この授業での成績評価は、各回の小テスト50%、最終回のレポート50%の総評により行うものとされていました。
レポートのお題は「保険法に関するテーマを自由に設定」。
何というか、広すぎるのですが、1~2年前から気になっていた「トンチン年金」について調べて書いてみることにしました。
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1.トンチン年金とは
トンチン年金とは、17世紀半ばにイタリアの銀行家トンティが考案した終身年金(保険)である。加入者が支払った保険料はプールされ、生存する加入者への年金給付に充当される。純粋なトンチン年金では、高齢になるにつれて死亡率が増加することから、年金は年齢とともに増加していく。[1]
トンチン年金は、被保険者の一定時点での生存を保険事故とする生命保険と解釈でき、保険法の分類でいえば「生存保険」の一種といえる。
2.2種類のトンチン年金――元金均等方式と元利均等方式
Iwryら[2]によると、トンチン年金には次の2つの方式がある。
(A) Constant base return Tontine(ここでは元金均等方式と呼ぶ)
(B) Level-payout Tontine(ここでは元利均等方式と呼ぶ)
(A)元金均等方式では、元金を契約年数で割り、均等に払い出す。
図1(A)に示される例では、10人の加入者が$100,000ずつ払い込み、$1,000,000の基金を構成する。毎年の払い出しは、基金から4%ずつ均等に、ただし生存者のみに対して行う。(なお、これはもし契約が続行するならば25年間で均等な支払いを意味する)
年数が経ち死亡者が増加するにつれ、生存者一人あたりの毎年の受け取り額は、0人死亡時の$4,000から7人死亡時の$13,333へと劇的に増加する。しかしこの方式で年金を構築すると、人生の最晩年でより多くの年金が得られるものの、それは必ずしも現実の高齢者の資金需要とは合致していない。
(B)元利均等方式では、毎年の各生存者への払い出し金額を一定とする。
図1(B)に示される例では、基金の総額は(A)と同様であるが、死亡率増加に伴う利益は享受しつつも、元金の受け取りはその分減少する。生存者一人当たりの毎年の受け取り額は約$7,500で均等になる。この方式を実現するには、死亡率予測に基づき払い出し金額を計画する必要がある。
図1 トンチン年金の二つの方式(文献[2]より引用)
3.日本における実在のトンチン年金
やや古い記事だが、2017年の東洋経済オンラインの記事でトンチン年金が取り上げられ、日本生命のグランエイジという商品の実例が紹介されている。
「50歳の男性が60歳までの10年間月々10万1886円を保険料として払い込めば、60歳から毎年44万2000円の終身年金が確保できる」[3]
この記事ではこの保険商品の問題点として次の2点が指摘され、トンチン年金以外の老後の備えも考える必要があるとしている。
・長生きしないと損であること(男性で87.7歳以上)
・払い込み額に対し、年金額が少ないこと(払い込み額約1200万円に対し、月換算で3万7000円程度)
本当にトンチン年金は当てにならないのだろうか?
また、上述の日本生命の商品は、本当にトンチン年金として設計されているのだろうか?
日本生命グランエイジは、加入者の受け取り額が終身で均等であるので、明らかに(A)元金均等方式 ではなく、(B)元利均等方式 である。
保険法には下記の条項があるので、給付額が契約締結時に決定できない(A)元金均等方式のトンチン年金は、日本国内で保険商品として成立しないのであろう。
(生命保険契約の締結時の書面交付) 第四十条 保険者は、生命保険契約を締結したときは、遅滞なく、保険契約者に対し、次に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。 (中略) 七 保険給付の額及びその方法 |
筆者は、前述の日本生命グランエイジと同等の条件で、(A)元金均等方式 (B)元利均等方式 でのトンチン終身年金の受け取り額を表1のように試算した。
表1 日本人男性60歳保険開始時のトンチン終身年金の試算例(筆者作成) [金額の単位は円]
加入者年齢 |
生存者数 |
(A)元金均等トンチン |
(B)元利均等トンチン |
||
保険加入者受け取り額 |
保険者払い出し総額 |
保険加入者受け取り額 |
保険者払い出し総額 |
||
61 |
92,601 |
268,397 |
24,854M |
519,692 |
48,124M |
62 |
91,939 |
270,330 |
24,854M |
519,692 |
47,780M |
63 |
91,216 |
272,473 |
24,854M |
519,692 |
47,404M |
64 |
90,429 |
274,844 |
24,854M |
519,692 |
46,995M |
65 |
89,573 |
277,471 |
24,854M |
519,692 |
46,550M |
70 |
83,963 |
296,010 |
24,854M |
519,692 |
43,635M |
75 |
75,298 |
330,073 |
24,854M |
519,692 |
39,132M |
80 |
62,926 |
394,970 |
24,854M |
519,692 |
32,702M |
85 |
45,982 |
540,513 |
24,854M |
519,692 |
2,3896M |
90 |
25,542 |
973,059 |
24,854M |
519,692 |
13,274M |
95 |
8,728 |
2,847,602 |
24,854M |
519,692 |
4,536M |
