いつもありがとうございます、一葉です。
のんびりのほほん連載、お届けいたします。
※例によって長いです。加えて面倒な場合はサラリ読みで良いと思われます。
前のお話こちら↓
①ニヤリはっと …キョーコちゃんside
②相宿秒読み …社さんside
③親密な夜長 …蓮くんside
⑤真夜中の揺籃…キョーコちゃんside
■ 尊敬人 ■
翌日の朝。
俺が目覚めた時、最上さんはちゃんと俺の隣で寝ていた。
実際のところ、女性のみが経験するmenstruationがどれほど大変なものなのか…をいくら想像しようとしても、現実に迫ることは難しい。
男の俺では判り様がないのだ。
だからこそ、余計に俺を頼って欲しいと思った。
最上さんの寝顔を見つめていると、ふいに昨夜彼女に言われたセリフが蘇った。
――――――― 敦賀さんって案外お節介なんですね…
お節介…。そういう捉え方をするのか。
いいけど。
ところで、お節介って何だっけ????
「 ……ん…… 」
「 おはよう、最上さん。調子はどう? 」
「 ぐふっ!!……敦賀さん……お、はようございます…… 」
「 ぐふって何だ 」
「 すみません。驚いて息を飲み込もうとしたら予想外に大きな空気の塊だったので喉が詰まっちゃって… 」
「 ……そう 」
どうして驚くんだ。
俺と一緒に寝ていたことは君も知っているはずだろう。
「 敦賀さん 」
「 ん? 」
「 朝食は私が作りますからね? 」
「 ありがとう。でも無理しなくても… 」
「 してないです!大丈夫ですよ。それに… 」
「 それに? 」
「 う…。あの、これは病気ではありませんから。大丈夫ですから 」
うん。病気じゃないってことはもちろん俺も知っているけど。
でも、君が痛みや苦痛を感じるのなら俺にとっては同じ事だよ。
俺が少しでもそれを和らげることが出来るのなら、君にはそうしてあげたいんだ。
俺が出来ることなら ―――――――― …
「 …ということで敦賀さん!起きましょう!! 」
「 ん。そうしようか 」
昨日、俺の前で、それこそ涙なんて見せたくなかっただろうけど。
あんなにボロボロ泣いていたのが嘘のように、起きてからの最上さんは実にテキパキと動きながらあらゆることをこなしていった。
作ってくれた朝食はやっぱり美味しくて、週一にしか訪れない倖せを噛みしめる。
……うん。
この約束、してよかった。本当に。
「 敦賀さん。乾燥室に干しておいた私の洗濯物、いま取り込みましたので。本当にありがとうございました 」
「 了解。これからも気兼ねせずに使っていいよ 」
「 ありがとうございます。でも、勿体ないですよ 」
「 うん?なにが? 」
「 昨日はその…緊急事態でしたのでお借りしましたけど……。でも、今日みたいに太陽が出ている日は電気を使って乾燥させるのがそもそも贅沢すぎるって言うか…。
だって干しておけば乾きますしね!あ、宜しければ洗濯していきましょうか?私、干しますよ 」
「 干すってどこに?乾燥室に? 」
「 どうしてですか。この話の流れなら乾燥室じゃないって判ると思うのですけど 」
そう言って最上さんは溌溂とした笑顔を少し曇らせてしまったけれど、彼女の言いたいことが伝わってきて思わず笑いを漏らした。
「 どっ!どうして笑うんですかぁっ!! 」
「 どうしてって…… 」
洗濯物を太陽の力で乾かす乾燥方法。いわゆる天日干し。
これを日常的に行う国は実はとても限られている。
昔からこの方法を利用して来た日本という国は、つまり治安が良いということなのだろう。
加えて水利性質が良い事も理由の一つに挙げられるのかも知れない。
対してアメリカを始めとする諸外国の殆どは、一家に一台必ず乾燥機が常備されているのが当たり前で、洗濯物を外に干そうものなら乾燥機も買えない貧乏生活なのか…という目で見られるのが一般的。
洗濯機と大型の乾燥機は有って当たり前。
天日干しを常としている日本では、この考え方は受け入れられにくい事象なのかもしれない。
しかし、昨今の都心部では洗濯機と乾燥機、そして乾燥室を備えているマンションは数多く存在していた。
それは人口過密により住宅地が高層化するとともに、高速道路などの主要幹線道路が極めて宅地から近い場所にあるということも影響していた。
「 最上さん。ベランダには干せないんだ。干せないからこそ乾燥室があるんだよ 」
