草原の海 ■9 | 有限実践組-skipbeat-

有限実践組-skipbeat-

こちらは蓮キョ中心、スキビの二次創作ブログです。


※出版社様、著作者様とは一切関係がありません。
※無断での転載、二次加工、二次利用は拒断致します。
※二次創作に嫌悪感がある方はご遠慮ください。

 ご訪問有難うございます(。-人-。)一葉梨紗です。


 ふふふー♡о(ж>▽<)y ☆予定よりも少しお早くお届け、草原の海。いやー…このお話ってば1話毎が長い上に本当に難産で…。

 執筆しながら読み返すのにも時間がかかって本当に苦労しています。手がかかる子ほどかわいいって本当ですね~(笑) ←絶対違う


 ちなみに、プロット組み直したとはいえ基本的なお話の流れは変わっておりません。もちろんラストも変更なしです。

 まぁ、短くした分、貴島さんの出番は大幅に削ってしまいましたけれどね。


 さて、こちらのお話は毎度おなじみ噂の人魚フェア 参加作です。

 リンク先はセーちゃん、ことsei様ブログ、「リク魔人の妄想宝物庫」 となっております。


 内容は言わずと知れた蓮キョで人魚パラレル☆めっちゃシリアス!

 前のお話はこちらです↓

1・出逢い /2・憩い /3・憂い /4・想い /5・惑い /6・共鳴 /7・身震い /8・願い


 さすがにこの章まで来たら読んで下さっている方のみが先に進むと思いますので、敢えて長いとは言わないです…。 ←言ってるじゃんΣ\( ̄ー ̄;)


