お待たせしました


早速試し読みをお届けします

試し読み第2弾は……
アウローラとフェリクスが役者デビュー


『指輪の選んだ婚約者11 恋の嵐と迷える人魚姫』

★STORY★
大海国で仲良くなった西海大公家の姫君マリーアに誘われ、彼女の故郷を訪れたアウローラとフェリクス。そこでゆっくりと過ごすはずが、数日後の夜会で披露される恋愛劇に役者として参加することになってしまい大ピンチ! そのうえ、マリーアが失恋したばかりの大海国第四皇子・ナタニエルも加わって、何事もなく進むわけがなく……!? 恋の嵐が巻き起こるシリーズ第11弾!!
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「お待たせしてごめんなさいね」
晴れ着をアレンジしたドレスをまとい、フリアとパウラを従えて。芝居の練習をする人々のいる小広間に微笑みながら現れたマリーアは、まさしく大公女らしい風格を漂わせていた。
「もう始めていた?」
「ええ、姫君のお出にならないシーンから、台詞の読み合わせを進めておりました」
どうやら彼が、今回の舞台をまとめているらしい。男とやりとりするマリーアの背後から、アウローラはさっと周囲に目を配った。
(……うわあ。これはまた、なんとも)
室内を見渡したアウローラは、思わず内心そう呟いた。
芝居の練習に勤しんでいたのはそのほとんどが、きらびやかな雰囲気を持つ青年たちだったのだ。
中でも特に目を引く雰囲気の青年がひとりおり、どうやら彼が、この芝居の中心にいるようだった。遠目にも彫りの深い端整な顔立ちであることが分かり、首の後ろでひとつに結ばれた癖のある焦げ茶色の髪が、窓からの光で艶やかに輝いている。
「殿下、こちらの方々は?」
会話が一段落ついたらしい。ようやくマリーアの背後、家庭教師と侍女の更に後ろに見慣れぬ訪問者がいることに気がついたまとめ役らしき男が、アウローラたちを見た。
「紹介したくて連れてきたの。――皆も、こちらにいらして!」
男の問いにはすぐに答えず、マリーアはきらびやかな青年たちに声を掛けた。
先陣を切って近づいてきたのは、舞台の中心に立っていた青年である。
彼はアウローラたちの数歩手前で立ち止まり、姿勢良く佇んでマリーアへと視線を投げた。
「参上いたしました、姫」
(……あら?)
膝を折り、マリーアの指先へ挨拶を送る青年の銀色の瞳は、一心にマリーアに注がれている。
あからさまではないが、貴婦人の顔をそれほど見つめるのは少々不躾だ。本人も分かっているのだろう、瞬きのうちに彼の視線はマリーアから外れ、床へと向く。しかし見ずにはいられないのか、ちらりとその視線は再びマリーアへと向かうのだ。
(ほほう……?)
アウローラは目を瞬かせた。青年の視線に、なんとも言えない若々しい情熱を感じたのである。
しかしマリーアはそれに気づいているのか、いないのか。青年を特別扱いすることなく、皆に平等に挨拶を返し、手を離すとくるりとアウローラたちに振り返った。
「クラヴィス卿、ローラ、彼らを紹介するわね」
マリーアはまず、最初に挨拶をした男を掌で指し示す。
「彼は今回の夜会での演目の脚本を書いた、伯爵家出身のランディーニ子爵。お芝居の演出もしてもらっているわ。マルシレイナ大公立大学の芸術学の部門で教鞭を執っていて、当家がパトロンをしているレアル・マルシレイナ劇団でも脚本を書いている、西海では著名な作家よ」
「ロドリゴ・ミケル・ランディーニと申します。此度の大公家の夜会芝居にて、監督を務める栄誉をいただきました。レアル・マルシレイナ劇団もどうぞご贔屓に」
紅茶色の髪を揺らし、甘く微笑んだランディーニ子爵は、ひらりと古い時代の典雅な礼をしてみせる。なるほど演劇に日頃から関わる人物なのだなとその振る舞いに納得し、アウローラは浅く頷いた。
驚いたことに彼はこう見えて貴公子たちよりも随分と年上で、大公子の芸術面の家庭教師をしていたこともあるという。今回の練習においては、青年たちのお目付役を兼ねた人物なのだそうだ。
「そしてこちらはオルバレス侯爵家のコルネリオよ。母方の親族で、今回の舞台の王子役なの」
次いでマリーアがそう紹介したのは、貴公子たちの先頭に立っていたあの青年である。
「お初に御目にかかります、コルネリオ・ホセ・ガスパール・デ・オルバレスと申します。オルバレス侯爵家の第一子で、帝都大の学生の身分です。お見知りおきを」
コルネリオはアウローラの指先に挨拶をし、フェリクスには握手を求める。
「とても役者向きの佇まいと、お声をなさっておいででしょ? お芝居も上手なのよ」
「姫君にお褒めの言葉をいただけるとは、この上なく光栄です」
(……彼が今回のお芝居での『筆頭候補』というところなのかしら)
アウローラは内心、そう呟いた。
