本日も試し読みをお届けしますо(ж>▽<)y ☆
試し読み第2弾は……
桃春花2ヶ月連続刊行企画第1弾
『龍の娘と空の騎士-ぼっち少女は愛され人生をめざし中-』

著:桃 春花 絵:凪 かすみ
★STORY★
修学旅行先でフェリーの事故にあった、友達のいない少女千歳。死を覚悟したはずだったのに、流れ着いた先は竜が飛び交う異世界だった。助けてくれた人々に保護されて、この世界で生きていくため学びはじめる千歳だったが、新たな日々には竜騎士に王様、お姫様、事件に陰謀と非凡なことばかりでーー!?
ぼっち少女の生き直しドラゴンファンタジー、WEB掲載作を全面改稿&書き下ろしエピソードを加え書籍化!
桃春花2ヶ月連続刊行企画第2弾は、『マリエル・クララック』シリーズ⑩巻『マリエル・クララックの春鈴(しゅんれい)』が12月2日(金)発売予定

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あの時、たしかに死んだはずだった。海に落ちて浮かび上がることもできず、窒息して意識を失ったのだ。
高校生活の大きな思い出となるはずだった修学旅行は、たしかに忘れられないできごとで幕を閉じた。最後に見たものがまだ千歳のまぶたに焼きついている。
皮肉なほどに晴れ渡った空と、傾いた船。
恐怖を浮かべた顔が千歳を見下ろし、そむけられて。
すぐに視界から消えていく。あの顔に、最後に浮かんでいた表情はどんなものだったのだろう。
そして千歳が息を吹き返した時、そこは海の中でも船の上でもなく、どこかの岩場だった。断崖に囲まれた小さな入り江に打ち上げられていたところをイリスに発見されたのだ。
頬を叩く刺激と呼びかける声が千歳の意識を引き戻す。誰かが懸命に千歳を目覚めさせようとしている。男性の声だ。でもなんと言っているのかわからない。日本語ではないし、英語でも中国語でもなさそうだ。千歳が聞いたことのない言語だった。
そこまで考えられるようになった時、呼吸ができることに気づいた。大きく息を吸い込もうとして、とたんに咳き込む。まだ胸に水が残っていた。
咳をすればするほど苦しくなる。うまく呼吸ができない。吸おうとすると詰まり、吸った以上のものが飛び出してしまう。涙がにじむほど千歳は必死に咳と息継ぎをくり返した。
誰かが背中をさすってくれている。相変わらずなにか言っている。頑張れとはげましているのだろうか。苦しい息をしながら、千歳は通訳がほしいと思った。自分を助けてくれている人の言葉を理解したかった。
――すると、不意に聞こえてくる声が意味をなす言葉になった。
「大丈夫だぞ、もう大丈夫だからな」
一瞬日本語に変わったのかと思った。それほど自然に千歳の中におさまって、意味を考える必要もなく理解できる。けれど片方の意識では、これが日本語ではないことをちゃんと認識していた。
なんだろう、これは。
なにが起きているのかわからなかった。驚きながら、しかし今の千歳にはゆっくり考えている余裕がない。咳き込む間になんとか呼吸しようと必死だった。
ようやく落ち着いた頃には疲労困憊だ。それ以前に全身が鉛のように重い。このままもう一度眠り込んでしまいたいのをどうにかこらえ、千歳はゆっくり目を開いた。
空を、見た。
青い瞳だった。夏の空の色が千歳を覗き込んでいる。
力の入らない千歳の身体を支えているのは、長い銀の髪と青い瞳を持つ青年だった。都会育ちの千歳にとって外国人は珍しい存在ではないが、目が覚めていきなりそばにいると少し驚く。日本人には見えない顔立ちだから、この髪と瞳は自前だろう。どこの国の人なのか、白人とアジア系の中間くらいな印象だった。
千歳は一度目を閉じて呼吸を整え、もう一度開き直した。いくらか意識がしっかりして、自分を抱えている青年の他にもう一人いることに気づく。そちらは夕焼けのような赤い髪と薄茶の瞳の少年だ。可愛らしい顔にあまり表情を浮かべず、黙って千歳を覗き込んでいた。
彼らはなにものだろう。それ以前に、これはどういう状況なのだろう。
ひどい倦怠感でろくに身体を動かせず、頭もぼんやりしていて思い出すまでに時間がかかってしまった。そうだ、船から落ちたのだと、ようやく記憶を取り戻す。海に叩きつけられてそのまま沈み、息ができなくなって、死んだ――いや、生きている?
