(1)宇宙<そら>にお願い
―夢を実現させる方法
ジョナサン・ケイナー (著)
竹内 克明 (翻訳)
説話社
(2)あなたのガイドに願いましょう
―聖なるサポートシステムにつながる方法
ソニア・ショケット (著)
奥野 節子 (翻訳)
思うに、上記二つの本は、
同じシステムについて書かれている。
ただ切り口はだいぶ異なっている。
(1)はあなたの守護天使が語る、
というカタチになっていて、楽しめる。
システムは「守護天使」という名称で一本化されている。
インターフェースも。
おなじシステムについてその利用法、
運用の方法を説明していても、(2)はその感じがまるでちがう。
システムをその機能ごとにいくつかの側面にわけたカタチだ。
インターフェースは各機能ごとに設定されている。
天使だ、ガイドスピリットだ、という話をされると、
それだけでイヤになる人もいるかもしれないが、
両方の著作に共通して言えるのは、
きわめて実際的、実用的であることだ。
ダマされたつもりで、
トライしてみる価値は充分にある、と、思う。
ただし、やるならマジメに。
バチがあたる、などいう前時代的なことはないが、
ふざけてやればふざけた結果しか返ってこない。
(それどころか(2)によれば、
「ふざけたこと」を担当する機能もあるみたいだ)
とここままで書いて、
なにかに似ていることに気がついた。
易システム。
これもふざけて問えば、ふざけた結果しか返ってこない。
経文にある「再三すれば告げず」とは、
そのことを言っているのだと思う。
人はあたえたものを受け取る。
システムに入力した真剣度は、
そのまま出力~回答の信憑性につながる。
システムを軽口をたたきあう「だけの」友達、
とするならそれもよし。別にいいんじゃないかとも思う。
ああ、いかんハナシがずれかけている。
易システムとの関連でいうなら、
(1)はシステムに何か依頼するときのチェック集になっていて、
それはそのまま「問い~占的」を立てるときの
チェックポイントと考えることができる。
(2)はもっと直接的に、
易システムやタロットを含む「オラクル」と、
どうつきあっていけばいいか、
具体的に述べられている節がある。
易などはガイドスピリットと共に働くための
ツールとして位置づけられていて
その部分だけでも大変参考になる。
ぼく自身についていえば、
そういうなにか自分以外の「存在」がいて、
倦まずたゆまず常に見守ってくれていて、
ゆるやかに導いてくれたり、助けてくれたり……
なんてことは夢物語に過ぎない……
とはとても思えなくなっている。
こんな祖母
を持っていれば、そうなってもあたりまえかもしれないが、
易システムを頻繁に利用していると、
無視できない「奇妙なこと」が、わりあいに平気でおこる。
ただ、ぼくの「ガイド」には顔がない。
たぶんその必要性がないからだろう。
でも、(1)と(2)の本を読んで、
そういった機能を人格化するもの、
いいかもしれない、と思った。