今週末にはいよいよ7月の新刊が発売されます
お待たせしました。今月も立ち読みを開始いたします☆
第1弾は
『引きこもり魔女の結婚 祝福は黒衣の悪魔と幽霊城で』
著:三国 司 絵:藤 未都也
ジャンル:ラブファンタジー
★STORY★
グラミール山で暮らす魔女ルーナの元に、"黒き衣の悪魔"と呼ばれる王子・ローナイトが求婚にやってきた。「"魔女"の肩書きを利用する」と偉そうな彼に、ルーナは決闘に勝てば結婚してやると返すけれど……!?
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「約束して。私が勝ったら、結婚は諦めてさっさと帰ってよね」
きつい口調でルーナが言うと、ローナイトもこう返してきた。
「ならばお前も約束しろ。俺が勝ったら大人しく求婚を受けると」
「ええ、いいわよ。あなたが勝ったら、ね」
ルーナは賭けが成立した事に内心ほくそ笑むと、構えていた両手を自分のすぐ前の地面へと向けた。
白い手のひらから真っ赤な炎が噴出し、熱気を伴いながら、まばらに草の生えた土の上で大きな塊となる。ルーナの手から離れたそれは、むき出しの心臓のように二度脈打つと、次の瞬間にはさらに大きく膨らみながら渦を巻くように天へと昇っていった。
「炎の大蛇……ッ!?」
周りで見守っていた金髪の騎士が、驚愕を隠さずに叫ぶ。ルーナの出した炎は、まさにとぐろを巻いた巨大な蛇の形を成して、ローナイトたちを睨めつけていた。
「近くにいると熱いわね」
こんな大げさな魔法を使うのは久しぶりだったが、上手くいって満足する。
ローナイトは軽く目を見開きながらも、剣から手を離す事はない。自分より何倍も大きい炎の蛇と本気で対峙する気でいるらしく、ルーナはいっそ感心してしまった。彼に怖いものはないのだろうか。
「何だよ、これ……」
「勝てるわけない」
しかしローナイトとは違い、後ろの方で馬と共に山の木々に紛れている兵士たちは、大蛇を目にして腰を抜かしそうになっていた。こんな怪物、本の中の挿絵でしか見た事がないのだろう。
「……ば、化け物だ」
ルーナの耳に、一人の兵士の呟きが風に乗って聞こえてきた。
他人の反応を気にして生きてきたルーナだから気づいたのかもしれないが、他の兵士の声には驚きと恐れが含まれているだけなのに対し、その兵士の言葉には嫌悪が混じっていた。
思わず、ローナイトから、遠くにいる兵士たちの方へと視線を移す。
ほとんどの兵士は顔を青くして炎の大蛇を見上げているのに、地味な容姿の一人の兵士だけが、表情を歪めてルーナを見ている。先ほどの呟きの主だ。
彼は大蛇に向かって罵ったのではない。あれを創り出したルーナの事を化け物だと言ったのだ。
「あの女は人間じゃない……化け物だ」
相手はまさかルーナに聞こえているとは思っていないのだろう。距離があるのでルーナがそちらを注視している事にも気づいていない様子だ。
――得体のしれない気味の悪い生き物。
本音が全て表れた彼の視線が刺のように突き刺さり、ルーナの心臓の柔らかな部分を深く抉った。
陰では何を言っているか知らないが、人間たちはルーナを怖がり表立って罵倒する事はしないし、最近は人との接触を避けて引き篭っていたので、ここまで露骨な言葉を受けたのは久しぶりだった。
『こんな子、私の子どもじゃない。すり替えられた化け物の子よ!』
小さい頃、母に言われた言葉を思い出す。
両親はたとえどんなに無害なものでもルーナが魔法を使う事を厳しく禁止したのに、その言いつけを従順に守っても愛してくれる事はなかった。
拒絶して、罵倒して、嫌悪だけを与えて、そして捨てた。
昔の事を思い出して、ルーナは表情を歪めた。剣を突き立てられたように心が痛む。
(他人が私を化け物だと言うなら、その通りに振る舞うだけ)
炎でできた大蛇の表皮が、風に煽られて激しく燃え上がる。狂いそうなほど深いルーナの悲しみに呼応して、耳をつんざく咆哮を上げた。
大蛇は鎌首をもたげて、全てを焼き尽くそうと動き出す。
「ティッキー、逃げる用意をして」
家の中にいる唯一の味方に言う。
自分の魔法でも火傷はするため、荒れ狂う大蛇の側にいては危険だ。
ルーナはティッキーに乗って飛び去るつもりだが、大蛇を放ったままローナイトたちごと山一つを炭にすれば、もう二度と魔女に近づく者はいなくなるだろう。利用しようと企む者すらもだ。
今までどんなに憎たらしい人間と出会っても人の命を奪うような魔法を使った事はなかったけれど、今は何もかもが嫌になった。
やりきれなくて、全てがどうでもいい。全部壊して、いっそ本当に恐ろしい魔女になった方が楽なのではと思えた。
しかしルーナが炎の大蛇にさらに魔力を注ぎ、凶暴化させようとした時、目の前にいたローナイトが余裕の表情を崩さずに呟いた。
「化け物、か」
ローナイトも自分の部下の発言を聞いていたのかもしれない。彼は巨大な蛇を見上げながら、誰に語りかけるでもなく、飄々とこう言ったのだ。
「俺は逆の事を思ったがな。魔女なんて言うからどんな化け物なのかと構えていたが、なんてことはない。馬鹿でかい炎の蛇を操ったりするだけの――ただの女だ」
一旦言葉を切って、静かに続ける。
「恐れる事はない」
唇の端を上げてローナイトは不敵に笑った。けれど声の誠実さから、ルーナを見くびっての発言ではないのだと分かる。
彼は魔女を化け物だとは思っていない。人間として認めているのだ。
「なっ……」
ルーナは思わず絶句した。心臓が一度大きく跳ねる。
(私が、“ただの”女……?)
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~