決して余裕があるわけではないが、
ぼくの家には、
洋服が一着も入っていない
クローゼットがある。
代わりに上から下まで、
ビッシリとプラモが詰っている。
いや、詰っていた。
ヒコーキ?クルマ?
戦車?
それらも多少はあったが、
ほとんどが映画やアニメや小説に登場するメカである。
それも全部SFがらみ。
無論、つくろうと思って買ったのである。
決して集めようとしていたわけではない。
結果として集まってしまっただけで。
思えば10代のころからプラモ作りを始めて、
20で会社に入るとともにプラモ作りの熱はピークを迎え、
自分でゼロから造る(いわゆるスクラッチ)ことも始め、
雑誌に載ったりなんかして(いわゆるMG、1985 vol6)、
オリジナルキット(いわゆるガレージキット)を造って
イベント(いわゆるワンダーフェスティバル)で、
売ったりもしたんだが、
9、10年ほど前に、
出たばっかりのハイグレードのザク
(いわゆるガンプラ…ってシツコイか)を、
ポツンと造ったきり、やめてしまった。
ぱったり。
自分でもよくわからないが、
やめてしまったのである。
20で就職してから、
神奈川、大阪、また神奈川、千葉、と、
あっちこっちに壁一面のプラモを
ひきつれて引っ越した。
だけど、
もう処分しようと思った。
「あれなんとかしないと、
おこづかいあげないわよ」
とかなんとか、
かみさんに脅されたからではない。
なんだかこのままでは
前へ進まないような気がしたからだ。
で、処分を始めた。
まだ終わっていないが、近々終わる。
易システムの基本原則にもあるが、
「変化する」ことは自然の法則である。
人間の身体も、
とどこおりなく気血水が流れることで
陰陽のバランスが取れる。
心も。心身をとりまく環境も。
マクロからミクロ、
目に見えるものから見えないものに至るまで
凡そすべてが、流れ、変化し、循環し続ける。
新しいものを迎え入れるには、
スペースが必要、ということらしい。
もし、友人のうちにい行って、
悩み事の相談を受けるようなことがあったら、
あたりを見回してみるといい。
そこには問題の答えが……
いや、近すぎて、
はっきりし過ぎていて、
目の前にありすぎて、
あたりまえすぎて、
本人が気付いていない問題そのものが、
山積みになっているかもしれない。
どっさりと。