 ~ 噂の人魚フェア・参加作 ~

■ 草原の海 ◇9 秘めた儀礼 ■





 あとで彼女がどう思うのか…なんて、そんなことはどうでも良かった。

 自分が真実を告げさえしなければ、俺が何をしたのか…なんて彼女はたぶん一生気付くことはないのだから。


 ただ、あきれ返るほど身勝手だな、と

 自分のことなのに、どこか他人顔で蓮はこの現実を受け止めていた。



「 君に直接触れないから、このまま君にキスさせて… 」


「 え?ええっ??直接触れないのに、どう… 」


「 ごめん。動かないで。君に傷を与えたくない 」


「 でも、れ… 」


 了解の言葉なんて一つももらっていないのに


 彼女が驚いている間にクイーンローザの花びらを1枚引き抜き、それをキョーコの唇に押し当てた。



「 …え?…む…ん… 」


「 キョーコ、じっとしてて? 」




 ―――――― お前に、早くそんな相手が現れるといいな…



 決して伝えたりしないけれど

 本当は、この薔薇を見たときキョーコのことを連想した。


 まるで、君の唇の色のようだと。



 深紅に咲き誇る美しいバラ

 彼女の無邪気な口づけが、伴侶の石に魔法をかけた。


 それだけは紛れも無い事実だった。



「 君に誓う。君が石に約束をくれたように、俺はこの先… 」



 君だけを、ただ愛し抜くことを―――――― …



 キョーコの唇に自分のそれを押し当て、蓮は自身の伴侶と認めた女性と花びら越しに口づけを交わした。





 ―――――― ケンタウロスの、伴侶儀礼成立。




 伴侶の石に口づけをくれた女性に誓いの言葉とキスを贈る。

 それは、一生にたった一度きりの、嘘をつけない神聖な儀式。



 唇が離れた途端、二人を繋いでくれた薔薇の花びらが踊るように空を舞った。


 刹那に重なる二人の吐息。

 徐々に遠のいてゆく互いの体温。


 その間、蓮は確かに感じ取っていた。

 身の内に、ケンタウロスとしての儀礼が正しく成立した証が生まれ来るのを…。



『 それは形さえ整っていれば意思に関係なく成立するものなんだ 』


 社の言葉が脳裏を過ぎると蓮の胸が激しく軋んだ。意思に関係なく成立する。まさしくそれはその通りだった。

 キョーコと絡ませていた視線を外し、己がした事を振り返る。



 決して信じていなかった訳ではないけれど、実感したことで改めて思う。

 自分はいま、なんてことをしたんだろう…。


 彼女を護りたいと、あんなにも固く誓ったはずなのに、たとえばこれで彼女を縛ることになったら、自分は一体どうしたというのか。


 彼女の意思を問いもせずに、ましてや了解の言葉など一つも貰っていなかったのに

 自分の想いだけでキスを贈り、己の我欲だけで今、ことを済ませてしまったのだ。



「 ごめん…キョーコ… 」


「 どうして謝るの?私、平気よ?それより蓮、いまなんて言ったの?小さくて良く聞こえなかった 」


「 ううん、いい。気にしないで 」



 けれど、自分の心に後悔は一つも生まれなかった。


 儀礼を済ませた今、なんの変化も感じさせないキョーコの様子に心の中で安堵の溜息をつきながら、やはり人魚である彼女を自分の伴侶にすることは出来ないのか…と、ただそれだけを強く思った。


 それが痛いほど歯痒く、同時にそれだけが救いだった。

 少なくとも、このことで彼女を苦しめる事はないのだ。彼女を危険に晒す事も無い。


 そして、今この時をもって

 自分はケンタウロスの儀礼に則った方法で、この命が続く限りキョーコを思い続ける事を許された。もう、意思を捻じ曲げて偽りの妻を娶る必要もないのだ。


 肩の力がふっと抜けて、自然と頬に笑みが浮かんだ。

 なのに己の意思とは関係なく、蓮の瞳からぽたり…と涙がこぼれ落ちる。


 それはもしかしたら、偽らざる喜びの涙だったのかもしれない。



「 キョーコ、ありがとう。それから、ほんとに…ごめ… 」


「 蓮? 」


「 ごめん。これは…気にしないで… 」


「 じゃあ、どうして謝るの? 」


「 ごめん。本当に気にしないで。ただ、ごめ…ん…。俺、本当に… 」




 ―――――― どこまでも、身勝手で…





 ぽたり、ぽたりと涙が流れた。

 それはまるで川を作るかのようにとめどなく溢れて蓮の頬を瞬き落ちる。


 答えを口にしない蓮を見上げ、彼の瞳からこぼれる涙を見つめていたキョーコは、やがて眉をひそめて大地に添えていた両手を強く握りしめた。


 胸に迫る熱い想い。

 出逢ったばかりの人だというのに、こんなにも強く心惹かれてゆく。


 ぽろぽろとこぼれ落ちる蓮の涙を見つめながら、キョーコは切なげに眼を細めた。



「 蓮の涙はとても綺麗ね…。羨ましい… 」


「 …な…に? 」


「 蓮、知らないわよね?人魚って、泣けないのよ。涙を流せないの 」


「 そう、なの? 」


「 ええ。だから、涙が浮かんで視界が滲む…っていうのがどういうことなのか理解できないの。だって、水の中で生きる私たちの目の前には水があって当たり前なのだもの。視界が滲んじゃったら大問題でしょう? 」