生きている。たしかに千歳は生きていた。ぐったりしていても五感は健在だ。波の音や海鳥の声を聞き、潮の匂いをかぎ、濡れた肌に風を受けて寒い。間違いなく生きていた。
あのいきさつだとありえないのでは、とあとで首をひねることになるのだが、この時の千歳には深く考えることはできなかった。驚くべき幸運に恵まれた、これで家族を悲しませずに済む、よかったと思うばかりだった。
ゆっくりと状況を理解して、また千歳はかたわらの二人に意識を戻した。彼らが自分を助けてくれたのだろうか。救助というと海上保安庁や自衛隊、あるいは近くにいた漁船などを思い浮かべる。彼らが属する可能性があるとしたら漁船だ。第一次産業も外国人労働者が多いと聞く。二人ともずいぶん若く、年長の方でも大学三年生の姉より下に見える。赤毛の少年は千歳と同じくらいだろう。こんな年で外国まで出稼ぎに来るなんて、立派だし大変だ。
「大丈夫か。どこか痛いところはない?」
つらつら考えていると銀髪の青年がまた声をかけてきた。痛いところ、と千歳は自身に意識を向ける。高い場所から落ちて全身が砕けそうな衝撃を受けたはずなのに、今はまったく痛みを感じなかった。怪我をしているとは思えない。動けないのは麻痺しているわけでなく、とにかくだるくてたまらないからだ。頑張れば腕を持ち上げることもできた。
「ちゃんと聞こえてるかな。君の名前は?」
千歳がろくに反応しないので質問が重ねられる。返事をしなければと気づき、千歳はゆっくり口を開いた。舌すら重く感じるが、しゃべれないこともなさそうだ。口の中に残る海水の塩辛さを感じながら声を絞り出す。
「佐野、千歳です」
ようやく千歳が反応したことで青年は顔を輝かせた。そばから覗き込んでいる少年も、無表情な顔をわずかにやわらげる。そうか、二人は心配してくれていたのかと気づく。どうもまだ思考が追いつかない。すべてに対して反応が鈍っていた。
「ああ、よかった。ちゃんと意識があるようだね。ええと、サノティ、トシェ?」
確認のためにくり返された発音は、ちょっと聞き流せないほどおかしかった。だるさをこらえて千歳は訂正する。
「さの、ちとせ」
「サノ、ティトシェ」
「ちとせ」
「ティッ……ト、スェ?」
律儀に復唱しながらも、青年は舌を噛みそうな顔になる。だめだこれはと千歳は諦めた。よほど「ちとせ」が難しいらしい。まあ外国人ならしかたない。
それよりも確認すべきことがある。
「あの……私の言葉、わかりますか」
ごく初歩の英会話くらいならできないこともないが、あえて日本語で問いかける。知らないはずの言語を理解できるのが自分だけなのか、相手にもこちらの言葉が通じるのかをたしかめたかった。もし通じなかったらそれはそれで困るなと思う暇もなく、拍子抜けするほどあっさりうなずかれた。
「うん、わかるよ。大丈夫、ちゃんとしゃべれている」
いや、そういう意味で尋ねたわけではない。
彼はまったく違和感を抱いていないようだった。なぜこの状況を不思議に思わないのだろうと、それこそ不思議である。
ここで彼が日本語を習得しているのだろうという発想にならなかったのは、向こうの言葉はどう聞いても日本語ではなかったからだ。耳に届く響きは日本語とはまったく異なる発音だ。違うとわかっているのに理解できる。会話が成立している。いったいなにがどうなっているのやら、完全に理解不能だった。自分の頭がどうにかしてしまったのだろうかと不安になる。
そんな千歳の混乱も知らずに、青年は能天気と言いたくなるほど明るく笑う。
「目を覚ますまでは心配したけど、思ったよりしっかりしていて安心したよ。それで、君はどこの子かな。変わった格好してるし、他の島から来たのか?」
「どこ……」
悩んだところで答えなど見つからない。言葉の謎についてはひとまずおくことにして、千歳は周囲を見回した。どこと聞きたいのはこちらの方だ。
そこは崖に囲まれた岩場だった。海へ目を向ければエメラルドグリーンから紺色へとグラデーションを描いて広がっている。遠い水平線でつながっている空は、最後に見た時よりもさらに明るく透明感があった。周りの崖は小さなビルくらいありそうで、ここから脱出するには泳ぐしかないという場所だった。
――そこまで見ておきながら気づかなかったあたり、やはりまだ思考が鈍っていた。それならばこの二人はどうやってここまでやってきたというのか。服も髪も濡らしていないのだから、泳いで来たわけではないと一目瞭然だ。不自然な状態であることに、この時の千歳は頭が回らなくて気づけなかった。彼らの服装が現代の日本人から見れば変わっていることも、外国人だからでスルーしてしまっていた。
二人ともしゃがみ込んでいるし、千歳は仰向けの状態で支えられている。主に上ばかり見ていたので下にあるものが見えていない。二人の腰に、日本人ならばけして持っていないはずのものが下げられていると気づくのは、もう少しあとになってからだ。
わからないことばかりだとため息をつく千歳の耳に、警笛のようなものが聞こえてきた。そばの二人も気づき、海へと顔を向ける。もしかすると救助の船だろうかと音のもとをさがした千歳は、遠くにぽつりと浮かぶものを見つけた。
海ではなく空に浮かんでいる。飛行機にしては高度が低すぎた。着陸態勢に入っているのだろうか。崖の上に空港がある?
