
嫌われたくない…と、そう祈っているこっちの気も知らないくせに…と、そう思った途端キョーコの唇がとんがった。
まあ、いい。
それでもキョーコは逃げ切るつもりでいるし、たとえ捕まったとしても口を割る気は一ミリも無いのだ。
それこそ、どれほどあの人に泣かされようが……。
その場面を想像し、想像に絶してしまってキョーコは三度ほど顔を横に振った。
何事も考えすぎるのは良くない。
それでも今はしばしの安堵を得たのだ。
泥中の蓮の撮影現場に入ってしまえば、いくら大先輩とはいえ、おいそれと追ってはこられない。
砂漠でオアシスを見つけた旅人の如く、キョーコは満面に笑顔を浮かべた。
「 おはようございます。京子です。入ります! 」
「 おはようございます、京子さん。丁度いい。着替えの前に新しい撮影スケジュールをADから受け取って来て下さい。来週以降の撮影予定に変更が出ましたので 」
「 はい、分かりました! 」
プロデューサーの呉前に促され、スケジュールを管理しているADの元へ向かったキョーコの目に人だかりが映った。
どうやら目的のADは出演者たちの波に埋もれているらしい。
あとから到着したのだから仕方がない…と、キョーコは素直に順序を待った。
「 すみません、京子です。紅葉役です 」
「 ……あ、はい。紅葉役ですね、お待たせしました。そうするとメインキャストだから…… 」
キョーコにはそれほど待っていたという自覚が無かったが、それまでにもかなりの人数に応じて来たのだろうADはどこか疲労気味だった。
メインキャストとレギュラーキャストは異なる予定表なのだろう。何度も中身を確認しながら該当のそれを手渡してくれた彼が妙なことを口にした。
「 お待たせしました、こちらです。忘れず差し替えをお願いします。それから、前と同じように京子さんのマネージャーさんには… 」
「 え? 」
「 …ぁっ?!……はイイのか。いいんだ、京子さんは。
いえ!大丈夫でした。なんでもないんです 」
このときキョーコはピンと来た。
いまキョーコのスケジュールの大部分は泥中の蓮の撮影がメインだ。
つまりこの現場から自分のスケジュールが社に渡るということは、すなわち自分のスケジュールが蓮に筒抜けも同然ということになる。
裏を取ろうとキョーコは咄嗟に機転を利かせた。
「 そうですか?でももしマネージャーの社さんの分もあるのでしたらご面倒でしょうから私が渡しておきますよ? 」
「 えっ? 」
自分の言葉で顔を跳ね上げたADに浮かんだのは小さな笑み。
鬼のように忙しい彼の立場からしてみれば、ひと手間でも減るのは有難いに違いない。
しかし何を思い出したのかADの彼は次の瞬間にはイヤイヤと頭を横に振り、大丈夫ですと手の平を掲げてキョーコの申し出を断った。
「 いえ、大丈夫です。だってマネージャーの社さんはオーディションの時のみでしたよね? 」
「 ……ええ、そうですけど 」
一瞬浮上した曇り懸かり。
しかしネタを掴むには至らなかった。
…のに、どこの気が変わったのかこの数時間後。
スケジュールを管理しているADがキョーコに近づきこう言った。
「 あの、京子さん。さっきお断りしたアレですが、やっぱりお願いしたいんですけど 」
「 あれ? 」
「 はい。この予定表をマネージャーの社さんにお渡しください。社さんがそうして欲しいって仰ったので… 」
「 ……っ!?? 」
キョーコはもちろん息を飲んだ。
先ほどは否定したくせに今度はそれを肯定した。
理由は一つしかあり得ない。
社の単独判断とは考えにくい事から、恐らく蓮がそれを許したに違いないと思った。
きっと内緒にするようにと約束していたのに自分がそれを察してしまったから、ADが己のミスを報告がてら、ついでに相談したのだろう。
それを受けてこれを暴露したということは、つまり本人に知られても構わないと蓮は思ったのだ。
いや、むしろ知られた方が都合がいいと考えたのかも知れない。
追い詰めることはいつでもできる。そう無言の警告の意味を込めて……。
「 なんてこと。……知っていたけど、知っていたけど敦賀さん、なんて意地の悪い…… 」
地獄まで…と定めたこの秘めたる想いを暴かれる訳にはいかない。
そんなことにでもなれば自分は一生、絶望という名の泥沼に浸かり続けなければならない。そんなのは御免だった。
想いが叶わないことなど嫌というほど承知している。
だからと言って心の底から好きな人と、わずかにでも接触できる機会を永遠に失う未来など、どうして受け入れられよう。
そんな未来を手繰り寄せるつもりがキョーコには毛頭ないのだ。
この瞬間、防戦一方に徹するつもりでいたキョーコの心に火が付いた。
「 いいわ。敦賀さんがそのつもりなら…… 」
反撃してやりますとも。
攻撃は最大の防御なり。それを地で行ってやる。
ド根性を出すのはここからだ…と、キョーコは自分を奮い立たせた。
⇒◇7に続く
一話ずつを短くしようとすると連載数が嵩み、話数を抑えようとすると一話分が長くなってしまうジレンマ。
ちなみにただいま執筆時間が完全に不足中です。誤字・脱字・変換ミスなどがありましたら笑って通り過ぎて下さい。後ほどこっそり訂正させて頂きますので…。
※2018/5/22に改稿致しました。
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