草原の海 ■8 | 有限実践組-skipbeat-

有限実践組-skipbeat-

こちらは蓮キョ中心、スキビの二次創作ブログです。


※出版社様、著作者様とは一切関係がありません。
※無断での転載、二次加工、二次利用は拒断致します。
※二次創作に嫌悪感がある方はご遠慮ください。

 ご訪問ありがとうございます。一葉梨紗です(。-人-。)


 エラいことながーく放置しているように見えるかもですが、本人はいつだって構想を練っておりますのです。なので連載開始から1年以上経ってしまった気分はまるで無し。


 なるべくコンパクトにお話をお届けすべく、何とか15話以内に完結させようと本人は笑えるほど必死です。当初の予定は10話でしたしね…。

 そしてようやく目処がたちましたのでお届けいたします。この時点で15話に到達しないはずなのですが…どうなるかは書いてみないと分かりません…汗 ←それはプロット組み直した意味があるのか…


 えー( ̄▽+ ̄*)毎度おなじみ、こちらのお話は、噂の人魚フェア 参加作です。いい加減待たせているのでもう忘れられてるかもだわ(笑)

 リンク先はセーちゃん、ことsei様ブログ、「リク魔人の妄想宝物庫」 となっております。


 内容は蓮キョで人魚パラレル☆めっちゃシリアスです。

 念のため前のお話はこちら↓

1・出逢い /2・憩い /3・憂い /4・想い /5・惑い /6・共鳴 /7・身震い


 いつものことですが長いですよ~ん!(^-^)/


 ~ 噂の人魚フェア・参加作 ~

■ 草原の海 ◇8 願い  ■





「 取りに来ないのかと思ったぞ、俺は 」


 変わらずブリザードに守られた洞窟の入り口で蓮を迎え入れた社は、胸の前で両腕を組んでから呆れたように深い溜息を吐き出した。


 常に穏やかなまなざしを湛えてはいるものの、この時ばかりは眼鏡の奥から蓮を鋭く睨みつける。



「 そんな…。お願いをしておいて来ないなんて失礼なこと、俺は絶対にしませんよ? 」


「 良く言うよ!お前、いま何時だか判っているのか? 」



 言われた蓮はまるで気に留めた様子も無く、いつものように足を進め、いつもの場所に腰を下ろした。

 顔面にうっすらと笑みを浮かべ、社の質問にひょうひょうと応える。



「 …そうですね。夜空に月が浮かんでいましたけど、傾き加減から察するにまだ夜の9時ってところじゃないですか? 」


「 まだ、って言うのか。…ってことは何か?お前は7時頃に村を出て来たってことか?そんな時間に堂々と来るなよ 」



 機嫌が悪いな…とは思ったものの、だからと言ってここで踵を返すわけにもいかなかった。

 なぜなら社がいるこの場所は冷酷なブリザードに守られているのだ。やっとたどり着いたというのに一つの用事も済ませずにとんぼ返り…など到底する気にはなれない。


 遅い時間の訪問になった事に恐縮してはいたのだが、蓮自身こんな時間になるとは予想もしていなかったのだ。

 身体の震えが止まるまで、こんなに時間がかかるなどとは…。



「 …すみません。今日は昼間、秀人と一緒に妻求村に行ってたんです。それで予想外に遅くなってしまって…。申し訳ないとは思ったのですが… 」


「 あ?……ああ、そうだったんだ… 」



 そう言ってあからさまに視線と肩を落とした蓮を見下ろして、社は仕方ないな…といった風情で軽く溜息を吐き出した。


 それ以上の報告が出てこない、ということは、結局は昨日蓮が言っていた通り、やはり一緒にいたいと思える子を見つけることは出来なかった…ということなのだろう。


 蓮を求める女は数多くいるだろうに、妥協することもできないのか、と社は目を細めた。



「 ほら、蓮。注文通りにペンダントにしてやったぞ。大切に扱えよ? 」


「 ありがとうございます 」


「 それはそうと、薬は役に立ったのか? 」


「 あ、はい。それももちろんです。ありがとうございました 」


「 ふうん…。水に溶けない火傷薬…ね。それから察するにケンタウロスが使うって訳じゃなさそうだよなー。ま、その理由は聞かないでおいてやるよ。お前が大量に花を持って行った理由もな!! 」



