2010 びわ湖大花火大会 写真

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機材を用意しての花火の撮影は、今回が初めてだった。
打ち上げ場所Bの近くに陣取ったんだけど、残念ながら、18mmの画角をしても入りきらない。
・・・・近すぎた。(ノ_・。)
だから、打ち上げ場所Aを撮影。
α350のライブビューって液晶画面で取るつもりだったんだけど、
今まで、夜景の撮影などしたこと無かったのだ・・・しかも連写なんて・・・液晶表示が邪魔して、
追いつかない。(ノ_-。)
仕方なしに、ファインダーをのぞきながら撮ろうとしたんだけど、
・・・メガネ忘れた。(ノω・、)
もちろん、オートフォーカスなんて使えないから、目見当でピント置き。
ってなわけで、気に入るのが一枚もありません。( p_q)
意外と色が飛んでるので、Photoshop で、補正しても良いんだけど、
そんな気力の湧く写真がない。(/TДT)/
今後、瀬田の唐橋、石山寺もありますので、練習してみます。































島村楽器 HISTORY HEG120
こないだ草津のイオンの島村楽器に、なんと言うことはなく寄ってみて、教則本を見たり、
使い方は全然解らないのに、エフェクターを見たりしてたんだけど、
ギターは、見ても欲しいものなんかないだろうと思ってたんだけど、あったんだよ。
HISTORYは、島村楽器のオリジナル企画ブランドです。地味ですが、作りの良いものが多いと思います。
本体は、ほとんどテレキャス型で、棹はフォークギター(エレキと幅は一緒で、ちょっと裏が丸くて太い)、
重さはフォークギターという何とも不思議なもので、音がエレ・ガットギターなんだ。
見た感じは、色も、木目も、気持ち悪くて、全然、気に入らない・・・
・・・ヘビメタ系みたいでほんと全然気に入らない。
ちょっと触るだけのつもりだったんだけど・・・・、
フェンダーのアンプに通してくれたんだけど、全然、わかんない女の子で、
めっちゃ歪んだ音にセットして、「はい。どうぞ」(^▽^)・・なんて・・・めっちゃお茶目!(^▽^;)
って、冗談じゃなく、あいつ、絶対、エレキと間違えてた・・・・見た感じ確かにそうなんだけど。
このギター、アンプを通さないと生鳴りは全然ないです。
アンプを通しても、完全なガットの音じゃないので、リバーブ系だけより、
ちょっと、ローランドのコーラス系みたいなエフェクトかけたほうが気持ちよさそうです。
感じとしては、こういう用途ではないと思うけど、こないだ紹介したチェットの
こんな感じだね。こっちは棹もガットみたいな感じだ・・・・高価そう。
弾き心地は、ちょっと弦高が高くて、弦の太さの割に幅が狭すぎるので、違和感はあるんだけど、
ガットを使うことを考えると天国のような操作感だ。
仕上がりは、手作り感の片鱗もない工業製品のような感じ。如何にも、国産という感じだけど、
ほんとに国産かどうかは知らない。サークルフレッティングシステムというのは、フジゲンの特許だから、製造はフジゲンかもしれない。
それにしても、鳴らないのでどうしてかと思ったんだけど、よく考えると、
ぼくは、右手の指爪も、左手と一緒で深爪ギリギリに切ってるのでした。
スチール弦だと張りがあるので、指ではじいただけでそこそこ鳴ってしまうのです。
ぼくは、爪に弦がひっかかる感じが、背中に寒気が走るように感じてしまうので、
爪を伸ばしたことがないのでした。
ガット弾くひとは、爪伸ばして気持ち悪いと思ってましたが、意味がよく解りました。
ガットの弦は、弦がフニャフニャしていて、爪で弾かないと指だけでは鳴りません。
低音弦もゆるゆるで踊りまくる。ポーンという感じじゃなく、びよ~んという感じだ。
これがギターのせいと言うより、弦の持ち味でしょう。
棹の使いにくさに驚いて・・・今までガット本気で触ったことがないのでした。
これだけ弦がふにゃふにゃだったら、ピックで弾いても、早弾きには向かないだろうねぇ・・・。
まぁ、見た目の色なんかは今風なんだけど、若い子は全然興味ないだろうねぇ・・・。
これくらいのほうが、しっかり押弦しないと鳴らないので、スケール練習やコードの練習に持ってこい。
重さは変わらないけれど、持ち運びが体積半分くらいなのでめっちゃ楽!
おまけに、「もう、生産終了ですよ!」・・・・ しかも、価格もセールで思い切った割引額。
ということで、買ってしまいました。
・・・せんせ、来週からこのへんてこなギターで行きます。o(^-^)o
たぶん、使用例としては、こっちの使い方のほうが少しまともか・・・・?
文化屋楽器店の親父・・・オモロ杉