夜会の芝居で配偶者を見つける大公家の子女が多いというのだから、今回もマリーアにとっての『出会いの場』としてお膳立てされているはずだ。つまり、ここに選ばれている青年たちはおそらく、大公女の降嫁先として問題ないと大公家が判断した家の出身なのだろう。中でも彼は侯爵家の嫡男だというから、その筆頭であるに違いない。
そう考えて見ればなるほど、彼の尊大でもなければ媚びもなく、しかし堂々とした押し出しは、いかにも高位貴族の令息という風情だ。声は深いがよく通り滑らかで、主役を務めるに足るだろうと思わせる存在感と迫力があった。
「そしてこちらはサーラス伯爵家のセルヒオ。彼は今回の演目で『裏切りの騎士』役を務めるの」
「セルヒオ・アロンソ・サーラスと申します。コルネリオの腐れ縁です」
次いでマリーアが紹介したのは、コルネリオの斜め後ろに立っていた青年である。栗色の髪に緑色の瞳をした彼は軍人のような体格で、顔つきも青年たちの中では最も精悍と言える部類だ。声は明るく張りがあり、『裏切りの騎士』という役柄だと聞けば、少々意外に思うような雰囲気である。
他に脇役を演じる紳士淑女が数名紹介され、マリーアは最後に一同にアウローラたちを紹介した。
「では皆、紹介するわね。こちらのおふたりはウェルバム王国からいらっしゃった、クラヴィス侯爵家のご嫡男のフェリクス様と、そのご夫人のアウローラよ。アウローラはわたくしのお友達で、旦那様のクラヴィス卿はわたくしの命の恩人なの」
「恩人ですか」
思わずといった声色の呟きが、コルネリオの口から漏れる。マリーアは頷いて一同に微笑みかけた。
「そうなの。耳の聡い方はご存じでしょうけれど、ここしばらく帝都は騒がしかったでしょう? その中でわたくしをご夫婦でお助けくださったのよ」
「フェリクス・イル・レ=クラヴィスという。ウェルバム王国のクラヴィス侯爵家の者で、近衛騎士を務めている。こちらには妻の伝手でご招待いただき、療養も兼ねて滞在させていただいている」
「妻のアウローラと申します。ウェルバム王国から万博の使節団の一員として帝国に参りまして、帝都でマリーア殿下と親しくしていただきました。旅人の身分ですけれど、どうぞよしなに」
双妖精のようにふたり揃って礼を取ってから、アウローラが一歩フェリクスに寄り添えば、その腕が優しく腰に回される。その温度にアウローラが小さく安堵の息をつけば、ほうと甘いため息が聞こえた。
ため息の主はどうやらマリーアだったようで、彼女は片手を頬に当て、うっとりとアウローラたちを見ていた。その南洋の海の色をした瞳はきらきらと、憧れの色を持って輝いている。
「おふたりは、わたくし憧れの仲の良いご夫婦なのよ。皆さん、どうぞ仲良くなさってね」
とどめとばかり、そんな言葉を言い放って微笑んでみせるものだから、アウローラとフェリクスに向けられる目の色が変わった。どうやら彼らの側は、自分たちがどのような意図を持ってこの場に集められているのか、自覚があるようだ。
しかしマリーアは彼らの視線に頓着せず、アウローラたちに注目が集まったことに、満足げに頷いている。そして、一通り挨拶が済んだと見て両手を叩き合わせ、青年たちに解散を促した。
「さ、それじゃあみなさま、どうぞ練習に戻ってくださいな。……ところでランディーニ子爵、こちらのおふたりになにか役をお願いすることってできないかしら」
マリーアはランディーニ子爵にそう声を掛ける。彼は片眉を上げ、それからアウローラとフェリクスを見た。練習へと散っていこうとした青年たちも、目を丸くして足を止める。
「ま、マリーア様!? 本気でいらっしゃいましたの!?」
「あら、わたくしはいつだって本気よ? せっかくウェルバム王国から来ていただいたのだもの、ぜひマルシレイナの舞台に参加していっていただきたいの」
アウローラの背をだらだらと、冷たいものが流れてゆく。フェリクスの無表情も氷や彫像を超えて、もはや虚無とでもいうべき硬直具合だ。マリーアにしてみれば、客人に楽しい非日常を経験してもらおうというもてなしの心なのだろうが、自分たちが芝居など、とてもできるとは思えない。
ランディーニ子爵は目つきを変え、値踏みをするかのごとくアウローラとフェリクスを見た。
「おふた方は、芝居のご経験は?」
「わたくしはございません……。一番近くて、詩の朗読でしょうか」
「士官学校の余興で一度。あまりにひどいと翌年から裏方に回された」
フェリクスの演技が一体どれだけひどかったのか少しばかり気に掛かるが、どちらの回答もランディーニ子爵の望む答えではなかったことは確かである。
彼は腕を組むと小さく唸り、片手に握っていた冊子――台本をぱらりぱらりとめくり始めた。
「試しにこちらの台本から、この台詞を読み上げていただけますでしょうか」
~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~
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