いちかの事件簿Ⅱ | さ・い・お・その隠し部屋

 

前回からのつづき。

 

驚いたのは、セクハラという事案にじゃなかった。

 

佐山は営業部販売第1グループに就く、団塊ジュニア世代の社員。分け隔てなくというより、誰にでも良い顔をするタイプのおじさんで、フリースペースで女性と談笑している姿をたびたび目撃する。楽しくやるのはいいけど、ガールズ・バー感覚で出勤していないか、心配ではある。

 

わたしとはあまり接点はないけど、書類の提出や経費精算の時に総務へ来ることがあって、デスクを横切るたび「髪の色を変えた?」とか「今日の服装オトナっぽいね」などと、舐め回すような視線で、余計なひと言を添えてくる。はじめは気色の悪いオヤジだなぁと思っていたけど、どうやら下心はなく、彼は無自覚に女性へ不要な気遣いをする、ただの鬱陶しい人だとわかって、だるいオヤジに印象が変わった。

 

頑張って気遣いをするわりに、可もなく不可もなくといった、いまいち評判のあがらない、報われない人物。あぁ、いや、10も20も離れた歳の女性に媚びる姿は、わりと不可よりなのかもしれない。そう考えると、報われないというより、哀れだと言った方が正しい気がする。いずれにしても経費精算を自動化したし、より関わりが少なくなるはずだからひと安心だけど、この無用な気遣いが思わぬトラブルを招かないか、懸念を抱いたことがある。

 

以前、評価制度の試験運用を開始した際に、営業部で最初の面談を行ったのが彼だ。面談は役員のひとりである営業部長が執り行い、その様子を窺うため、わたしはオブザーバーとして同席していた。

 

面談はミーティングルームの小部屋で行われ、そこに佐山は入室するなり、わたしと目が合う。わたしが軽く会釈をすると、にこにこと笑顔を取り繕って言った。

 

『いやぁ、立派だねぇ。これいちかちゃんが作ったんでしょ? 若いのに。本社の人はほんとすごいよね』

 

あれ。喧嘩売られてるのかな。

上席のいるオフィシャルな場で、格上の職位にあたるわたしをちゃんづけで呼んだかと思えば、評価を言い渡す無礼に眉をひそめた。

 

制度設計をひとりでできるほど、わたしは有能じゃないし、仕事を粛々とこなすことは立派でもない。それに強調して言われるほど、若くもないし、本社ではなく親会社だ。

 

なにひとつ的を得ていないだけでも失礼なのに、無礼な物言いをなんとも感じていない神経の図太さに、呆れて小さなため息をもらす。

 

これがこの会社のベテラン営業の姿なんだ。

良くも悪くもなぁなぁという風土は、TPOを弁えることさえ知らない。本音を言うなら、わたしへの態度なんてどうでもいい。所詮、わたしも与えられた役割を全うしているに過ぎないんだから。この建物から一歩足を踏み出せば、ただの人。こんな狭い世界で、裸の王様になりたいとは思わない。

 

懸念しているのは、このおじさんが外で商品を売り歩いているということ。猫とも虎ともなり得るこの生き物が、大事な顧客と接しているのだから、心配の芽は摘めない。

 
対して、渡辺 友梨は20代半ばの女性で、お茶の水の学士。高学歴と呼ばれる部類の人物で、前職は大手企業のサポートデスクに3ヶ月勤務したのち、退職している。
 
就労期間の乏しさを問題視する人はいるけど、わたしはその考え方に意味があるとは思っていない。惰性で長期間務めることに疑問を持っているから、合わない企業は早々に見限った方が賢い選択だとおもう。むしろ、学歴や肩書、過去にどんな実績をあげたのか、どんな人物であるのかの自己PRを重視する採用基準は、とても程度が低い。まったく必要のない情報とまでは言わないけど、対象を評価する材料のほんの一部にしかならないとおもう。
 
恥の上塗りをするようで嫌だけど、この会社の採用基準も似たようなものだから、彼女のような人材を採用してしまう。おおかた、採用にいたった理由は、フィーリングと学歴だと想像がつく。
 

前職では精神疾患を患ったそうだ。

仕事がまったく手につかず、1ヶ月間の休職したあと、そのまま退職という流れだ。わたしは疾患に偏見を持っていないから、それが退職原因なら評価のひとつにはするけど、それ以上なにも感じない。彼女に問題があるとするなら、そこじゃない。

 

退職の大きな理由は、評価されない環境に不満を抱いたから、と自称したらしい。病気になっていなくても、遅かれ早かれ退職は必至だったと話していたと聞いた。随分、自信のある人だという印象だ。

 

大手の新卒ならOJTの期間が長いことは珍しくもない。

サポートデスクの勤務だと言ってはいるけど、OJTの期間中だったとも考えられる。それも就労期間は3ヶ月としているけど、内30日は休職だから、在籍が3ヶ月で2ヶ月間の就労というのが、正確な表現だとおもう。

 

このわずかな期間で、会社はなにを評価できたのだろうか。しかも、OJTの期間中だとしたら、正規の配置じゃなかった可能性もあるし、サポートデスクという実績のわかりづらい職種での2ヶ月間。会社から学ぶことのほうが多かったのではないか、そう考えるのが妥当だとおもう。それとも自分は短期間でも評価されるに値する人材だと、そう言いたかったのだろうか。そのあたりがまったく見えてこない。

 

彼女の経歴書からも、当時の面接担当者からも、彼女の自信の根源となるものが、まるで語られていない。

 

根拠のない自信。

 

当時の面接を務めてたのがわたしなら、彼女がそういった類の人物である印象を強めたとおもう。

 

そして、志望した動機については、この会社のホームページを見て感銘を受けたそうだ。その辺に無数に転がっている、ありきたりのホームページのなにをどう見たらそうなったのかは定かじゃないけど、人事評価制度もなかったこの会社が、適正な評価をしてくれると、そう確信して門を叩いたのだというから、首をかしげてしまう。

 

この取って付けたようなストーリーを聞いても躊躇せず、彼女を採用した。そして、その後、2年強の月日が経ち、彼女を筆頭に営業事務の社員が、評価へ対する不満を口々にしてきたのだから、なにかの冗談かと思ってしまうけど、これはまた別の話。とにかく、彼女の適切な就職先は吉本興行で、適正のある職種は事務ではなく、芸人だったんじゃないかと、ひそかに思っている。

 

この異質なふたり。

おそらく、一般的にはそう思われるとおもうけど、この会社ではこれが当たり前で、わたしの知るまともな人材は、残念ながら多くはいない。

 

to be continued......