7月刊の試し読みの第2弾をお届けします
第2弾は
『王女殿下の憂鬱 ドSな魔法騎士と花嫁修業』
著:小柴 叶 絵:みずのもと
ジャンル:ラブコメディ
★STORY★
呪いのせいで、男性恐怖症の王女リディアンヌ。双子の妹姫が家出により、代わりに女王になることを決意。しかし、王位継承には結婚する必要が!? 異性になれるため、ドSな魔法騎士ロランから恋愛指南を受けることになり!?
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「~~エメリア国第十六代女王エルシーリア陛下へ~~
この手紙をお母様が読んでいる頃、私は既に城から脱出しているでしょう。
ずっと、この窮屈な生活から抜け出したかった。私の意思なんかお構いなしで、リディお姉様の代わりに次期女王として育てられた十五年間――いつだって息苦しかったのです。
権力だけを目当てに、次期女王となる私へ媚を売る貴族達。仮面のように顔に張り付けた笑顔が不気味で、誰を信じて良いのかも分からなくなりました。私が初恋を知るよりも先に、見ず知らずの相手と結婚するように命じられた時は、絶望で本当に呼吸が止まるかと思いました。
私には選択する権利も――自由に恋をすることも、許されないのですね。
リディお姉様が羨ましい。鬱陶しい取り巻き達に愛想笑いをする必要もなければ、好きでもない相手と結婚する必要もないのですから。最初から、長女であるリディお姉様が次期女王になっていれば良かったのに……。
身勝手な言い分だと自覚しています。ですが、これ以上自分の気持ちを押し殺すことは、どうしてもできそうにありません。
苦しい思いを我慢してきた分、これからは自由に生きます。城の外の空気はきっと新鮮で、鬱屈とした私の気持ちを晴らしてくれることでしょう。この手紙を読んだ今でも、お母様が私を我が子と思って下さるのであれば、どうか探さないでそっとしておいて下さい。
十五年間、お世話になりました。
~~マリアンヌより~~」
* * *
第二王女兼次期女王マリアンヌの失踪から、一日が経過した。
「……ごめんね、マリィ……」
豪奢な天蓋付きのベッド。こんもりと膨らんだ上質な絹の布団の中からは、「ひっく、ひっく」としゃくり上げるか細い声が漏れていた。
「あなたが家出するほど思い悩んでいると、気付けなかったお姉ちゃんを許して。私達は深い絆で結ばれた、双子の姉妹だったのに……っ」
ぼそぼそと後悔を口にしながら噎び泣いているのは、マリアンヌの姉――エメリア国の呪われし第一王女、リディアンヌ・ローズヴィストだった。
妹が家出したと母から知らされ、置手紙を見せられてからというもの、昨夜からこの調子で泣き続けている。
食事や睡眠もとれないほど傷心中の主を、第一王女専属騎士団のメンバーや、世話係のメイド達は静かに見守っていた。今は一人で思い切り涙する時だろうと、無言で気遣う者。慰めたくても、使用人の立場で王女に軽々しく口を利いてはならないと、厳しく己を戒める者。その心中は三者三様だ。
そんな周囲の配慮など知ったことかと、無遠慮な声が寝室内に響く。
「姫さん、昼飯用意できましたよ」
「……っ!」
次の瞬間、布団の塊がビクッと震えた。
メイドからの声掛けだったら、無反応で泣き続けていただろう。しかし、リディの鼓膜を震わせたのは、女性の声帯からは決して出ない重低音だった。そう――一歳の生誕祭で呪われてからというもの、存在自体が恐ろしくて堪らない男性の声だ。
「ほーう、無視ですか? 昼食の給仕なんざ、俺の仕事に含まれてないんですがねぇ。珍しくサービス精神大放出したってのに、この仕打ちは酷いわー」
深淵の魔女イザベラから受けた呪いの影響で、リディは深刻な男性恐怖症に陥っている。
こうして、異性の声を聞いているだけでも身体が震えるほどだ。廊下で男性と鉢合わせただけでも、三秒で卒倒する自信があるので、ここ何年も自室に引きこもって暮らしていた。
(酷い仕打ちをしているのはどっちよ!)