 ギロリ…と社の視線が鋭く刺さり、蓮は思わず肩をすくめた。

 なるほど、と瞬時に悟る。


 いつも温厚な神の代理人が、こうまで機嫌が悪い理由が分かった。


 蓮自身はもちろん神…という存在を見たことはないが、社曰く、神は大地に生き物を産むのが仕事の一つなのだという。

 同様に、神の代理人の仕事の一つに地に多くの植物を産む…というのがあるらしいのだが…。



「 あ…えっと、すみません。もしかしたら俺、調子に乗って割と多く持って行ったかも… 」


「 報告遅いんだよ!あとで見に行って驚いたぞ!それぐらい無くなっていた 」



 実は以前、蓮は社が花に向き合っている姿を見たことがある。


 それは神の代理人の仕事として…の行動だったのだろうが、植物に向けられる社の温かいまなざしや気配り、鼻歌交じりに手入れをしている姿などはどう見てもそれが好きでやっているようにしか見えなかった。


 春原、夏原、秋原…と、社が管理している季節の違う野原には常に色とりどりの花が咲き乱れている。

 その景観は見事としか言いようがなく、とても一言では語り尽くせない贅を極めた美しさをたたえているのだ。

 社が注ぐ愛情の賜物、と言っても恐らく過言ではないだろう。それほどまでに愛しつくしていることが植物を見ただけで解るのだ。


 許可を得ていたとはいえ我ながら罪深い行動をしたな、と蓮は苦笑を浮かべた。



「 えーっと…本当にすみません。どれもこれも綺麗に咲いていて、だから目移りしてしまってあれもこれも…と。でも、さすが社さんですよね。あんなに綺麗に花を咲かせるなんて社さんにしか出来ないですよ 」