 自嘲するようにキョーコはそっと笑った。


 彼女の手首に視線を落とせば自分が付けた火傷の痕。

 ずっと、泣かない強さを持った子なのだと、そう思っていたのに…。


「 …そう、だったんだ。うん、知らなかった 」


「 そうよね?でもね、だからこそ私たちは歌うのよ。嬉しい時、哀しい時、切ない時、辛い時。それから、誰かを癒したいときも…… 」



 キョーコのつぶやきは大地に染み込み、彼女は瞑想する様に穏やかに瞼を閉じた。

 自然に背筋を整えると、ふわりと人魚は夜空を仰ぐ。


 蓮の熱を感じた唇を少しだけ開き、神聖な空気を招き入れた。

 次いで思うがままに口を開いたキョーコの喉が細やかに震える。


 彼女の口から歌声が溢れ出た。

 それは、いままで蓮が聞き及んだことなど無い、幻のように気高い旋律を奏でる。


 身体の全てを楽器にしたかのように、細い肢体が繊細に震えていた。


 キョーコの歌声はどこまでも自由に伸びあがり

 声という名の翼を思うがままに羽ばたかせる


 人魚の歌声はまるで、夜空の星に吸い込まれてゆくようだった。



 …幻想的な光景が、蓮の全てを釘付けにした。


 屈託のない笑顔で

 明るい声で笑う彼女のそれとは全く違う。


 その魅惑な声音

 人目を惹きつける蠱惑なムードが彼女の身の内から溢れ出ていた。



 蓮は言葉を失った。

 視線を奪われ、同時に思考を奪われた。


 心を囚われ、意識を囚われ、ただ歌う彼女に魅せられ瞬きも忘れて彼女に魅入る。


 やがて、蓮はキョーコが奏でる旋律に耳を傾けながら

 いつの間にか、深い眠りに落ちていった。




 視界を閉ざした蓮を見下ろし、キョーコは切なげに頬を歪める。

 ケンタウロスの顔をそっと覗き込み、声を潜めてか細く言葉を漏らした。


「 蓮。私、嬉しいの。預かったペンダントは私が水に還るまでの間、大切に守らせてもらうわね 」


 湖畔には再び水音だけが清廉と響き、月明かりだけが二人の姿を優しく見守っていた。


 預かって…と、お願いされたのが嬉しくて、ついキスを施した蓮の石。

 本当は、このつながりだけで満足すべきだったのに。


 けれど、蓮と唇を重ねた瞬間、更に罪深い欲が出た。


 どうせもう、自分に残された時間はわずかな時しかないのだ。ならばその短い間だけ、彼と確かなつながりを持っていたい。


「 …ごめんなさい。本当は、こんなつもりなかったの。私は自分の事を知りたかった。それだけだったの。本当よ…? 」


 蓮の頬に残る涙の跡を見つめて、本当に、なんて綺麗な涙だったのだろうと束の間キョーコは想いを馳せた。


 輪廻の輪に入れない、穢れた人魚とは違う。

 蓮は、不死の魂を持つ高潔なケンタウロス。


 分不相応だと判っていても、それでも言葉を交わしたいと思った、蓮は自分が初めて目にした異性だった。




 幼い頃から、キョーコはとにかく世界を知る事に興味があった。


 人魚の掟に従い外海へと旅立ち、戻ってきた人魚から世界の話を聞くたびにキョーコの好奇心は強まっていくばかり。


『 いいなぁ…。私も早く17歳になって世界の色々を見てみたい。海を遮る陸や、大地に根差す木々、空を飛ぶ鳥、植物を食べる虫、それから、言葉を交わせる異種との出会い。早くそれを目にしたい。早くそれを体験したい 』


