人生に大きな転機というのはいくつか訪れるかと思いますが、人との出会い、またそこで交わされた言葉のやりとりが大きな役割を果たすのは言うまでもありません。
私もかつてそのような体験をしました。
かれこれもう10年ほど前になります。
約1週間の有給をとり、イタリアにいったときのことです。
社会人になってはじめての海外旅行でしたが、学生時代のバックパッカー旅の感覚が抜けておらず、同様の格好でイタリアに行きました。
バックパッカーらしく、着替えは3,4日分くらいしかもって行かず、あとは洗えばいいだろうと思っていました。
私がいったと土地はピエトラリグーレというジェノバの少し西にある地中海沿いの小さな町でした。
(このブログの写真がそれです。)
とてもきれいな街でした。日本でいうと、伊豆といったところでしょうか。地元イタリアの方や隣のフランスの方が休みを利用してくるようなところでした。
街の中心に教会があり、古い町並みがそのままあり、狭い路地が走っていました。
行った時期も夏休みを過ぎたころだったので、いい意味で閑散としていました。
そんななか、ホテルの方にコインランドリーはあるか?と聞いたら、聞いたことがないという返答・・・
たしかにこんな家庭的な町にコインランドリーがある必要はないかと思いつつ、町にでましたが、いっこうに見つかる気配がありませんでした。
仕方がないので、近くにあったクリーニング屋に入りました。
当然英語は通じないので、がんばって覚えた片言のイタリア語を練習してから入りました。
やはりうまく通じないもののなんとかジェスチャーで伝えました。
さすがに服一式をクリーニングに出す人はあまりいないらしく、ちょっと驚いていましたが、
こちらががんばってイタリア語で伝えると、とてもよい笑顔で引き受けてくれました。
なんだか久しぶりに人とコミュニケーションをとるのに一生懸命になった気がしました。
翌日、その町を出ることになっていたので、洗濯物をとりにいくと、さすがに日本人が珍しかった様子で、わたしのことを覚えていてくれました。
今日たびだつことになっていると話すと、なんだか少しだけ悲しそうな顔をして、気をつけてねといってくれました。
本当に短い会話のなかでしたが、なんだかとても心が温かくなりました。
言葉の力、人と会話するということの力を確認できた出来事でした。
帰りの飛行機のなかで、今回の旅で改めて確認できた大切なことをしっかりと心に持ち続けることができる気がしたので、自分の前からやりたかった仕事につこう!と決心しました。