「 ……ったく!!そんな風に褒められたらこれ以上なにも言えないだろ 」


「 本当のことですよ?お言葉に甘えて度を超えてしまったこと、お詫びします。そして本当にありがとうございました 」



 丁寧に頭を下げた蓮の脳裏に、次いで彼女の笑顔が浮かんだ。



 湖に花を放ったとき、まだ空は茜色に染まリ始めた時刻だった。


 夕陽に照らされてパタパタと舞い降りた花は相当数にのぼり、突如水面に現れた花の絨毯に人魚が屈託のない笑顔を浮かべたのはつい昨日のこと。



 無邪気で純真な可愛い人魚。


 求めても決して得る事の出来ない可憐な彼女。



 ケンタウロスである自分が護るなど、到底できるはずもない儚い願いだと理解しているはずなのに、どうして自分の心はこんなにもまっすぐ彼女だけを求めるのだろうか。




「 …蓮? 」


「 え?はい 」



 知らず伴侶の石を握りしめていた蓮を見つめて、ほんの少しの間を置いてから社は複雑な思いで瞼を伏せた。


 いま自分の前で口を閉ざした蓮が、何かに憂えているのが分かる。しかし神の代理人と言えど心の中まで見通すことは出来ないのだ。


 心に曇りがあるなら話してくれればいいのに。そう思ったところでそれを口には出せなかった。

 いや。しかしいまの蓮の重荷はきっと、妻帯問題のことだろう…と容易に想像はつくのだが。



「 これ、やるよ 」


「 え?…え?……でも、これは社さんが一番大切にしている… 」


「 よく覚えていたな。それ、今朝やっと咲いたんだ。名前はクイーンローザ。…早くお前にそんな相手が現れるといいな 」


「 ……ありがとうございます 」



 差し出された一輪のバラを受け取って、蓮は神妙な顔つきで社に一礼を捧げた。


 もうとっくにその存在は現れています…と報告出来たらどんなにか良いだろう。けれどそれは出来るはずも無かった。社は、神の代理人なのだ。何を言われるかの想像は容易い。


 目的通りの用事を済ませて腰を上げると、蓮は逃げる様に足早に外へと向かった。

 洞窟の入り口でもう一度社に礼を捧げると、蓮の首に下げられた伴侶の石がシャラリ…とその存在を誇示する。

 なんとなく口を結んでいた社はいささか真面目な顔つきになって蓮の瞳を覗き見た。



「 蓮 」


「 はい? 」


「 お前、それ気を付けろよ? 」


「 え?ペンダント…ですか?それともこのショール…? 」


 そう言って顔を上げた蓮に向けて、社は眉をひそめながら人差し指を突き出した。

 指し示したのは伴侶の石。


「 お前、伴侶儀礼は単なる通過儀式だと思っているだろ?それは形さえ整っていれば意思に関係なく成立するものなんだ 」


「 ……え? 」


「 ケンタウロスの伴侶儀礼は形式なんかじゃない。本来、とてつもなく厳正なものなんだ。お前が望まずとも誰かがその手順を踏んでしまえば、それは有効になってしまう。だから、じゅうぶん気を付けろよ? 」