「 ……え?干せない…んですか?え?どうして? 」
「 どうしてって…… 」
高速道路から都内を見渡すと多くのビル群を望むことが出来るが、その殆どの建物にはベランダと呼べるものはなく、外に出られない構造であることを疑問に思わない人は割合い多い。
住宅ではないからそういうデザインなのだろう…ぐらいにしか考えないのかも知れない。
しかし都心部に限らず交通量の多い大きな道路に面して建てられている集合住宅なんかだと、ベランダ自体が備えられていない建物もあったりする。
洗濯物を外に干すという習慣自体が俺には無かったから、ベランダなんて有っても無くても特に不満はなかったし、それを不便だと考えることすら無かった。
「 最上さん。学校には行ってるんだろ。基礎的な事は知っているよな? 」
「 は?何ですか、急に 」
「 口で説明するのは簡単だけどね。一気に理解を深めてもらおうかと思ってね 」
「 はい????何をですか? 」
「 例えば俺が、仕事が終わって家に戻ってきて、ベランダに出て缶コーヒーを飲んだとしようか 」
「 なんですか、藪から棒に 」
「 黙って聞く! 」
「 はいっ!! 」
「 …で、夜景を見ながら、あー今日も頑張ったなーなんて思っているときに社さんから電話が入ったとするだろ 」
「 ……はぁ 」
「 飲みかけのコーヒーを欄干に置いて電話に出て、話が済んで再び缶コーヒーを飲もうと手を伸ばしたとき、誤ってそれを落としたとする 」
「 危ないですよ!! 」
「 だね。でも実際どれほど危険なのか君は判ってないだろう。だから外に干そうなんて考えが出て来るんだよ。
高層マンションの30Fなら地上まで大体100m。10F建てだと30mぐらいかな。じゃ、計算しやすい様にそれで行こうか。物体が30mの高さから自由落下を始めて地面に到達するまでの経過時間、落下速度はどのぐらいかな? 」
「 は?いきなりですか?えぇぇぇぇ????? 」
「 落下距離は30m。地球の重力加速度は空気抵抗を考慮しないで基本的な数値の9.8でいいよ。缶コーヒーの重さは計算しやすいように50gにしようか 」
「 う…。ちょっと待ってください。え?? 」
「 はい、電卓 」
「 ありがとうございます。えーっと……物体落下速度はV=√2ghだから……。あ、秒速24.3mぐらい? 」
最上さんの手元を覗き込み、叩かれた電卓の数値を一緒に確認する。
「 うん。その計算で合ってるね。
じゃあ、地面に到達したときの衝撃力は? 」
「 はいっ?!なにそれ、えっと…衝撃力はF=(mv)/tだからぁ~~~ 」
正座をして電卓に向かい、俺が出題したそれに懸命に向き合う最上さんの姿が、以前ここで高校の入学試験勉強をしていた彼女の姿と重なった。
そういう記憶の重なりが単純に嬉しくなるのは何故なんだろうね。
「 あ、敦賀さん、出ました!37.5kgです……って、こわっ。飲みかけの缶コーヒーがこんな重さに? 」
「 …だよ。ここはそれより高い階層だけど、もし30mの高さから50gの缶コーヒーを落としたとしても重さは37.5kg。それが2秒後には地面に到達しているんだ。
落ちて来るそれに運良く気付けたとしても避けるのは到底難しいし、落下地点にいる人はまず間違いなくそれとぶつかることになるだろ。
もしこれが衣類だとしたらそれよりもっと軽い物になる訳だけど、それはそれで問題なんだ。風の影響で遠くに運ばれることだってあるだろ 」
「 はい。そうですね 」
「 そう。都内は道路が集中しているよな。もしそれが高速道路に落ちて、万が一にもドライバーの視界を奪う事になったら…って、そう考えるだけでも怖いだろ。
だから高層階のベランダに何か…例えば鉢植えなんか…を常設することを禁止しているマンションは案外多いし、大体の高層マンションには乾燥室が備えられている。
ウチも同じ。ベランダに干す場所は無いんだよ。理解できた? 」
「 すっ……すごい!! 」
最上さんは両手で祈るポーズを見せて、目をキラキラと輝かせながら俺を見上げた。
「 敦賀さん!すごく良く判りました!すごい。本当ですね!乾燥室、重要ですね!!! 」
「 理解して頂けたなら何より 」
にっこり笑ってみせながら、俺はふと別のことを思い出していた。
そういえば、お節介ってどういう意味だっけ?
