後天動因図のお話。
いくつか積み残したお話をさせていただいて、いったんこのテーマのお話をしめさせていただきます。
前回の続きです。
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名称の由来についてはお話していなかったと思います。
易の64卦を放射状に丸く並べただけの図をどうして「後天動因図」などというものものしい名前で呼ぶのか。
本の中でもちゃんと説明していません。
後天動因図にはふたつの設計図があります。
ひとつは先天図をベースにした数であり、もうひとつは神聖幾何学におけるFOL(Flute Of Life)です。
本では先天図(数)はその名のとおり先天的にあるものとし、後天図はFOLから導かれた、としています。
【後天動因図の基礎】
伝統的な易には先天図と後天図という、八卦を方位にわりあてたダイヤグラムがあります。上の絵では「先天」「後天」とある図がそうです。
「易システムハンドブック」では、数理的に整っているようにみえる先天図を中心にお話が展開しており、その事情は、続く「風と羅針盤」「MAP13」などでも同様でした。
後天図は外野におしやられてしまっていたのです。
今回の本では先天図は舞台、後天図は役者として、この日常世界は後天図をその駆動原理としてまわっていく……
そんなお話になっていますので、テーマになっているマンダラを「後天動因図」という名前にしました。
易システムとしては、ここにきてようやく積み残していた後天図にコミットしはじめたわけです。
独自に変更が加えられていますが、トーラスの穴の淵は後天図によって成り立っています。
実際の占術でもどちらかというと後天図が用いられます。
【易システム流「後天図」】
図では8:坤(地)上にあって1:乾(天)が下になっています。
逆のようにも思えますが、ここでは、陰気(8:坤)は下降し陽気(1:乾)は上昇し、その中心になる人(生命)が陰陽を和合させる、という意味合いを表現しています。
人(生命)の活動はこの宇宙という舞台が創られたプロセスの縮小版になっています。
原理(舞台)は先天図を基盤としていますが、合意的現実(役者が演じる即興劇。眼に見え計測できる宇宙の側面)は、その動作要因として後天図を基盤とするという世界観です。
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「後天動因図」という名前がぱあっと「降りてきた」わけではなくて(そうだったらカッコいい?んですが)、ぼくの場合は何日も同じ疑問やらテーマをこねくりまわしていると、じわじわと回答……というほどでもない、イメージの連鎖がわきあがってくる感じで、「後天動因図」の前には「Difference Generator」などと呼んでいた時期もありました。
ディファレンスは差異、差分で、ジェネレーターは、まあそのまま、発生器、発生させる仕組み。「差異発生器」というわけです。
陰陽をこの差異ととらえようとしていることは後天動因図という絵本の冒頭でも書いていますが、差(たとえば気圧差)のあるところには流れ(たとえば風)が生じます。
流れは運動です。
易でいうところの「変化」、シンボル的には爻が変じることがその運動にあたりますが、運動は……運動こそは生命そのものです。
運動が生命を創るのではなく、無形・不定の運動それ自体が生命の本質なのです。
動きへの衝動(4:震)と動き(5:巽)は、先天図を易数順にたどってみると、はじめてゼロポイントというギャップを渡る、その前後のタイミングでもあります。
【先天図を易数順にたどる】
マスターマトリクスは先天図からできていますので、先天図同様、その中心に4:震(衝動)と5:巽(運動)の八卦でできた大成卦が位置しています。すべてはこの中心から始まった……と想像することもできます。
【マスターマトリクス】
運動はおそらくやむことはないでしょう。
不可逆性は時間が創ります。時間は運動と表裏一体です。
運動という意味では、あるいは時間も生命の一側面なのかもしれません。
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「風と羅針盤」では、大成卦をひとりの人間と観たてて「どこまでを自分とみなすか」という自己の境界が、ツイストペア(TP)からはじまってFO(ファースト・オーダー)、SO(セカンド・オーダー)、TO(サード・オーダー)と広がっていくお話をしました。
TPは大成卦ふたつ、FOはTPふたつ(つまり大成卦4)、SOはFO4つ(つまり大成卦16)、TOはSOふたつ(つまり大成卦32)で構成される単位で、そしてその上は、大成卦64、すなわち森羅万象すべて=貴方というたったひとつの単位だけがある……というヴィジョンです。
【マスターマトリクス上のTP、FO、SO、TO】
なんかすごくみえる……かもしれませんが、それほどでもないかもしれません。後天動因図の文脈でいえば、結局、トーラス面上の話にすぎないからです。
【含んで超えて広がって】
面。ペラペラの面上の話なのです。面はトーラスを形作るものではありますが「トーラス本体」とはちょっといえそうにありません。
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では何がトーラス本体かといえば、いろいろ観方はあるとは思いますが、穴そのものが「本体」とはいえないでしょうか。
何はともあれ「穴」あってのトーラスだからです。
後天動因図ではトーラス面には60の易卦が配置されています。
易は64の大成卦で構成されています。
残り4つの大成卦は「穴の働き」そのものを表現するシンボルとして割り当てました。
トーラス面は「すべて」ではありません。
「穴」こそがすべてなのです。
【穴の淵で舞う女神】
どこからどこまでが「穴」なのかというお話ですが、図と地を反転させると判るとおり、すべてが「穴」です。
トーラスのリングが囲っている空間を「穴」と思いたくなりますが、四次元方向から観れば、リング自体の中身も「穴」です。
トーラス面すべてが「穴の淵」です。
この「穴」が運動を生じさせているわけです。
いや、「穴」の本性が運動なのだといった方がより近いかもしれません。
トーラスの穴、本源、マトリクス、母体。
本源と呼ぼうとマトリクスと呼ぼうと、トーラスの穴こそが本体であって、じつはその穴が生命の大本たる生命なのかもしれません。
穴はすべてであるということは、生命こそはすべてで、ひょっとしたら生命以外のものはないのかもしれません。
もし、時間も生命が創るのだとしたら、めぐりめぐってすべての原因は生命で、錬金術師が血眼になって探していた「第一因」は生命、つまりは、錬金術師自身だったのではないでしょうか。
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後天動因図がテーマのお話は一応これでおしまいです。
とりとめのないお話です。
結論はありませんがご容赦ください。
ではまた。






