「気づき」と「人間力」の教育 一尾塾の一尾 茂疋(いちお しげひこ)です。
「勇気はいかに回復されるのか」を読んでいます。
今回は第三章「勇気のくじき方」から
子どもを罰する
「子どもを罰しなさい。そうすれば、子どもたちは、大人は強く、子どもは弱いことを学ぶだろう。
(それでも子どもは自分が)重要であることを見せようとすることをあきらめないだろうが、必ず失敗すると感じるようになるだろう。」
罰をあたえるという行為は、今でも日常茶飯事に行われているだろうと思います。家庭、学校、会社問わず。かくいう私も以前は・・・・
おそらく目の前の課題のことだけを考えて、それをクリアするために「罰」という道具を使っているということが多いような気がします。
まだそれが自覚していればいいですが(それはそれで問題でもありますが)、それがあたかも当たり前のようにしてしまっていることもあるようです。
その目の前の課題をクリアすることだけに目を向けてしまって、それによって失われるものを自覚していない。
そして、さんざん罰しておいて、
「この子はなかなかやる気がおきないんですよ~」
それこそ当たり前です
自分は失敗するだろうと思っているし、
失敗したら罰せられると思っているだろう人が、何かにやる気を出すとは到底思えませんが、それでも「罰」が大好きなんでしょうね~
もっと「罰をあたえる」ということが何を引き起こすのかということを考える必要があるのだと思います。
どうすればいいかは、もっとあと。次の章になると思います。
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