100 |
1,297 |
19,162,580 |
24,854M |
519,692 |
674M |
105 |
47 |
528,805,674 |
24,854M |
519,692 |
24M |
死亡率は、厚生労働省の令和4年度簡易生命表[4]に依った。0歳時点の人口10万人あたり、60歳時点では9万3202人が生存しており、9万3202人全員がトンチン年金に加入したとして計算している。
保険者の事業費率は、計算の便宜のため0%であると仮定した。なお、(B)元利均等方式の給付額試算結果は、事業費率15%と仮定すると、[3]で述べられた給付額と近い結果となった。
したがって、日本生命グランエイジは、(B)元利均等方式のトンチン年金で設計されていると推測する。
4.実在のトンチン年金の問題点
東洋経済オンラインの記事では前述の2点がトンチン年金の問題として挙げられていたが、筆者はトンチン年金の原理そのものではなく、実際の保険商品の次のような前提が問題であると考えるに至った。
(1)保険開始時点が早過ぎる
トンチン年金は、その性質上、他の生存者が減少することで利益が得られる。しかしながら、60歳で年金原資払い込み完了、61歳で保険開始とすると、生存者はなかなか減らない。(10人の内1人が死亡するのは、10年後の71歳時点である。)
生存者が減らないのに基金から年金を払い出せば、払い込んだ原資を何もせずに加入者に返していることになり、トンチン年金の原理が働きにくく、非効率である。
この問題に対しては、開始時期を遅らせることでトンチン年金としての効果が明らかに高まる。
表2は、開始年齢を60~100歳の間で変化させた場合の受け取り額を示している。表1と同様の原資1,200万円の条件で、(B)元利均等方式トンチン年金による終身年金とした。
明らかに、高齢になってからトンチン年金を開始した方が、生存者の受け取り額は大きい。
表2 (B)元利均等トンチン終身年金と保険開始年齢(筆者作成) [金額の単位は円]
開始年齢 |
保険加入者年金受け取り額 |
60 |
519,692 |
65 |
633,647 |
70 |
796,933 |
75 |
1,039,639 |
80 |
1,430,085 |
85 |
1,788,255 |
90 |
2,792,164 |
95 |
4,639,892 |
100 |
8,464,107 |
(2)給付保証期間が存在する
日本の実在のトンチン年金では5年分の給付を保証する商品が多い。
遺族の感情を考えると、多額の保険料に対して給付がゼロであるというのは納得がいかないという面もあるだろう。
しかしこれは、加入者の死亡による生存者への資金の移転が本来のトンチン年金の原理であることを考えると、逆効果である。
61歳トンチン年金開始では死亡率が急上昇しないので、保証期間による払い出しの総額は大して問題にならないかもしれない。だが、80歳等高齢でトンチン年金を開始する場合は、保証期間を設けることはナンセンスである。
(3)保険料積立期間が存在する
積立完了までは契約が有効にならないとすると、加入者側としては保険料が積立期間には活用できないまま拘束されてしまうことになる。トンチン年金の効果を最大限得るには、高齢になった時点で手持ち資金を投じて保険料を一時払いして、直ちに保険開始する方がよい。
また、トンチン年金においても10年以上の積立期間があるなどの条件を満たせば、個人年金保険料控除を受けることができる。しかしながら、控除を受けられることは若齢の加入者に対する勧誘にはなるかもしれないが、長寿リスクへの保険として本質的に重要ではない。また、所得税の個人年金保険料控除は最大でも年間4万円であり、節税額はたかが知れている。
またさらに、積立により長期のトンチン年金商品を構築すると、積立資金運用を利益の源泉とする通常の個人年金保険と差別化ができなくなる。表1(B)に示した終身(実質的には、保証期間45年)の元利均等トンチン年金の年金額は、利率3.35%で運用しながら元本を一定額で取り崩す年金額とほぼ同一である。
5.結論
トンチン年金は、長寿リスクに対して有効な生命保険商品である。
ただし、保険法の制約や高齢者の資金需要を考慮すると、元利均等方式のトンチン年金とするのが現実的である。
トンチン年金の原理を効果的に働かせるには、(1)保険開始を高齢にする (2)給付保証期間を廃止する (3)保険料は積立ではなく一時払いにする という商品設計が考えられる。
[1]2019年度金融調査研究会 人生100年時代における私的年金制度と金融所得税制のあり方(全銀協、2019)
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/affiliate/kintyo/kintyo_2019_2_7.pdf
[2] Retirement Tontines: Using a Classical Finance Mechanism as an Alternative Source of Retirement Income (J. Mark Iwry, Claire Haldeman, William G. Gale, David C. John、2020)
[3] 地味に流行「トンチン年金」はおトクなのか(山中伸枝・東洋経済オンライン、2017)
https://toyokeizai.net/articles/-/198417
[4]令和4年簡易生命表の概況(厚生労働省、2023)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life22/index.html
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皆様がよい老後を迎えられますように。