 真面目な顔つきで声を低めた社を見て、けれど蓮はひどく穏やかな口調で笑顔を浮かべた。

 本当に心配してくれているのだな、と改めて実感した気がする。



「 たとえば俺が寝ている間に…とかですか?大丈夫です。そんなヘマ、絶対にしませんから。それじゃあ… 」



 洞窟の外は相変わらずのブリザード、と思いショールを身にまとい直すと何故だか風はピタリと止んでいた。

 雪から発せられる凛とした冷気だけが辺りに漂い、吐く息を白く浮き上がらせている。

 なんとなく不思議に思って社の方へ振り向くと、社は口元を軽く歪めておどけたように肩をすくめた。


「 薔薇は傷つきやすいんだ。せっかく咲いたんだから少しぐらい気を回したっていいだろ? 」


「 …本当にずるいなぁ、社さん… 」


 ケンタウロスには容赦ないくせに花には優しいんだから…。


 クスリ…と小さく笑って手を振る社にお礼を告げると、蓮はキョーコの元へと足を向けた。





 ――――― 自分の願いが、決して叶わないものだということは嫌というほど理解している。



 けれど、しつこいほどに心は彼女だけを強く求めていた。



 自分の心を縛りつける、歯がゆく苦いこの恋心。


 深い溜息が自分の口からこぼれるたびに唯一彼女のそばにいたいだけなのだと蓮は何度も夜空を見上げて祈りを捧げる。



「 キョーコ、遅くなってごめん。もう少しだけ待っていて… 」



 この名を口にするたびに、どれほどの歓喜が湧き上がるのか。


 脳裏に姿を思い描くたびに、どれほどこの心が温かくなるのか。


 言葉にすることはもしかしたら、それほど難しい事ではないのかもしれない。

 けれど、どれほどそれを味わおうとも蓮は自分の想いをキョーコに伝えようとは微塵も思っていなかった。



 自分は確かにケンタウロスだけれど

 育む者として生を営む彼女の生き方を奪う事はしたくない。


 この想いを彼女に押し付けることは絶対にしないと心に固く誓った。


 彼女の近くに身を置くことが許されるのは、掟通りに沙汰が降りるその時まで。


 心が千に千切れようとも

 想いが満たされぬ川で溺れようとも


 人魚である彼女を護り通すこと。

 ただそれだけが自分に出来る精一杯の愛情表現なのだと、何度も自分に言い聞かせた。



 本当は、いまこうして彼女の元へ向かっていることでさえ、神に抗う行為なのかもしれない。

 けれどそう思ってもなお、もう自分の気持ちをごまかすことなど出来やしないのだ。


 だから、せめて…と蓮は心の中で請い願う。




 ――――――― ただ、心の限りに強く、願う





 どうか、彼女と向き合う間は1秒でも遅く時が流れてくれますように、と。

 どうか少しでも多く彼女のそばにいられますように、と…。




 スピードを緩めることなく森の中を駆け抜け、蓮はときおり思い出したように月を仰いだ。

 心に浮かぶのはキョーコの事だけ。


 ふと、昼間彼女と交わした約束の言葉が蘇る。




 ……俺、夜にもう一度来るから。君に逢うために…。



 きっとあの子は待っているだろう。

 強い確証が自分の背中を強く押し出す。


 はやる気持ちを抑えられず更なるスピードを上げて、蓮はただ懸命に暗闇の森の中を疾走しつづけた。



 呼吸は乱れていたけれど、構うことなく雑草を跨ぎ越える。

 昼間とは様相を一変させた孤高の湖。


 月明かりは厳かなまでに厳粛な光を降り注ぎ、人知れず煌めく湖面の輝きがなお一層、静寂さを浮き彫りにさせていた。


 弾む呼吸でほんの少し肩を上下させながら

 けれど蓮の瞳は誠実に彼女の姿だけを探し求める。



「 キョーコ… 」


 その名を口端にのせ辺りを見回した蓮は、次の一瞬、言葉を失い足を止めて息をのんだ。



「 キョー……コ…? 」



 心臓が、蓮の鼓動を早鐘の如く打ち鳴らす。


 目前に拡がった光景のまばゆさに蓮は思わず目を瞠った。


 これは、夢幻だろうか…?

 自分は夢を見ているのではないだろうか…?




