『指輪の選んだ婚約者』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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9月30日は、アイリスNEO新刊の発売日♪
待ちきれないあなたに、
本日は試し読みをお届けしたいと思いますラブラブ

『指輪の選んだ婚約者』

著:茉雪ゆえ 絵:鳥飼やすゆき

★STORY★
社交や恋愛に興味がなく、刺繍だけをして生きていたい伯爵令嬢のアウローラ。
今日も夜会で壁の花になっていた彼女にぶつかってきたのは、ひとつの指輪。そして、"氷の貴公子"と名高い美貌の近衛騎士・クラヴィス次期侯爵の「私はこの人を妻にする!」というとんでもない宣言で……!?

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(……暇)

 と、アウローラ・エル・ラ=ポルタは深い息をついた。
 彼女の緑の瞳に映りこむのは、磨きぬかれたシャンデリアの明かりにきらめく華やかなドレスと、流行の最先端を行く夜会服の群れだ。
 客の装いの質は、夜会の主催者の質とイコールだといっても過言ではない。『客層』を表すもっとも分かりやすい指針、それが『装い』なのだ。

(……そう思うと、今日の夜会は王宮の舞踏会にも匹敵する、ってことかしら)

 アウローラは目を細めて周囲を眺める。視界に入る夜会服は誰も彼も、最先端・最高級と言えるものばかり。それはつまり、この夜は『社交の場』として非常に重要なものだと、貴族たちが認識しているということだ。それもそのはず――今夜の主は、ラエトゥス公爵。ウェルバム王国の三大公爵家のひとつであり、今もっとも『時めいている』と言われる、大貴族である。
 しかし、そんな至上の夜会でアウローラは。

「……暇だわ」

 思わずこぼれた言葉に慌てて口元を扇で隠しながら、ぼけっと突っ立っているのである。それはもう見事な、壁の花だった。
 いつも彼女のパートナーを務める兄がここにいたなら、何を馬鹿なと叱責くらいはしたかもしれない。しかしその兄が熱を出して寝込んだために、今夜のアウローラはひとりだった。伯爵令嬢である彼女にとって社交の場は『職場』だ。しかし、貴族の娘が男性に伴われずに夜会に参加することは、あるまじき事態。パートナーの不在は、本来ならば欠席しても良いほどの事情なのだ。それでも参加に踏み切った彼女は、何か厄介事を抱えているのではと思われて、誰からも声が掛からないのである。

(……まあ、わたしは社交しに来たわけではないから、構わないけれど)

 鮮やかなドレスが視界で翻るのを見て、アウローラは気を取り直したようににんまりと笑った。断じて負け惜しみなどではない。心の底からの、本心だ。

(ああ、あの刺繍……砕いた水晶を散らしたみたいに見える。さすが、公爵家の夜会。そんじょそこらの社交場とは違うわ……)

 アウローラは目の前をくるりくるりと踊り抜けてゆく令嬢たちを眺めて、恋い焦がれる乙女のような熱い吐息を漏らした。少し前までどんよりしていたはずの瞳が、きらきらと輝く。白い頬が少しずつ上気してバラ色に染まり、いっそ事後のように見えるほどの恍惚の面持ちになった。

(金糸銀糸はあんまりやると下品かしらと思っていたけど、今の方のは素晴らしいバランスだった。一色に絞ればエレガントになるのね。ああ、星がスタンダードだけど、唐草模様もいいわあ)

 淡い色から濃い色へ、滑らかに変わる染めの布地に似た色の糸で華やかに刺繍を施して、ところどころに金糸銀糸の縫い取りを散らしたドレスが今の流行だ。見た瞬間は、無地に控えめな金糸銀糸が輝くだけ、いっそ地味なほどにシックな装いなのだが、縫い取りをシャンデリアが照らすと同色の刺繍が浮かび上がって、きらきらと星屑のように輝いて美しいのである。

(ああ、あの方の刺繍はすごい、染めの色が変わるのに合わせて、刺繍糸をすっごく細かく変えているんだわ! ぱっと見たらなにもないのに、光が当たると艶めかしく模様が浮かび上がって……素敵! 今夜のアウローラ刺繍大賞を授与決定!)

 アウローラは感嘆して唇を震わせた。
 流行のおかげもあって、今日の夜会服の刺繍は男女ともに、見事なものばかりだ。その上、そんな意匠を流行らせたのは本日の主催であるラエトゥス公の奥方だというので、当然、参加者の衣装に力も入ろうというもの。

(ああ! これが見たかったのよ! どっちを向いても、素晴らしい刺繍ばかりなんて!)

 ドレスを見つめるその瞳は徐々にきらきらを通り越し、夢見る乙女の姿は掻き消えて、ぎらぎらと狩人のように瞬き始めた。病欠の兄がここに居れば、『アウローラの悪い病気がまた出た』と、ため息をついただろう。しかし残念ながら、今日のアウローラを止められる人間はいなかった。

(地上の楽園はここにあったのだ! ありがとう夜会! ありがとう公爵家! 兄さまに無理言って来てよかった! 眼! 福!)

 アウローラは、貴婦人のたしなみとしてのそれ……以上に、少々常軌を逸するほどに刺繍をこよなく愛している、一風変わった娘なのだった。


(……それにしてもわたしったら、ちょっと地味だったかしら?)

