東洋のマチュピチュへソロツーリング | Eternal Memory 2nd GIG

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徒然なるままに…
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DJANGOスポーツ
その他趣味や旅先の思い出を備忘録として綴って行ってます。

皆さんごめんなさい🙇。

先に謝っておきます。

 

昨日・・・どうしても我慢できず、ソロツーリングに行っちゃいました💦

自分にとっては必要必急だったんで( ;∀;)

年に数回の平日休み・・・しかもこの天気。走らないと後悔しそうだったんで。。。

 

でも!ちゃんと県もまたがず、人も誘わずソロツーで、目的地以外は休憩無しで走りっぱなし、マスクも持参で行ってきましたよ。三密なんてのは無いツーリングです。

 

さて、訪れたのは東予地方にある道の駅、マイントピア別子

予想通りガラガラです。

 

 

コロナの影響で5/10まで休館の様子。

 

 

 

 

別子銅山採鉱本部跡地を利用した鉱山観光のテーマパークが併設されています。

本来なら、日本初の山岳鉱山専用鉄道を復元した鉱山鉄道や別子銅山の歴史を人形や模型で展示した観光坑道、天然温泉、キッズパークのほか砂金採り体験パークがあるので相当な賑わいになる場所なんですが・・・。この日は数人の観光客のみでした。

 

 

施設は閉まっていますが、園内の遊歩道は散策できるよう解放されていますので散歩はできます。

 

 

雄大な山の景色を眺めつつ

 

 

渓流のせせらぎに耳を傾け

 

 

色々と見て回れます(^^♪

 

 

いつもなら人が沢山いる場所もガラガラ貸し切り状態。

 

 

ちなみにここは、四国最大級のしゃく薬園があり、約30,000本植えられているそうです。
5月初旬~下旬が見頃で、今まさに開花真っ盛りでしたよ(#^.^#)

 

 

 

 

 

しゃやくってこんなに種類があったんですね。知ら無かったなぁ。

花も愛でつつ、森林浴もできるので、観光にはお勧めです♪

 

 

砂金採りも他も休止中。

昔1度体験しましたが、結構夢中になり燃えます(笑)

 

 

 

ここでは、トイレ休憩と散策のみで立ち寄っただけだったので先を目指して出発します。

 

 

その道中、すばらしい造形の道路があったので思わず撮影📷

 

 

いやぁ~すごいですねこれ。

自分も多少なりに土木を生業としてるので、苦労が忍ばれますよ。

奥に見えるのは鹿森ダム。一体的な景観がすばらしい!

生で見てもらいたい景色です。

 

 

そしてさらに進んで行くと、絶景ポイント発見👀

 

 

遠くには瀬戸内海の向こう側、広島県が見えますよ♪

しかし良い天気だ(*´▽`*)☀

 

 

マイントピア別子から約30分、標高約750mまで登ってきました。

こちらもがらがらです。

 

 

マイントピア別子東平(とうなる)地区は、大正5年から昭和5年までの間、別子銅山の採鉱本部が置かれた所で、地中深くから掘り出された銅の鉱石を坑内電車で東平まで運搬し、そこで選鉱した後、貯鉱庫に貯め、索道を利用して、現在のマイントピア別子(端出場ゾーン)のある端出場へと輸送していた中継所となっていたところです。

 

 

 

それでは観光していきますよ。

鉱山鉄道のトンネルです。マンプは坑道のことを「間符(マブ)」と呼ばれていたところからきています。現在は、当時の鉱山関連機械器具類が展示されており、人々の運送を担った「かご電車」や索道に吊られていた「索道バケット」の実物も見ることができます。

 

 

 

トンネルを抜けさらに進んでいきます。

 

 

森林浴もでき、心が洗われます✨

 

 

約700mほど歩くと第三変電所跡に着きます。

明治37年に落シ水力発電所からの電気を変電するために建設されたもので、赤煉瓦造り建物で当時のままの外観が残っています。周辺は、少し開けた場所になっていますが、かって東平採鉱本部が設置された所で、第三通洞前に暗渠を築き、その上に2階建てで建設されていたそうです。

 

 

 

中にも入れましたが、廃墟ですね(笑)

洋風コスプレイヤーの方の撮影場所に適しているのではないかと思う施設でした♪

 

 

ここは、周辺の山々の登山口にもなっているようです。

道中、3台車が駐車していたので登られているんでしょうね。

 

 

また、少し奥ばった所に第三通道跡があります。

明治35年に貫通した東延斜坑底と東平坑口を結ぶ延長1795mの水平坑の東平坑口跡。掘り出した鉱石を坑内電車で東平の選鉱場まで運び、昭和13年には、籠電車の運転を開始し、日浦と東平を結び、一般人の輸送も担いたそうです。

 

 

立ち入り禁止の様ですが、扉のデザインがなんともお洒落ですね(*´▽`*)

 

 

そして元の場所まで戻り、展望広場で休憩。

ベンチで雄大な景色眺められますよ。r

 

 

ふと、山を見ると、尾根線がピンク色に染まっています✨

 

 

さくらの季節は終わっているのでなんでしょうね。

山つつじでしょうか?登山客のお目当てはこれかな(*´з`)~🎶

 

 

こちらはマイン工房(旧東平保安本部)、当然休館中です。

保安本部が置かれていたレンガ造りの貴重な産業遺産を活用したもので、本来なら、銅板レリーフなどを遊びごころで体験し、手作りの楽しさを味わうことのできる工房のようです。

 

 

さて、ここまではサブ施設。

これから東洋のマチュピチュたる所以の施設を巡りますよ。

 

 

 

 

ちょっとその前に面白そうな物を発見👀

 

 

透明のガラス板に描かれた線と、山の稜線を合わせてみると、昔の鉱山鉄道の路線位置がわかるというもの。なるほどぉ。これはわかりやすい!昔はあんな山の上に鉄道が走っていたとは・・・先人たちの偉業ですね。

 

 

さて、それでは先に進みます。

 

 

降り道の階段も史跡になっているようです。

 

 

インクラインは傾斜面や勾配を意味する言葉で、現在220段の階段として整備されたこの場所には、当時、端出場から索道を通じて運搬された物資を索道基地で受け、さらに高地にある電車ホームへ運ぶための施設(ケーブルカーのようなもの)が整備されていたそうです。

斜長95m、仰角21度で、動力は電気巻上げ、斜路は連動していて、片方が上がれば片方が下がる仕組みになっており、生活用品などが引き上げられ、坑木などが引き下ろされていました。貯鉱庫・索道場跡へは、この階段を下りていきます。

 

 

 

そして・・・下りて行くとあるのが貯鉱庫・索道場跡

東平にある第三通洞から搬出された鉱石は、電気鉄道により、大マンプ、福井橋、小マンプを通って、終点の新選鉱場へ運ばれていたそうです。選鉱場で鉱石と岩石に選別された後、鉱石は貯鉱庫に貯められ、順次索道で黒石駅へ下ろされ、後には端出場へ、最終、新居浜市の沖合いにある四阪島の製錬所まで運ばれました。

 

 

 

 

 

 

 

どうでしょうか。

廃墟感もあり、周辺の景色とも相まって、まさに東洋のマチュピチュではないでしょうか。

個人的にはちょっとラピュタを思い出してしまいましたが(笑)

こんな時ですが、来てよかったなと思える場所でしたね。

 

一部の場所ではまだまだ厳しい自粛制限がかかっていますが、早く自由に行きたい場所に行ける毎日に戻ることを願っています。

 

最後までご覧いただきありがとうございました(*'ω'*)

それではまた('ω')ノ

 

 

説明参考:新居浜市観光サイト