「 蓮…。良かった、来てくれた… 」


 うつ伏せた状態で芝生に横たわっていたキョーコが、蓮に気付いて笑顔を浮かべた。


 恐らく、陸に上がってまだそれほどの時間も経っていないのだろう。全身に月光を浴びているその肌はまだしっとりと湿っているようで、月明かりで全身が美しく輝いている。

 細い両手で大地をつっぱり上半身を起こしたキョーコは、変わらず笑顔を浮かべて蓮を見つめた。



 無垢な彼女の美しさに、蓮は呼吸を忘れてキョーコに魅入る。

 それでも知らずその唇は彼女に問いを投げかけていた。



「 どう…して…?その身体… 」




 ふいに思い出した彼女の言葉…。

 それを聞いた時は何とも思わなかった自分の事をも思い出す。




 ――――― 月夜は水から離れられないの…




 初めて言葉を交わした夜、自分にそう言ったのは他ならぬ彼女だった。

 理由など、考えもしなかったけれど…。



 静謐に佇む美しい水辺にはどこまでも清い水が満ち満ちている。

 辺りに響く水音が、葉擦れの囁きと静かにセッションを繰り返しているのが耳に届く。


 昼間、キョーコに寄り添うように大地に伏せ、彼女と言葉を交わした芝の生えた大地。

 その場で自分を待っていてくれた今の彼女は、けれど昼間とは全く違う形をしていた。



 幻を見ているのか…とどこか呆然としながら、蓮は再び口を開いた。




「 …どうして…人型?君は、人魚…だよね?それとも本当は人だった? 」



 ケンタウロスの伴侶に選べるのは人の女に限られている。

 もしキョーコがそうだったら、と何度考えたか判らない。


 一度はあきらめたはずなのに、手が届くなら伸ばしてしまいたい。


 誘われるように蓮がキョーコに近づいていくと、キョーコは寂しそうに微笑んだ。



「 蓮、よく見て?私は人魚よ。それは覆せないの 」



 うつぶせていた彼女が身を翻し、膝を抱えて胸を隠すと腰の細いラインが月明かりの助けを借りてまろやかな影を大地に落とす。

 よくよく見てみれば彼女の言う通り、腰からすらりと伸びた足の先。人ならば足首があるはずのそこには魚の尾が付いていた。


 けれど、それ以外は人のカタチなのだ。



 変わらず煌めく肌に目を細めながら、込み上げて来る彼女への愛しさをどうすればいいのか。

 どうしようもなく息づくこの強い感情を、蓮はただただ持て余すことしか出来なかった。


 どうしても、どうしても彼女が欲しい…。そう思う一方で

 それでもどうあっても触れられない彼女の純潔さに身を固くする。


 もとより、自分のような男が彼女に触れていい訳がないのだ。

 ぐっと堪えて握り拳を作り、一度視界を閉ざした。ひとつ、ふたつと深呼吸を繰り返し、平常心を取り戻した所で視界を開いた蓮は、キョーコと視線を絡めながら穏やかに口を開いた。



「 確か、月夜は水から出られない…んじゃなかった? 」


「 …そうよ。こんな姿になってしまうから…。歩けないから移動も満足に出来ないの 」


「 じゃあ、なぜいまその姿で…? 」


「 ……確認を、したくて…… 」


「 確認?何を? 」


「 自分の事を… 」



 蓮は再び歩みを進め、そう言って視線を逸らした彼女のそばに近寄ると、それ以上は何も聞かずに自分が身に着けていたショールをキョーコに纏わせ、彼女の隣に腰を下ろした。

 その恰好のままではさすがに目の毒すぎて困る。


 ありがとう…とほほ笑んで、キョーコは嬉しそうに蓮を見上げた。


「 約束、守ってくれてありがとう。来てくれて嬉しい 」


「 うん。…でも遅くなっちゃったね。ごめん 」


「 大丈夫よ。言ったでしょ。人魚は夜行性だって 」


「 そう、だったね 」



 話したいことはたくさんあったはずなのに

 いざ彼女の前に来てしまえば胸が詰まって何も言えなかった。


 蓮とキョーコはしばらくの間お互いに見つめ合い、ふふふ…と笑顔をこぼしてキョーコが沈黙を破るまで、静かに視線を絡め続けた。



「 蓮、教えてもらえる? 」


「 ん?なに? 」


「 昼間、私を呼んだでしょ?何か用があったのよね?…それはなに? 」



 無垢な瞳で自分を見上げるキョーコの眼差しに縫いとめられ、蓮は言葉を詰まらせて口をつぐんだ。


 逢いたかったから、などと言おうものならこの想いが彼女に筒抜けになってしまう。

 それはしないと誓った以上、それ以外の理由を探すしかない。



「 え…っと… 」



 言い淀んで視線を外し、蓮は何気なく右手を首に持ち上げた。鎖が指に絡みついた瞬間、そうだ、と思い立つ。


 社から受け取ったばかりの伴侶の石を首から外すと、蓮はキョーコに向き直った。



「 実は君にお願いがあって… 」


「 え?なに? 」


「 うん。この石、預かって欲しいんだ 」


「 石?わっ!!すごく綺麗な石… 」


「 ケンタウロスは石を持って生まれて来るんだ。これは戦で負けない為の強力なお守り。これが無事なら俺も無事でいられるってこと。だからね、誰にも判らない所に隠しておいた方が安全だろう?キョーコ、これ、持っていてくれないかな? 」



