今日は、宝石鑑定士として少々真面目にお話しをさせて頂きます。
50年~100年先の未来を夢見、二人の学者が取り組んだ偉業 “ スギライト ”。
1944年、岩城島(愛媛県)で杉健一博士により発掘され発表された・・!!!
ーー 戦中の日本での学業発表は大変難しいタイミングであった ーー
1974年、新鉱物 “ 杉石 ” そして恩師の名にちなみ30年の苦闘の月日を乗り越え村上允英博士により命名された・・!!!
ーー 事実上は、他国の学者によってもうすでに誤認発表されていたが ーー
(杉石発祥の地/岩城島、愛媛県)
2014年、発掘より70年・命名より40年と記念すべき年です。世界レベルの宝石として唯一、日本人名が付けられた鉱物でありミキモト真珠と共に、日本人が誇りを持って発表している宝石は、二つしかありません。自然貴石としては、日本史上 “ 唯一 ”といえるでしょうネ。
(村上博士宅にて右/村上允英博士、左/一柳忍・1993年7月20日)
希少価値観は、宝石として必須であり、産出量でわ非常に少量です。
1980年~1990年代に南アフリカよりロサンゼルスにオフィスをオープンしたダイヤモンド業者 I ・カーゲンを出頭にラルフ・コエロ、ランディー・ポークらによって、アメリカを中心にローヤルアゼール、ルブライトとして献身的なマーケット化に成功、その無名のスギライトを不動の宝石として世界レベルの地位まで築きあげました。(外国人は偉いですね …)
不思議にも本家である日本においての認識は未だかってもう一歩と、“ その時 ” に向かってのカウントダウンが始まっています。(そこには、隠されたミステリーが???)
( I・カーゲン氏がスミソニアン博物館に原石&ファセットストーンを寄贈・1981年)
スギライトの特質は、その必然性により人々の前に現れると語られています。
現在10年間 (2013年~2023年) の“ S 1000人プロジェクト” を実施し、正しく日本人の唯一の発見と,この “ わび・さび ” のあるスギライト紫色(ピンク)を日本に紹介しています。
(上写真右よりI・カーゲン、ラルフ、ジョー・プライス/名高い若冲のコレクター、飛び一柳)
命名者の村上・杉博士とスギライトを世界レベルまでの認識に努めた I ・カーゲン氏に敬意を表しラルフ・コエロ氏と共に日夜努力しております。(歴史を刻むという事は大変な事ですネ!)
(別府大学にてラルフ・コエロ氏、村上允英博士と対面・1993年1月30日)
“ 永遠の愛と癒しを皆様へ ”
一柳 忍
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