 人魚は自身の命を延命するため、必ず17歳で旅立ちを迎える。

 戻ってきた人魚の多くは幼いキョーコに自分が見聞きしたことを包み隠さず話してくれた。


 憧れは強まる一方で、夢は膨らむ一方だった。


 そんなキョーコの様子に肩を叩く人魚もいた。


『 ねえ、キョーコちゃん?知識を得るというのは本当は不幸なことなのよ。何も知らない方が人魚にとっては幸せなこともあるの 』


『 どうして?何も学ばなければいつまでたっても無知のままよ? 』


『 そうね。でも、少なくとも知らなければ心に傷を負わなくて済むわ。たとえば、戻って来ないあの子のように… 』



 ときおり

 本当に時折、一年を過ぎても戻って来ない人魚もいて


 誰もがどうしたのだろう…と心配する中、年かさの人魚たちは眉をひそめて同じ言葉を口にした。


『 …可哀想に。きっと知ってしまったのね 』


 耳に届くその言葉の意味が、キョーコには全く判らなかった。

 何を知ったのかと問いかけた所で答えを教えてくれる人はいない。


 幼い心にその疑問は残ったまま、時は静かに流れていった。



 もともと、人魚はどんな生き物も近寄る事など出来ないだろう、陸地も見えない大海原の水底で息をひそめる様に暮らしていた。

 掟は厳しく、旅立ちの時を迎えるその日が来るまでそこから出る事は赦されない。

 だが、現実的には17歳が近づくにつれ、移動を許される範囲は拡がっていった。


 それをキョーコは素直に喜んだ。

 年を重ねるごとに行動範囲は拡がってゆき、彼女の知識もまた深まってゆく。


 それは本来、来るべき旅立ちの時に向けての配慮だったのだろう、と今なら分かる。

 たとえ海の中とはいえ、ほんの少し泳いだだけで海中の気配はあっという間に変わっていくのだ。


 一続きの海の中でさえ自分が知らない世界はそこかしこに存在している。

 許容されてゆく移動範囲内の中で、キョーコはそれこそ最大限の探索に夢中になった。


 海原は弱肉強食。

 海の中で生きる人魚も例外ではない。それは本当に稀なことではあったけれど、寿命が尽きるより前に水に還る人魚もいた。


 知識はあるに越したことはない。知れば知るほど危険を回避することは可能だとキョーコは考える。

 そのうち、視野の妨げになるから…と、彼女は伸ばし続けた己の髪を切り落とした。振り返る人魚の歴史の中、そんな事をしたのは後にも先にもキョーコのみ。


 彼女は知識欲から行動を深め、興味から来る探索を通して誰よりも海の中の様々なことを学習してゆく。

 キョーコの学びは日を追うごとに熱心さを増し、世界を知りたいという欲求は海よりも更に深まっていった。



 やがて15歳になった年、人魚の掟に従いキョーコは水底から海上への移動を許される。

 初めて泳ぐ海上までの道のりは酷く遠く長く、最初のうちは水圧の変化に苦しんだ。


 だが、これが出来なければ旅立ちの時を迎えても延命の儀を済ませる事は決して出来ない。キョーコは諦めることなく果敢に挑戦し続けた。


 水底は真っ暗だったけれど、海は水面に近づくほど明るさを覚える。

 やがて水の色を軽くしたような明るい海水の正体が、以前から耳にしていた太陽の光によるものだと気付いたキョーコは胸を躍らせながら海上へと泳ぎ切った。



 きらめく水面が、そこに到着したキョーコを祝うかのようにキラキラと光を弾いていた。

 初めて味わう太陽の熱が、キョーコの肌を優しく焦がす。


 耳元を渡る風。

 視界いっぱいに拡がったのは海によく似た透き通る青空。

 そして、初めて肺に吸い込まれる乾いた空気。


 見渡す景色の中に望んだ大陸を見つけることは勿論出来なかったけれど、初めて目の当たりにした海以外の世界はキョーコの心を惹きつけた。


 海底は真っ暗だから、人魚は夜行性だとキョーコは思っているけれど。実際に彼女が水面を目指した時、いつもそこには太陽があった。

 なぜかキョーコがそれに疑問を抱いた事は無かったのだが、人魚は本来、夜行性ではないのだ。


 そしてある日、キョーコは風の精と出逢う。


 カナエの話はキョーコの世界に彩りを与え、更なる興味を引き立てた。

 人魚の身では決して訪れる事の出来ない大陸の話は、もちろん誰からも聞いたことが無い。


 山頂に降り積もる雪景色や活火山で絶えた森の話。

 生まれ来る命、育まれてゆく世界の一部と、大自然が織りなす圧倒的な搾取の様をキョーコはカナエの言葉を通じて夢想するようになる。


 幼い人魚の心の中で世界は今まで以上の広がりを見せ、特に孤高の湖の話がキョーコの全てを惹きつけた。



 延命をするために旅立つ必要があることは幼い頃から言い聞かされて育っていた。