 もしかしたら…という思いが無かったわけじゃない。


 もし掟に従い沙汰が降りたそのとき、この石が自分の手元にないことで悶着が起こるだろうとは考えた。


 けれど、自分の意思で渡す相手を決めるなら、やはりキョーコ以外に考えられない。



 彼女がこの石を持つ意味を知らなくても、そんなのは全然、構わなかった。

 もとより、この想いを彼女に伝えるつもりはないのだから。



「 え?私が?…いいの?蓮…。そんな大切なものを… 」


「 もちろん。むしろ君が良いんだ。なぜなら誰も君を知らないからね。俺の安全は保障される 」



 蓮の顔と、蓮の右手に乗っているペンダントの石とを交互に見比べ、キョーコは少しのあいだ躊躇いを見せた。

 やがてクスリ…と軽やかな笑みを浮かべると、判ったわ、と言って首を縦に動かす。



「 本当に、いいのね? 」


「 本当にいいよ。…というより、ぜひお願いしたい 」


「 じゃあ、預かってあげる 」



 蓮の手からこぼれ落ちた鎖に手を伸ばし、それをキョーコが持ち上げると、まるで水音のような耳触りのよい金属音がシャラシャラと音を奏でた。


 すでにペンダントになっていたからだろう、キョーコは何の違和もなくそれを自分の首に下げると、両手ですくいあげるように石を恭しく持ち上げた。



「 わ…不思議な色。なんだかとっても素敵な石ね 」


「 …こう、石を持ち上げて光に反射させると色が変わったりするよ。月の光でも出来るだろうけど、出来れば太陽の下で色々試して楽しんでみて 」


「 え?そうなの?わー、すごい楽しみ 」



 湖面に反射した光が、石の表面に煌めきを与えていた。

 水に呼応するように輝きを放った石に魅せられ、キョーコは目を細めて伴侶の石に視線を注ぐ。


 細い腕で再びすくいあげる様に石に両手を添えると、それを頭上に抱え上げてキョーコは約束の言葉を口にした。



「 蓮、約束する。この石は私が大切に守るから 」



 そう言ってキョーコは無邪気に伴侶の石に口づけを落とした。



 刹那、蓮の鼓動が激しく脈動を繰り返した。

 キョーコの所作を目の当たりにして鋭い感情が脳裏を過ぎる。


 彼女に嘘をついてまで渡した伴侶の石。

 これはそんなつもりで彼女に託した訳ではなかったはず。



 人魚としての彼女の生を護り通す。

 それだけが自分に出来る精一杯の愛情表現なのだと、自分にそう言い聞かせたばかりなのに…。




 蓮の鼓膜に、数時間前に聞いた社の言葉が色鮮やかに蘇った。




『 …ケンタウロスの伴侶儀礼はとても厳正なものなんだ。お前が望まずともその手順を踏んでしまえばそれは有効になってしまう 』




 ……違う。それはダメなんだ。

 なぜなら、ケンタウロスの伴侶は人の女と決まっている。

 だから、人魚であるキョーコにその効力があろうはずもない。


 彼女とていま自分が何をしたのか理解していないに違いない。




 … ―――――― けれど、自分だったら…?



 社がそう忠告したように、ケンタウロスの伴侶儀礼が厳正な行為なのだとしたら


 人魚である彼女をケンタウロスの儀礼で縛る事は出来なくても

 ケンタウロスである自分なら……



 何も見なかったフリをして、たとえばこのままやり過ごしてしまえば未来は何も変わらない。



 ましてやこんな偶然、きっと二度と起こらないだろう。



 この奇跡の瞬間が蓮の迷いを掻き消した。

 躊躇いが頭をもたげるはずもない。




「 キョーコ、ごめん。そのままでもう一つ、俺のお願いをきいてくれる? 」


「 うん、いいわよ。なに? 」


「 君に… 」



 叫び続ける己の心が強く彼女を求めるまま


 蓮は切なる願いを口にした。






 ⇒草原の海 ■9 へ続く


蓮キョが出逢ってから足掛け3日。なのにもう8章なのが怖いです…。

そして驚く事にこの二人、出逢ってからまだ48時間しか経っておりません…。プロットを組み直すにあたり時間経過表を書き出したのですが、目を剥くほど驚愕しました(笑)この表、何度見直したか判らない(;´▽`A``


以降、それほどお待たせせずに完結までをお届けできる予定ですが、どうなるかは書いてみないと判らないのです。なので気長にお付き合いいただけたら、と思います(。-人-。)



⇒草原の海◇8・拍手

Please do not redistribute without my permission.無断転載禁止



◇有限実践組・主要リンク◇


有限実践組・総目次案内   

有限実践組アメンバー申請要項