 さんざん刺繍観察を楽しんだあと、アウローラは自分のドレスを見下ろして、扇の陰で目を眇めた。
 アウローラの今夜のドレスは、たまごのクリームのような淡い金色の巻き毛に合うように、青を基調としたものだ。淡い青の裾から胸元に向かって真っ青へと変わる染めの布地に、均一な青の絹糸で細かな花の刺繍を花吹雪のように散らしている。彩りや手法こそ流行のものだが、社交界で名の知られた名家の令嬢たちは皆、もっとずっときらびやかな刺繍を施しているものだから、アウローラのドレスはよく言えばシック、悪く言えば地味な、年配のご婦人たちのそれに近いように思えてしまう。

(帰ったら何か追加で刺しておこうかしら。やっぱり花? 星もいいけど、花の中だと唐突か。いや、最近話題の東方の文様もエキゾチックで素敵かも! ああ刺したい! 誰か! 針と糸をここに!)

 そこは背後に誰もいない壁際。扇で顔が隠れるのをいいことに、全力で刺繍へ思いを馳せていたものだから、アウローラはちっとも気が付かなかった。壁から遠く離れた主催陣の集う壇上がにわかに騒がしくなり、そこからものすごい勢いで、何かが飛んできたことに。

 ゴスッ。

「痛った!」

 吹っ飛んできた何かは、とてもとても小さかったのに、それが衝突したアウローラの額は、ひどく痛んだ。きっと明日には痣になるだろう。一体何ごと、とアウローラは涙目で、己の額にぶつかったあと、ドレスの裾を転がって落ちていった何かを拾い上げて、ぱちくりと目を見開く。
 社交シーズンにあわせて丁寧に整えた指がつまみ上げたのは、無垢な輝きを放つ、金の指輪だった。

「……指輪って飛ぶものだったかしら?」

 指輪には羽など生えていないはずである。それに、こんな小さな指輪をあんな勢いで飛ばすなんて、一体どんな技術だ。アウローラは目を眇め、つまみ上げたそれをまじまじと眺めた。
 石のない、金一色のそれは、古式ゆかしい植物の彫り込みが輪にそってぐるりと一周している、品の良い指輪だった。葉が絡み合う文様は夫婦の縁が繋がることを示すものと言われ、婚姻の際に夫が妻に贈るものとして、よくある意匠だ。ところどころ、小さく刻まれている花は、婚礼の花束に用いられる白銀花だろうか。内側には古代文字が刻まれているようだが、アウローラには読めなかった。

(どう見ても、古い時代の婚姻の指輪よね。なんだかものすごーく由緒がありそう。……あらでもこの意匠、刺繍の図案にはいいんじゃない? ドレスじゃなくてリネンとかに、この指輪みたいに縁にぐるりと回したら古代趣味っぽくていい感じなんじゃ……)

 ガッ。

「きゃあ!?」

 指輪に夢中で、近づいてきた人影にちっとも気づいていなかったアウローラは、気づけば指輪をつまみ上げる腕を誰かにきつく掴まれていた。容赦のない力で締め付けられて、ギリギリと痛む。

「ああああああのごめんなさいまし!?」

 警備兵!? いやひょっとして持ち主!? この指輪はどこからか吹っ飛んできただけであって、わたくしは物盗りではありません! あと痛いです!
 そう言おうと顔を上げたアウローラは、息を呑んでぽかんと硬直した。
 顔を上げた真正面、そこにあったのは、非常に冴え冴えとした、硬質な美貌だった。
 表情の薄い、古い物語に現れる高貴な種族めいた、整った顔立ち。氷雪色の瞳と、切れ長で凛と強い眼差しに、すっと通った鼻梁、上品な薄い唇。丁寧に撫で付けられているのは、月光を紡いだような銀の髪。すらりと伸びた背と、均整の取れた身体。
 月の精霊のような美人が、冷たい色の瞳を燃え上がらせて、彼女をひたと睨みつけていたのである。

(精霊? 古き森の民? ――いやいや、夜会にいるんだもの、人間、なの、よね?)

 思わず睨み返せば、青年はまじまじと、アウローラを見やった。ぱちりと動いた睫毛も銀糸で、何の感情も浮かんでいないように見える整った顔に、ほんのわずか、驚きのような表情が灯る。

「……あの?」

 居心地が悪くなってきて、アウローラは思わず声を上げた。しかし青年はなにも応えずしげしげとアウローラを見つめ、ついにはじっと瞳を覗き込む。

「わたくしに、なにか? それとも、こちらの指輪を、お探しですの?」

 アウローラはしびれを切らし、ゆっくりと、しかし丁寧に青年に問いかけた。彼は彼女の瞳から視線をそらさず黙ったまま、徐ろに指輪をつまんでいた彼女の手元をぐいと引き、高々と掲げる。
 そして、凛とした声を響かせた。

「指輪が選んだのはこの人だ」

 ……はい?
 何がだと口を開こうとして、アウローラはようやく気がついた。
 がやがやと賑やかに盛り上がっていたはずの夜会の広間はいつしか、音楽さえもやんでしんと静まり返り、その場の人々は皆、アウローラと青年を見つめていたのだ。
 カツン。青年の踵が床を鳴らす音だけが、ひどく場違いに響いた。

「な、に……?」

 すみませんちょっと説明を、そう言いかけたアウローラの言葉を掻き消すように、青年が叫んだ。


「私は、この人を妻にする!」

 
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

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