 その理由を理解できる年になって、それが何よりの最優先事項だということももちろん充分承知している。


 けれど、それを後回しにしてもどうしても自分はこの湖に来てみたかったのだ。


 なぜそう思ったのか、その理由を説明するのは難しいことだけれど


 でもいま蓮を見つめて自分の心に問いたならば

 もしかしたら自分はこの人に出逢いたくてそうしたのかも知れない、とすら思える。



 人に変化した初めての下肢を不器用に動かしながら、キョーコはゆっくりと身を起こした。

 力の入りにくい足を曲げ、膝を立ててゆったりと月を仰ぐ。



 数時間前、蓮が月を見上げながら湖を目指していた時刻

 同じようにキョーコは月を見上げながら蓮の到着を待ちわびていた。



「 月が昇ってだいぶ経つのに… 」


 蓮に逢いたい。その思いだけが募ってゆく。



 ―――――― 夜にもう一度来るから。


 昼間、自分にそう約束をしてくれた蓮の姿を瞼の裏で垣間見た。


 彼の姿を思い出すだけで、この胸に納まっているはずの心臓が激しく鼓動を打ち鳴らす。

 蓮の事を考えるとどうしようもなく胸が苦しい。


 なのに、どうしてこんなにも温かい気がするのだろう。



 海の中に文献などはあろうはずも無く、全ての知識はケンタウロスと同じ。人魚もまた口伝えで歴史を共有していく種族。


 海藻の表面に傷をつけて、見聞きしたそれらの形を教えてもらう事は出来ても、それ以外の知識を身につけようと思ったらあとは経験で学び取っていく他ない。


 旅立ちの少し前、キョーコはある人と言葉を交わしていた。

 それはかつて、知識を得るのは不幸なことだ、と自分に教えてくれた人魚だった。



「 キョーコちゃん?人魚はね、最初に目に入った人間の異性を見つけたとき、人の形に近い体に変化するって聞いているわね? 」


「 はい。そう聞いています 」


「 そう。それでいいのよ。一夜限りの婚姻を交わし、延命の儀を成して海に還る。あなたも、目新しい事に意識を囚われることなく、ちゃんとここに戻って来てね? 」



 その時、ふいに子供の頃に抱いた疑問が頭をもたげた。


 そもそも人魚が定義する婚姻というのは、自分の寿命を延命するためのもの。

 地上で多く生息する雑多な生き物と同じように、人魚も次代の命を生み落す。けれどそれは一人の例外も無く、延命の儀礼を行えば人魚は必ず命を育むのだ。


 視界に入った人の男と一晩限りの契りを交わし、それを延命の儀と成して故郷の海に還る。ただそれだけの事なのに、なぜ時折戻ってこない人魚がいるのだろうか。


 もちろん、中には海の厳しさに耐えられず、水に還った人魚がいたのかもしれない。

 または生の掟に従って、やむなく水に還った人魚もいたのかもしれない。


 変わらず年を重ねた多くの人魚は可哀想にと口ずさんでいたけれど、問いかけても答えが返る事は無かったから、キョーコはもうずいぶん前からそれを問うことをやめていた。


 そのとき、続け様にキョーコの脳裏でカナエとの会話が蘇る。



『 この間、人同士の婚礼の儀を見たわ 』


『 人同士?ああ、そっか。人間は色々なものと婚姻できるものね 』


 事実、人魚に男の性はなく、人魚は人の男を求める。

 キョーコは言葉を継いで疑問を投じた。


『 カナエ、それってどうやったらそうなるの?やっぱり人魚と同じように最初に目に入った異性を相手と決める掟なの? 』


 そう問いかけるとカナエはそうじゃないわ、と答えた。


『 恋っていう掟があるみたい。この人しかいないって、そう思ったらするみたいよ 』


『 ええっ?それって色々な人の中から選ぶってこと? 』


『 そういうことね。お互いがお互い同士を選ぶならいいけれど、現実にはなかなかうまくいかないみたいで大変そうよ、人間は 』


『 へえ…。なのにその方法を取るなんて、すごいのね 』



 この人しかいないって、人魚でもそう思う時があるのだろうか。


 もしかしたら、過去の人魚達の中には人のルールを重んじ、それに沿うようにした者がいたかもしれない。



「 あの…人魚も人と同じようにこの人しかいないって思ったりすることがありますか?恋の掟って人魚にも当てはまるものなの? 」


 問われた人魚は肩を揺らして驚いた。

 笑顔をひそめてキョーコを見つめ直すと大急ぎで口を開く。


「 だめよ!そんな事を考えてはダメ!人魚はね、水の中でしか生きられないの。伴侶に選んだその人と一緒にいることは叶わないのよ。だから人を選ぼう…なんて考えてはダメ!そんなの不幸になるだけよ!! 」



 それは、恋の掟に従ったら人魚は不幸になるってこと?



