■ご訪問有難うございます。一葉です。
こちらは10/19発売の雑誌に掲載されました、スキビACT205の未来妄想小説になります。
内容には、妄想とネタばれが大量に含まれております事をご承知の上、自己責任でお読みください。
どうぞよろしくお願いします。
こちらは続き物です。前のお話はこちらから
ACT205未来妄想 ■side キョーコ ■Scene4 『首の皮一枚』
チクリ・・・
首筋に針で刺されたような感覚があった気がした。
それはほんの数秒の事で、あやふやで不確かで非現実的だった。
薄く目を開けると、見慣れない室内と高い天井に驚いた。
急いで上体を起こすと、学校の保健室にいるような錯覚に陥った。
「目、覚めたかい?」
発せられた声の主を確かめるように右側を向くと、少し離れた所に近衛監督がいて。
大丈夫?と心配そうに首を傾けていた。
けれど、自分がなぜここにいるのかがまるで判らなくて、返事を返す事が出来ない。
( 私…?…何をしていた?どうしてここに?)
声を発しない私の、心内に湧いた疑問に気付いたように、近衛監督が静かに答えを教えてくれた。
「君、お店で倒れたんだよ。たまたま村雨君がそこにいて、僕に知らせてくれてね」
瞬間、電流が全身を駆け巡った。
それと同時によみがえる記憶。
そして次に襲ってきたのは敦賀さんに対しての深い畏怖。
「あの…この事、兄さんは…?」
確認せずにはいられなかった。
私には心の準備が必要だ。
本来なら私はもう、不要な妹役で、用済みなお守りで、役に立たないサポート役なのだから。
『君は俺に必要ない』
そう言って背中を向けられる事を想像するだけで、背筋を這い上がる冷気を感じる。それは、今の私が一番恐れている事で、一番見たくない現実だった。
でも、近衛監督は意外な事実をするりと語ってくれた。
「ああ、うん。君には悪いと思ったけど、伝えてないんだ」
思いがけない告白に自然と目が見開いた。
けれどなぜ監督がそんな事をするのか、理由が見つけられず、信じ切れずに顔をしかめる私に、続けて言葉が紡がれた。
「村雨君がね、せっかく順調に進んでいるのに、スケジュールに支障をきたしたくないって言ってね。タイミング的な事もあって、まだ伝えていないんだ」
ごめんね…と申し訳なさそうな顔で近衛監督は私を見る。
その謝罪に反するように、安慮感が体中をめぐった。
首の皮一枚つながっただけの、脆くて切れそうなものではあったけれど、それでも心には安堵が広がる。
(良かった……本当に良かった……)
「ありがとうございます。出来ればこのまま内緒にして下さい。ご迷惑かと思いますが…」
実際、迷惑以外の何物でもない事は判っていたけど、それでもペコンと頭を下げた。
大丈夫だよ、と届いた言葉に、感謝の気持ちでいっぱいになって、思わず涙が出そうになる。
そして満たされた安心感の後にやって来たのは、数え切れないほどの憂苦。
近くに買い物に行くと言ったのに、それをはるかに超えた時間がとっくに過ぎている事に悩んだ。
この覆せない事実を持って、何を言えば敦賀さんをやり過ごせるかに思考を傾ける。
でもそれも思わぬ申し出が提案された。
「うん。じゃあ、僕のお願いでお使いに行っていたって事にしてもいい?すぐに小道具用意するから。それがここに来たら現場に戻ってもらえるかな?」
え?と思った。
なぜそこまでしてもらえるのか、自分の置かれた立場と状況から、理由がまるで判らない。
けれどこれも、村雨さんが言った事だと教えてくれた。
『アイツ、多分ネチッこいと思うんですよ。
だから彼女が糾弾されたりしないように、
アタリを作っておいた方が良いですよ』
いくつもの虚実に荷担してもらう事は本当に申し訳ないと思ったけれど、すんなりと味方を申し出てくれた事が、私には心底嬉しかった。
『自分の体調を管理できないなんて、プロ失格』
過去、風邪をひいた敦賀さんにそんな言葉をぶつけた事もあった。
なのにこんな時に自分がその状況に陥るなんて、本当にプロ失格だと自分でも思える。だからこそ、仕事に厳しい敦賀さんがこれを許してくれるハズもない。
お前なんて帰れって言われる事は必至で……。
でも正面切ってそう言われて、もし顔を背けられたら…。
私はきっとその場に崩れてしまうと思う。
拒否の言葉を発せられて、痛哭を味わうのはもうたくさん。
ましてそれが敦賀さんの口から出たら、二度と立ち上がれない気がした。
「ちょうど様子を見に来た時で良かった。じゃあセツカさん、よろしく」
慌ただしく部屋を出ていく近衛監督に向き直り、よろしくお願いしますとベッドの中から頭を下げた。
ぱたん・・・と閉じ込められた空間の中で、私は辺りを見回す。
所で一体、ここはどこなんだろう…?と鈍い頭を回転させた。
病院…にしては雰囲気が少し違うし、壁や扉の感じがホテルの部屋のようにも見える。
ベッドは2つで少し離れた場所に、医薬品とおぼしき物がおさめられた棚がある。それを認めてやっぱりここは保健室っぽいなとぼんやりと考えた。
ベッドから降りようと足を投げ出したタイミングで、コンコンとノック音が響く。ガチャリと開いた扉を見ると、そこには見たことのある女性がいた。
「…セツカさん」
衣裳係の人だった。
2つあるうちの1つの袋を手渡され、これを持って現場に戻れと言う監督の指示だと教えてくれた。
控え目に話すこの人なら、まず兄さんと接触する事もあり得ないだろうと、私は狡猾にも思う。
「いま行く…」
セツカの声で応答して、私はベッドを背にする。
歩こうとした途端、後ろから突然、声を掛けられた。
薬品棚の向こうから、存在すら意識していなかった白衣の女性が現れる。
寝不足による貧血のようだから夕食後に飲みなさいと、錠剤を一つ手渡してくれた。
同時に何かを言われたけれど、耳には一つも入ってこない。
一刻も早く戻りたい私は、ただ黙ってコクコクと頷いた。
早く、帰らなければ。
心配しているかもしれないし、ごまかしが効かなくなるかも知れない。
敦賀さんに背を向けられる事。それだけはどうしても避けたかった。
早く帰ろう
兄のもとへ。
私は軽く頭を下げて、焦る気持ちを携えた。
お世話になった部屋を後に、高まる不安を抱えながら、兄の元へ戻るために茶色のドアから旅立った。
あ、ちょっと短かったですか?
ホテルに本当に簡易医療施設とかあるのとか知らないのですけど、妄想なのでそこら辺はおおらかな気持ちで受け止めて下さると嬉しいです。
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