私が男性恐怖症だって知ってるクセに、ノックもせず乙女の寝室へ入って来るだなんて! 男性恐怖症ではない女性に対しても、失礼にあたる行為だわ――など等。リディは内心でこれでもかと憤慨する。
第一王女専属騎士団は【白百合】と呼ばれ、女性騎士のみで編成されている。男性の騎士を護衛として周囲に配置しては、リディの神経が衰弱してしまうだろうと、最大限の配慮が成された結果だ。――しかし、例外が一人だけ存在した。
五年前。王国主催の御前試合にて、武芸部門と魔法部門で同時優勝を果たした青年がいる。
彼の名前はロラン・リオネス。女王エルシーリアから実力を買われ、騎士団と魔導師団、両組織に籍を置く稀有な人物だ。ロランに与えられた【魔法騎士】という役職名も、今は彼しか名乗る者がいない。それだけ、武芸と魔法を同等に扱える者は少ないのだ。
深淵の魔女イザベラは、王城の地下牢に捕らえられている。だからと言って、今後もリディに呪いを掛けようとする不届き者の襲撃がないとも言い切れない。特別に結成した白百合騎士団も、男性が相手では力で圧倒される可能性もある。
そこで、あらゆる武術に優れ強力な魔法も使えるロランが、第一王女唯一の男性護衛役に選出されたのだ。
「そうか、そうか。こんなにも心優しい部下を、姫さんはあくまで無視するおつもりなんですね。あんまり意地の悪いことをしてると、しまいにゃ俺も泣きますよ?」
まぁ、嘘ですけど。
即座に自身の発言を撤回する飄々とした口振りに、プルプルと拳が震える。異性に対しての恐怖に加えて、デリカシーのないロランへの怒りが湧(わ)き起こった。
(意地悪なのはロランの方でしょ!)
今は、誰かと喋る気分なんかじゃないのに。
だからと言って、いつまでも自分がだんまりを続けていたら、この男は延々と部屋に居座り続けるだろう。こちらの気持ちを察していても、決してその通りにはしない。それが、ロラン・リオネスという人間だ。非常に〝良い性格〟をしている。
仕方ないとため息を一つ落として。
泣き濡れた顔を枕に押し付けたリディは、布団の中からもごもごと、
「……お願いだから、一人にして。食欲がないの……」
涙で潤む掠れた声で端的にそう告げた。
返答をしたのだから、これで無視したことにはならない。「さぁ、早く部屋から出て行って」と、リディが身を丸めて祈っている時だ。
「あー、すみません。俺、急に耳が遠くなったみたいです。姫さんが何言ってんのか、ぜーんぜん聞こえませんでした。――いや、違うか」
そこで、ロランの口調に変化が生じる。
やる気のない間延びした声音に、確かな愉悦の色が混じった。これは彼の中に存在する、ドSスイッチが押された証拠だ。
途端、リディは蒼褪める……が、時既に遅し。
「姫さんの声が聞き取り難いのは、真っ昼間から布団なんかに包まって、いつまでもウジウジ泣いてるのが原因ですね。つーわけで、その邪魔な布団を剥ぎ取っちまいましょうか」
「ひいっ!? や、止めて!」
「えーっ、なんです? 今、なんか言いました? 声がちっさくてまーったく聞こえませんでしたよ。あぁ、昨日から飯抜いてるせいで、そんな蚊みたいな声しか出せないんですね? 分かります、分かります。俺も朝飯くいっぱぐれた時の早朝訓練で、『もっと腹から声を出せんのか!』って上官に怒鳴られますから」
「ち、違うわ! それ、まったくの見当違いだから!」
泣き過ぎて痛む喉から、ガラガラの声を絞り出して叫ぶ。今の音声なら、確実に聞こえているはずなのに、ロランは相変わらず「聞こえませんねぇー」と繰り返す。
この大嘘吐き! と、リディは心の中で絶叫した。
「腹が減っては何とやら。いい加減、赤ん坊みたいにぐずってないで、飯くらい食いましょうよ。それとも、飯の食い方まで忘れちまいましたか?」
ふかふかの絨毯を踏み締めて、重い軍靴の音が近付いてくる。
「仕方がないですねぇ。一人で飯も食えない姫さんのために、俺が手ずから食事の方法を教えてあげますよ」
「ちょ、ちょっと待って! こっちに来ないで!」
焦って悲鳴染みた声を上げるが、ロランの歩みは止まる気配がない。
それどころか彼は、とびっきり甘いベルベットボイスで、
「御所望ならば口移しで、最後まで綺麗に食べさせて差し上げますが?」
滅多に使わない堅苦しい敬語で、睦言を囁くようにそう言った。
普通の女性ならば一撃で魅了される台詞だろう。しかして、リディの反応はと言えば――それまで包まっていた布団から飛び出し、枕をしっかりと胸に抱えたまま、「ひぃぃぃっ!」と脱兎の如く部屋の隅まで逃げた。
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~