 後日、恋…というのは、相手を好きになる事らしい、とカナエがそう教えてくれた。

 好き、という思いなら自分だってとうに知っている。


 自分は生まれ育ったこの海が好きだし、カナエが渡してくれる風も好き。

 思いのままに自由に歌うのも好きだし、力いっぱい泳ぐのも好き。


 だけど、誰かを好きになるって、そういう事とは違うもの?

 好きだと思う気持ちの全てを恋と呼ぶことは出来ないの?



 たとえば昼間


 蓮の姿を見つけて心に浮かんだ、あの嬉しいって気持ちや

 自分の名を切なく呼んだあの声を聴いて、あなたには笑っていて欲しいのにって


 そう思う気持ちにも名前はあるの?


 自分の事なのに、判らない事がもどかしくて仕方がない。



『 キョーコちゃん。人魚はね、恋を知ってしまうとその人以外を拒んでしまうの。延命の儀が出来なければ、そこで寿命は尽きたも同じよ。だから人魚は初めて目にした人の男を伴侶にする、と決めたのよ。一晩限りのね 』


 歌で誘って、心を奪って

 一度きりの契りを交わす。


 それが人魚の掟。延命の儀礼。


 月明かりの下が合図。

 異性なら誰でも良いわけではない。


 人魚に必要なのは人の男。それ以外では意味が無いのだ。



 だけど、キョーコは知りたかった。

 いま自分の胸にある、蓮に対するこの感情が何なのかを。



 蓮を待ち続ける間、何度も彼の事を思い出して、何度も鼓動が高鳴った。

 瞼に蘇る彼の笑顔。


 思い返すだけで自分の頬から笑みがこぼれる。


 もし、この想いが恋…というものなのだとしたら

 きっと自分の身体は人の形に変化するに違いない。


 蓮の存在を感じたそのとき

 頭が思うより先に


 自分の身体が

 この人じゃなきゃダメなのだと、それを正しく自分に教えてくれるに違いない。


 だからキョーコは昼間と同じように、彼と言葉を交わした芝の上で蓮の到着を待ったのだ。


 月だけが見守る孤高の湖のほとりで


 自分の事を、知りたくて

 自分の気持ちを確認したくて


 本当に、それだけのつもりだったのに…。

 蓮からの甘い口づけが、恋に無垢なキョーコの心を簡単に煽ってしまった。



「 蓮… 」


 変わらず瞼を伏せた彼の名を呼び、キョーコは心に浮かんだ幸福感を噛みしめた。


 変化した自分の身体を見れば、自分は確かに恋を知ったのだろうと思う。

 よりにもよって、神の御使いである高貴なケンタウロスであるこの人に…。


 いま、自分のせいで深い眠りに落ちたこの人を、温める術すら持ち得ない人魚のくせに。

 触れる事すら許されない人に、なんて分不相応な感情を抱いたのだろうか。


 だけど……



『 キョーコちゃん?知識を得るというのは、本当は不幸なことなのよ 』



 本当に、そうだろうか…?自分はそうは思わない。


 こんな感情、知らなければ良かった…と思うには

 この胸に溢れる想いはあまりにも倖せすぎて…


 ただ、まさかこの出会いが自分の運命を決めるなどとは夢にも思っていなかった。



「 蓮…?本当にごめんなさい。謝らなければならないのは、私の方なのよ? 」



 震える心が指し示す一つの想い。

 揺るぎなくまっすぐに突き進むこの気持ちを、いま自分ははっきりと自覚している。


 キョーコは自分の身を大地に這わせ、水辺に移動するために腕に力を込めた。

 慣れない動きに戸惑いながらも湖水に足先を浸すと、人の形になれなかった尾ひれから色の違う鱗が躍り上る。

