終わらない物語 | ぼくは占い師じゃない

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易経という中国の古典、ウラナイの書を
使いやすく再解釈して私家版・易経をつくろう!
というただそれだけのブログ……
だったんですが、
最近はまた淡々と経文に向かっております。

拙作ホームページ(遊星出版)で最後まで頒布していた三冊の本。

この三冊も新装版を作成して、イベントにて頒布することにしまして、ホームページでの頒布を終了させていただきました。

ホームページからは数名の方にお買い上げいただきました。
ありがとうございました。この場をかりて御礼申し上げます。

   ☆

ホームページで最後まで頒布していたのは、

「大きな樫の木の下に」
「ミネリの銘板」
「ほんとうのこと、または、でたらめの書」

の三冊です。

この三冊は同じ舞台・背景で書いたファンタジーです。

「大成卦」や「八卦」という言葉は、作中「もよう」や「しるし」という言葉に言い換えてはいますが、内実は易の本です。
作中に頻出する「エーテル」という言葉も、特殊な意味で用いていて、物語の中では万物の基材である「気」のような位置づけです。

とはいえ「易」や「気」の事など気にしなくても、読むことができます。
なんと言ってもまずは「物語(お話)」なので。
おもしろいかどうかは別問題ですが(笑)。

「ほんとうのこと、または、でたらめの書」は、お話ではなくて、作中に出てくる占術書という設定です。

内実は、易占の本です。

登場人物の口を借りて基本的な易占の方法と、我流ですが、かみくだいた卦爻辞を実占でも使えるように書いたつもりです。



   ☆

「大きな~」と「ミネリ~」は同じ舞台ですが、登場人物も場所も異なるお話です。しかし密接に関連したお話です。
「~でたらめの書」はお話ではありませんが、これも含めてひとつの物語ともとれるような気もします。
この物語、終わった話なら旧作という事になるのでしょうが、そう言っていいのかよくわかりません。

最初の「大きな樫の木の下に」を書いたのは十年前。

新装版の作成過程でまた読み返すことになるわけですが、なんだかいまだにこの物語を書き続けているような気もしています。

十年前と言えば、義父が他界して甥っ子が生まれた頃です。
その子も十歳(あたりまえでんな)。

物語にはやっぱり、終わりはないのかもしれません。


※ 追記
新装版では「大きな樫の木の下に」は「ほんとうのこと、または、でたらめの『話』」に改題しました。
「大きな樫の木の下に」は、最初は「ホノワール・オモタ氏のほんとうのこと、または、でたらめのお話」というタイトルでした。
二回改題していることになりますが……
落ち着きがなくてすいません。