「あ、もう追いついたんだ」
銀髪の青年が呑気な声を漏らした。なるほど彼らの関係者かと、近づいてくるものをぼんやり見ていた千歳は、すぐにそれが飛行機ではないことに気づいた。
フォルムがまったく違う。たしかに左右に翼を広げているが、本体はどう見ても船だ。
白い船体に鮮やかな緋色の帆が張られていた。風をはらんでふくらみ、優美にして堂々たる姿を見せているのは、絵に描いたような古風で美しい帆船だ。
見間違いかと何度もまばたきをし、目をこらしても変わらなかった。それはどんどんこちらへ近づいてくる。舳先に金色の装飾があるところまで見えるようになっていた。
また警笛音が聞こえた。高めの音が、あまり長く響かずすぐ終わる。
「あれ、もしかしてこっちに気づいてるのかな。降りてきてないか」
「……降りてるね」
自分はもしかして、目を覚ましたつもりでまだ夢を見ているのだろうか。二人の会話を聞き流しながら千歳は自身の正気を疑った。それほどありえない光景だった。
ああいうの、ゲームで見たなあ……。
空を飛ぶ船というモチーフ自体はいろんなジャンルに登場する。二次元で見る分にはよくあるパターンだ。しかしそれが三次元となると受けるインパクトが違いすぎた。
あれはいったいどうやって空を飛んでいるのだろう。いくら翼があってもあのフォルムでは、飛ぶための条件を満たしているとはとても思えないのだが。もしや船と見せかけて新型のドローンだろうか。あのサイズでもドローンと呼べるのか。もはやUFO級。さぞやSNSが大騒ぎしているだろう……そういえばポケットのスマホはどうなったかな。生活防水機能はあるけれど海に落ちたのではさすがにアウトな気がする。
あまりの事態に思考が逃避気味になる千歳の前で、船は徐々に高度を下げていった。意外に速度があるようでじきに着水する。あまり音も立てなかった。翼は折りたたみ式らしく、降りると同時に小さくなっていく。完全にたたまれて船体にぴたりと沿わせれば、遠目にはほとんど普通の船と変わらなかった。
千歳たちがいる岩場からはまだかなり離れている。近づきすぎると座礁するからだ。あれでもギリギリまで接近しているはず。普通の船より浅瀬に行けるのは、海上を移動するのでなく空へ飛び立つからか。
次は小船でも出てくるのかと見ている千歳を、銀髪の青年が横抱きにかかえ直して立ち上がった。
「イシュ!」
彼は顔を上げ、空に向かって声を張り上げる。つられて見上げた千歳の視界に、崖の上から飛び出した大きな生き物の姿が映った。
それは千歳たちの頭上を旋回し、翼を羽ばたかせながら降りてくる。近くで見るとさらに大きかった。翼の分を抜いても馬よりずっと大きい。足場の悪い岩場でも上手に場所を選んで着地する。サイやカバ並みに太い四肢を踏ん張り、立派な爪を持つ指で器用に岩をつかんでバランスを取った。
明るい銀緑色の身体がきれいだった。翼は鳥のものに似て、羽毛が生えている。全体的にはトカゲに似た爬虫類系の姿だが、千歳を見下ろす目はやはり鳥に似て丸かった。あ、可愛いかも、と呑気な感想が浮かぶ。
千歳の前に現れた大きな生き物は、どこからどう見ても「竜」だった。漫画にもゲームにも登場するおなじみの西洋風ドラゴンだ。時にラスボスであり、時には神、または主人公の頼もしい仲間であったりもする。そんな幻獣の筆頭格たる竜が、お行儀よく前脚を揃えてお座りをしている。口から火を噴いて威嚇することもなく、きゅるんとつぶらな瞳でこちらを見ながら次の指示を待っていた。
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~
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