『指輪の選んだ婚約者6』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

一迅社アイリス編集部

一迅社文庫アイリス・アイリスNEOの最新情報&編集部近況…などをお知らせしたいな、
という編集部ブログ。

こんにちは!

明日、10月2日はアイリスNEOの発売日音譜
ということで、今月も試し読みをお届けします!!

試し読み第1弾は……
★コミカライズも絶好調!! 大人気シリーズ★
『指輪の選んだ婚約者6 
新婚旅行と騎士の祝福』


著:茉雪ゆえ 絵:鳥飼やすゆき

★STORY★
新婚早々の騒動も落ちつき、近衛騎士フェリクスとますます仲睦まじい日々を過ごすアウローラ。そんなある日、王太子妃リブライエルの故郷に『森の祝福』と呼ばれる珍しい刺繍があることを知る。未知なる刺繍にときめきを隠せないアウローラは、フェリクスにおねだりをして、新婚旅行へ出かけることに! ところが、旅先では不穏な出来事が待ち受けていて……!?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「フェリクス、起こしてあげて」
「……分かりました」

 刺繍と旅についての想像を巡らせているアウローラを微笑ましく見守っていたフェリクスは、苦笑する王太子に頷く。ふ、と小さく息を吐きだすと、自分の目の前に座っている妻の隣にまわり、その耳元にそっと唇を寄せた。

「――ローラ」

 低く熱く、優しい音が、彼の新妻の耳元に降る。唇が触れるか触れないか、吐息で産毛がそよぐほどのところで、彼はもう一度、小さく囁く。

「――私のところに戻ってきてくれ」

 その響きの、甘いことといったら!
 はちみつを煮詰めて作った飴を、コンフィチュールや砂糖菓子と同時に放り込まれたような、飴細工をチョコレートでコーティングして、その上からシロップを流し込んだような。
 その、想像を絶する甘さは、異性にさほど興味のないはずの王太子妃に頬を染めさせ、お硬いラインベルク伯爵夫人すら、ぐらりと大きくよろめかせた。ゼラフィーネは扇の陰に顔を隠して鼻を押さえ、ヴェロニカは咳払いをして、つま先を踏ん張る。うわ、と王太子は顔をひきつらせて一歩後ろに退き、センテンスは顔をひきつらせて鳥肌のたった腕をさすり始めた。
 消音結界の内側には、それほどの衝撃が走ったというのに。
 どっぷりと記憶の中の刺繍に染まっていたアウローラは、「わあ!?」と軽い悲鳴を上げて椅子から飛び上がっただけだった。

「あ……。申し訳ございません、つい、夢中に」
「……さ、さすが」
「あれでこゆるぎもしないとは……」

 我に返り、周囲の唖然とした表情を見つけたアウローラは、慌てて軽く頭を垂れる。
 それによってようやく、フェリクスという『凍れる騎士』の甘すぎる呪縛から解き放たれた一同は、冷や汗を拭いつつ、ぎくしゃくと動き始めた。

「ま、まあ、そういう刺繍があったな、って話だよ!」
「その『隠れ里』には、わたくしでも訪れることは可能なのでしょうか?」
「だ……大丈夫じゃないかな?」

 隠れ里、という言葉に身構えたアウローラだったが、王太子妃の返事はごく軽いものだった。目を丸くしたアウローラに、王太子妃はまるで案内人かのように言葉を続ける。

「えー、こほん。その村が本当の意味で隠れ里だったのは昔の話で、ここ数年は、麓の街との行き来もしているらしいよ。麓の街はラクス・ネムスというのだけど、ビブリオの観光名所のひとつなんだ。標高が王都より高いから涼しいし、ネムス湖に沈む夕日がとってもきれいでおすすめ。名所ではあるけれど知名度はそれほどでもないから、人も少なくてのんびりしていて、過ごしやすい街だね。貴族向けの宿もあったはずだよ。……ただ、村そのものはたどり着きづらい場所にあって、貴族が滞在できるような宿はないと聞いた気がするなあ。あ、ラクス・ネムスにも、『森の祝福』刺繍を模したお土産を作る刺繍工房はあるらしいよ」
「まあ……!」

(い、行きたい……! ……でも、わたしひとりではちょっと行きづらいのよね……)

 アウローラは思わず、いつの間にか右隣に立っていた夫を見上げた。

(フェル様とご一緒できたら嬉しいけど……)

 本音を言えば、今すぐにでも旅に出たいほど、アウローラの心は新しく知った刺繍の存在に湧き立っている。けれど、国内旅行と言えど。女性の一人旅の推奨されない時代であるし、なにより、新婚半年も経たない時期の夫人がひとりで旅行にでかけるというのは、うっかりすると不仲を疑われるという、醜聞になりかねないことだ。
 できれば夫と共に向かいたいが、フェリクスは近衛騎士――つまりは軍人である。日々の任務はみっちりと日程を組まれているので、有閑貴族のように思い立ったが吉日とばかりには出かけられないし、長い休暇の取得も、よほどの理由がなければすぐには難しい。
 ただでさえ、今年の春には婚礼のために、長めの休みを取ったフェリクスである。国内とはいえ、片道で数日かかる土地へ旅行するほどの休みが、果たして取れるものか。

(お仕事、忙しそうだもの。難しい、わよねー……。来年の夏季のお休みとかなら、可能かしら)

 少なくとも今年は無理だろう。アウローラは小さく左右に首を振り、視線を夫から引き剥がした。そんな妻の諦めを感じ取り、フェリクスは小声で妻に囁いた。

「……行きたいんだろう?」
「……いやだ、わたくし、そんなに顔に出ていましたか?」

(そんなに物欲しげな顔をしてたかしら??)

