はるか以前の話になるが、大変に僭越、かつ分不相応ながら、易の話をあるご夫妻にさせていただいたことがある。そのとき奥さんが「むずかしいわねえ。もっとぱっとわかるといいんだけど」とおっしゃられた。
ぱっとわかることもあるが、多くの場合、書かれている経文を読み替えて解釈しなければならないので、それがわずらわしいということだった。ニーズのちがいということになるのだろうが、そういうニーズなら今なら易ではなく「魔法の杖」を薦めるかもしれない。
いささか乱暴な言い方で申し訳なかったとは思うが「だったら易なんか使わないで、コイン投げでイエスかノーを決めればいいんですよ。ぱっとわかって、答えは明白です」とかなんとか、その時は言い放ってしまったおぼえがある(若かった)。
システムの親しみやすさに関連する要因としては、回答として得られる文の内容がどの程度平易か、ということもあるが、回答として用意されている文の数(パターン)との兼ね合いもある。
回答文の内容と数。
内容をもっとシンプルに、数をもっと絞ったシステムってどんなものになるだろうか……
と、ふと思った。
先のぼくの無作法な発言に出てきた「コイン投げ」。「アルケミスト」に出てくるウリムとトゥミミム(Urim and Thummim)。二者択一のディシジョン・メーカーなら、回答の数は2、内容はイエスとノー。
これらはミニマムである。
もうちょっとパターンをふやして、日常的に使えそうな……
易の卦は全部で64あるが、このうち十二消長(消息)卦と呼ばれるグループがある。十二消長卦は季節(月)と関連しており、そういう意味で生活に密着した卦と観られることもある。
しかしもし無常がなべて世の理だというのなら、季節や時間に限ったことでなく、すべてが陰陽の消長なのではないか。ならば、季節や時間に関わりのないことでも、よりシンプルに、この十二の卦だけで占うこともまた可なのではなかろうか。
そういう仮定に立って、消長卦だけを取り出してオラクル・ブックにしてもいいんじゃないか、と思った(十二消長卦は乾坤の間の循環を示すが、実はこの過程は乾坤の間に限ったことではない……というのはまた別の話)。
ためしに画を描いて……
【アンディ・ウォーホル風十二消長卦】
アカ。
ミとリぃ。
ぐんじょお いど。
……
きでい。
突然ですが、ウォーホルが出ていたこのCMを覚えてる人は、ぼくと同じくらいのトシのおじさん(おばさん)です(笑)。
冗談はさておき、卦の意味をベースに言葉をつけてみた。
一、 流れにさからわないこと。
二、 やりなおすなら、今のうち。
三、 いざ! 立ち向かえ!
四、 安定をくずさぬように。
五、 あわてない。はしゃがない。
六、 今こそ、決断を。
七、 自制せよ。
八、 予期せぬ出会いに、警戒せよ。
九、 逃げるが、勝ち。
十、 八方ふさがり。今は我慢。
十一、成り行きを静観せよ。
十二、危機せまる。早めに手を打て。
深呼吸する。正十二面体のサイコロを振る。出た目の回答を読む。
どうだろう。シンプルではあるけれども、ざっと観ても、単純なYES/NOで割り切れはしない。
だれがいつどういう状況で、いかなる質問をしたのかにより、得られる回答はそれこそ千差万別である。
そういった文脈、占機(占うタイミング)と占者(質問者)との相互作用、そこから引き起こされるシンクロが卜占の妙味だと思う。
でもやっぱり、ぱっとわかったほうがいいのかなぁ。
個人的には簡単に「わからない」ケースの方が、いろいろ勉強になるとは思っている。
前回「空鏡録」の記事
にも似たようなことを書いたが、「わからない」から自分なりに「わかろう」とするそのプロセスが、『何を言おうとしてんだ、コイツは……』と煩悶するプロセスこそが(別にSじゃないけど)、よりおおきな「自分」にコンタクトするチャネル/チャンスを開くのではないだろうか。
……と、言いながらも、わかりやすく書かれた雑誌の占いコーナーを、ついつい見てしまうのもまた事実。
卜占ではないけれど、石井ゆかりさんの本がウケるのも、心に響くというのもあるけれど、何をおいても、まずはわかりやすいからだろう。
とはいえ……
必ずしも、いつもいつも、ぱっとわかるとは限らない。
みんな悩んで、大きくなった~
って昔、野坂昭如氏がCMで……
ああ~、古い!
古すぎる。
易は……
古いなんてものじゃないけれど。