最上さんが鼻歌交じりに自分の荷物を整理し始めたのを見届けて、俺はその場でこっそり携帯検索に走り、そして全身を硬直させた。
『 お節介……かえって迷惑になるような余計な世話をやくこと。またそのような人や様 』
……って!!!
これ、俺のことか?!
あのとき最上さん、こう思っていたってことか!?
いや、だけどっ!!!
少なくとも迷惑じゃなかったはず!…だよな?
「 敦賀さんっ 」
「 ん?なにっ? 」
「 私、敦賀さんのこと、改めて尊敬しちゃいました!もはや神ですね! 」
ってなんだそれ。神なんて少しも嬉しくないし。
俺は男だよ!君のことが好きなただの男だ!!…って、さすがに今は言うべき時じゃない。
「 ……そう?ありがとう 」
「 いいえ、こちらこそありがとうございました。一晩お世話になりました。
あの、来週もまた……よろしくお願い…してもいいですか? 」
「 あ、うん、もちろんだよ。気にせずおいで。来週もよろしくね 」
「 はい!!よろしくお願いします。……えへへ 」
天然キューティハニー笑顔を炸裂させて、俺の前で丁寧に頭を下げ、かしこまってから首を傾げた可愛い彼女から俺はそっと顔を逸らした。
……この場合、お節介人から尊敬する先輩に戻った…と思ってもいいのだろうか。
どうしようもなくこの子の態度に一喜一憂してしまう自分がいる。
うん。いいよ。
戻ったってことにしておこう。うん。
「 支度が済んだのなら送って行くよ、最上さん 」
「 はい、ありがとうございます! 」
取り敢えず来週も来てくれるみたいだし。
少しずつ少しずつ、積み重ねて行こう…と思う。
いつかこの子から誰にも負けないぐらい絶対的な信頼を得られる男になりたい。
俺なら何があっても大丈夫だって、そう思ってもらえる存在になりたいんだ、俺は。
「 よし、行こう 」
「 はい 」
焦る必要はないよな?
ようやく君と二人きりで過ごせる時間を確保できるようになったのだから。
E N D
これを書いておいて何ですが、一葉は蓮君の基礎学力については疑問を持っていたりします。
だって蓮君、日本に来たのが15歳の時なのですもの。
アメリカにはスキップ制度というものがありますけれど、あれを受けられるのは極僅かだと聞いていますし、その前の蓮君の荒れ様を見たらそもそも学校に行っていたのかどうかも怪しいですよね。
日本に来た後、社長がキョーコちゃんにしたのと同じように蓮君の世話を焼いてくれて、ハイスクールは無事卒業しました…となっていたらイイなと思います。
ところで、辞書を引くとどうして世話焼きとお節介が大差ないのか疑問デス。
※お忘れの方の為に。
V=物体落下速度 g=重力加速度 h=高さ F=衝撃力 m=質量 t=減速です。
衝撃力は物体が地面に当たったときの減速過程により変動しますよね。短時間で減速すれば大きな力が加わり、ゆっくり減速すれば衝撃は弱くなります。車の急ブレーキをイメージすると判りやすいですかね。
ちなみに。仮に1kgのものを10mの高さから自由落下させ、本文と同じ条件で計算するとその衝撃力は1.4トンになります。高いお部屋に住んでいる方はもちろん、例え低い階層であっても落下の危険があるようなものはなるべくベランダに置かない方が良いですよ☆
⇒尊敬人・拍手
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