 両手で頬を覆い隠し、アウローラは視線を泳がせる。フェリクスは小さく笑みを浮かべて(またどこかで女官の倒れる音がした)、彼女の頬から小さな手を剥がし、緑の瞳を覗き込んだ。

「そうだな」
「忘れてくださいまし。――お忙しいのは、ちゃんと分かっておりますのよ」
「正直なところを言えば?」
「……そ、それはもちろん、そのう」
「ローラ」

 名を呼ばれ、青い瞳でまっすぐ覗き込まれれば、アウローラは白旗を上げるしかない。

「お許しいただけるなら……新婚旅行、してみたい、です」

 今年の春、クラヴィス領から王都まで、ふたりは一緒に出てきたが、それはもちろん移動がメイン。いわゆる『観光旅行』のとはわけが違う。

(刺繍も見たいけど……、フェル様と旅行、してみたいな)

 思わず窺うように上目遣いになり、アウローラはぽそぽそと本音を口にした。
 フェリクスは、なにやら「とんでもないものをみた」というような表情になり己の額を押さえ――きつく目を閉じ、そして開いた。
 青い瞳には場にそぐわない、固い決意が宿っている。

「殿下、お願いが」
「はいはい」

 王太子は呆れ顔で夫婦を見ていたが、やたらと凛々しい部下の顔つきに肩をすくめて苦笑した。

「クラヴィス夫人、婚礼休暇は特別休暇だから、夏季休暇とは別だよ。騎士団長に聞いても同じことを言うだろうね。――そうだろう、センテンス?」
「ええ、基本的には一生に一度のことですし、郷に帰らなければならない者も多いですからね」

 センテンスも眼鏡の向こうで頷く。
 領地持ちの貴族の婚礼は、領地で挙げることが一般的だ。王都で暮らす地方領主の家柄の子息などは、遠方の実家まで戻らなければならないが、ポルタのように辺境の土地の出身者であれば、ひと月ほどの休みがあってもギリギリ、という者も、少なからず存在した。
 となると、そこに休暇を当て込んでいては、とても間に合わない。自然、『特別休暇』という枠ができ、今では婚礼を挙げる騎士は貴族出身でなかろうとも、最長でひと月半、他の年次休暇とは別に休暇を取得できるようになっているのだ、とセンテンスは続けた。

「クラヴィス領は王都に近い方だからな。むしろフェリクスの婚礼休暇は短い方だった。夏季休暇を取得したところで誰も文句は言わないだろうな」
「ちゃんと夏季休暇を取ればいいよ。――そこで『新婚旅行』? したら良いじゃない。さっきそんな話もしていたでしょ?」
「……お聞きでしたか」

 ゼラフィーネがバツが悪そうな顔をして口ごもる。

「なかなか元気いっぱいな声だったからね」

 王太子はくすくすと笑い、それからアウローラたち夫婦へと向き直った。

「議会が休みの月に合わせて夏季休暇を申請すれば、少し長めに取っても大丈夫だと思うよ。今ならまだ、日程をねじ込めるんじゃない? ――今をときめくクラヴィス夫妻が仕事の都合で新婚旅行に行けない、だなんて、俺たちが責められてしまいそうだからね。ぜひ行っておいでよ」
「お言葉に甘えさせていただきます」

 管理部に所属する事務方の騎士が聞けば、号泣しそうな言葉が聞こえたが、アウローラはぱっと喜びに顔を輝かせた。どうやら、夏の何処かのタイミングで、彼の地への旅行が叶いそうである。

(どうしましょう、本当に行けるとなったら、何を持っていけばいいかしら? 刺繍糸の色見本と携帯用の刺繍道具と、『旧き森の民』関連の図案が載った図案集、それから図案をメモするための画帳とペンと……、ああっ、たのしみ……!)

 雨上がりの夏空のようにキラキラとした満面の笑みで、アウローラは旅の空を思い浮かべる。
 初めての旅行に高揚を隠せない幼子のような、屈託のない笑みを浮かべたアウローラに、王太子夫妻もフェリクスも、柔らかな表情を向けたのだった。

~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~

シリーズ好評発売中です!
①巻の試し読みはこちらへ
 ↓ ↓ ↓
『指輪の選んだ婚約者』を試し読み♪