 それを両手ですくいあげると湖水で何度も丁寧に洗い流し、人魚の血が付いていない事を確認した。


「 …大丈夫よ。あなたに害はないから 」


 言い訳を口ずさみ、再び大地を這って蓮のそばに戻る。

 彼を起こさない様にと慎重になりながら、キョーコはショール越しに鱗を持ち上げそれを蓮の唇の前にそっと運んだ。

 もう片方の手でやはりショール越しに彼の顎を支える。


「 蓮、お願い…少しでいいの。口を開けて…お願い… 」


 ほんの少し開いた隙間に自分の鱗を差し入れ、そこでホッと一息をつく。


 再び身を翻して水際まで移動しようと、震える腕を使ってまた移動を始めた。

 力の入らない脚は大地にこすられ肌の表面にいくつも細かい傷がついた。薄く血が滲み始め、慣れない動きに両腕は悲鳴を上げている。


 月明かりを受けた湖水に口を浸し、水を口に含むと、キョーコは再び蓮の元へと移動した。


 神妙に彼の寝顔を見守りながら、本当に、なんて過分な想いを抱いたのだろうか、とキョーコは胸を詰まらせる。

 震える右手で痛む胸に手を添えると、蓮から預かった伴侶の石を彼女は知らず握りしめた。


 本当は、このつながりだけで満足すべきだったのかもしれない。

 人魚の掟に従うならば、この命を長らえることはもしかしたら出来たのかもしれないけれど。


 けれど、どうしてそれが出来るだろう?

 もう、出来るはずがないのだ。


 自分の頭が理解するより早く、この身体が蓮を伴侶に求めてしまった。


 もう、蓮でなければダメなのだ。


 彼がまとわせてくれたショールを蓮の口元に重ね、今度は自分の意思で、キョーコはショール越しに蓮と口づけを交わした。


 口に含んだ湖水を少しずつ蓮の口腔へと送り、出来うる限り耳を澄ませる。

 胸元で激しく高鳴る自分の鼓動を意識しながら、やがて蓮が鱗を嚥下した音が聞こえて、キョーコは静かに唇を離した。





 ―――――― 人魚の伴侶儀礼、成立。




「 ごめんなさい、蓮…。ごめんなさい… 」



 眠りを誘う歌を歌って、彼の意識を奪い取った。

 深い眠りへと誘い、浅ましくも心が彼を求めるまま、伴侶儀礼を実行してしまった。


 延命儀礼に進むことは叶わないけれど、これでもう、自分は誰とも契れない。



「 …大丈夫。その鱗は私が水に還ればあなたの中でもちゃんと水に還るから。心配しないで? 」


 どちらにせよ、自分の寿命が尽きるまでそれほど時間はかからない。

 ならばこの事で彼を煩わす事も無いだろう。


「 それから、預かったこの石は約束通り、私が水に還るまできちんと守ってみせるから。…だから私を許してくれる? 」


 キョーコのか細く震える声が、静かに渡る夜風に紛れた。

 どれほどの切なさがこの胸にこみ上げたところで、やはり人魚の瞳に涙は一粒も浮かばない。





 ――――― この夜……



 二人は互いへ向かう恋心を隠したまま



 互いを伴侶と認める儀礼を秘かに交わし合った。






 ⇒草原の海 ■10 へ続く


実は…(〃 ̄ ◇  ̄〃 )…この花びら越し(ショール越し)のチューを入れたくて二人が直に触れられない設定にした、と言ったら何人の人が引くのだろうか(笑)


両片想いで伴侶儀礼成立。我ながらさすが両片想いスペシャリスト。筋金入り!(笑)



⇒草原の海◇9・拍手

Please do not redistribute without my permission.無断転載禁止



◇有限実践組・主要リンク◇


有限実践組・総目次案内   

有限実践組アメンバー申請要項