税抜き@29,900の違うギターだけど、このおっちゃんもカッコいい!・・・大笑いや!(=⌒▽⌒=)
P.S.
昨日は、演歌の似合わないギターだけど宿題やらずに、「大阪しぐれ」とか「浪速恋しぐれ」とか、
都はるみ系をメロディー思い出しながら、コード探しながらやってましたわ・・・。 (* ̄Oノ ̄*)
それにしても、このギターチューニングがあわねぇ・・・週末に弦換えよっと。
・・・よけい合わなくなる気もするけど・・・・。
使い方は全然解らないのに、エフェクターを見たりしてたんだけど、
ギターは、見ても欲しいものなんかないだろうと思ってたんだけど、あったんだよ。
メーカー名:HISTORY 型番:HEG120 税込販売価格: 99,750円
トップ:キルトメイプルonバスウッド(アーチド加工)、サイド&バック:ソリッドマホガニーくり抜き、ナット:牛骨オイル漬け、ブリッジ:ウェンジ、指板:ウェンジ、サークルフレッティングシステム採用。 新開発のピックアップ&プリアンプ「LPG-1」により音の分離がよく、ローノイズ&ハイパワーを実現しました。エレキからの持ち替えもスムーズなシェイプ&ネックになっております。
HISTORYは、島村楽器のオリジナル企画ブランドです。地味ですが、作りの良いものが多いと思います。
本体は、ほとんどテレキャス型で、棹はフォークギター(エレキと幅は一緒で、ちょっと裏が丸くて太い)、
重さはフォークギターという何とも不思議なもので、音がエレ・ガットギターなんだ。
見た感じは、色も、木目も、気持ち悪くて、全然、気に入らない・・・
・・・ヘビメタ系みたいでほんと全然気に入らない。
ちょっと触るだけのつもりだったんだけど・・・・、
フェンダーのアンプに通してくれたんだけど、全然、わかんない女の子で、
めっちゃ歪んだ音にセットして、「はい。どうぞ」(^▽^)・・なんて・・・めっちゃお茶目!(^▽^;)
って、冗談じゃなく、あいつ、絶対、エレキと間違えてた・・・・見た感じ確かにそうなんだけど。
このギター、アンプを通さないと生鳴りは全然ないです。
アンプを通しても、完全なガットの音じゃないので、リバーブ系だけより、
ちょっと、ローランドのコーラス系みたいなエフェクトかけたほうが気持ちよさそうです。
感じとしては、こういう用途ではないと思うけど、こないだ紹介したチェットの
こんな感じだね。こっちは棹もガットみたいな感じだ・・・・高価そう。
弾き心地は、ちょっと弦高が高くて、弦の太さの割に幅が狭すぎるので、違和感はあるんだけど、
ガットを使うことを考えると天国のような操作感だ。
仕上がりは、手作り感の片鱗もない工業製品のような感じ。如何にも、国産という感じだけど、
ほんとに国産かどうかは知らない。サークルフレッティングシステムというのは、フジゲンの特許だから、製造はフジゲンかもしれない。
それにしても、鳴らないのでどうしてかと思ったんだけど、よく考えると、
ぼくは、右手の指爪も、左手と一緒で深爪ギリギリに切ってるのでした。
スチール弦だと張りがあるので、指ではじいただけでそこそこ鳴ってしまうのです。
ぼくは、爪に弦がひっかかる感じが、背中に寒気が走るように感じてしまうので、
爪を伸ばしたことがないのでした。
ガット弾くひとは、爪伸ばして気持ち悪いと思ってましたが、意味がよく解りました。
ガットの弦は、弦がフニャフニャしていて、爪で弾かないと指だけでは鳴りません。
低音弦もゆるゆるで踊りまくる。ポーンという感じじゃなく、びよ~んという感じだ。
これがギターのせいと言うより、弦の持ち味でしょう。
棹の使いにくさに驚いて・・・今までガット本気で触ったことがないのでした。
これだけ弦がふにゃふにゃだったら、ピックで弾いても、早弾きには向かないだろうねぇ・・・。
まぁ、見た目の色なんかは今風なんだけど、若い子は全然興味ないだろうねぇ・・・。
これくらいのほうが、しっかり押弦しないと鳴らないので、スケール練習やコードの練習に持ってこい。
重さは変わらないけれど、持ち運びが体積半分くらいなのでめっちゃ楽!
おまけに、「もう、生産終了ですよ!」・・・・ しかも、価格もセールで思い切った割引額。
ということで、買ってしまいました。
・・・せんせ、来週からこのへんてこなギターで行きます。o(^-^)o
たぶん、使用例としては、こっちの使い方のほうが少しまともか・・・・?
文化屋楽器店の親父・・・オモロ杉

税抜き@29,900の違うギターだけど、このおっちゃんもカッコいい!・・・大笑いや!(=⌒▽⌒=)
P.S.
昨日は、演歌の似合わないギターだけど宿題やらずに、「大阪しぐれ」とか「浪速恋しぐれ」とか、
都はるみ系をメロディー思い出しながら、コード探しながらやってましたわ・・・。 (* ̄Oノ ̄*)
それにしても、このギターチューニングがあわねぇ・・・週末に弦換えよっと。
・・・よけい合わなくなる気もするけど・・・・。
レッスン その4
宿題は、座学のコードダイアグラムの作成しかできてなかった。
やっぱ、最初は、スケール練習から、・・・・というより、オルタネイトピッキングの練習だね。
ひとから、教わることのない歳になって、教わってもなかなか出来ないと言うのは、
辛いものがあります。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
あとは、前回できなかったFキーのブルースを・・・。
Fというのは、今までほとんどやったことのないキーだけど、
こういうときは、ギターというのはフレットが移動するだけで、フォームが一緒なので楽ちんです。
2から4音くらいの短いフレーズを、先生のバッキングに乗せて、色んな組み合わせ、リズムバリエーションに展開する。
2~4音だけしか使えなくても、結構遊べるものです。 で、先生と4小節ずつ交代したり・・・・。
音があんまり使えないものだから、途中でチョーキングしてギュィーンとか、ドドドとか、
ペンタで、ルートや5度の止めをやりたくなる欲求がこみあげてくるけど、・・・なんとか、
冷静に終えられました。
宿題は、新しいスケールポジション1 個と、Fのブルースのベースラインとコードを覚えてくること。
ベースラインは、まあ良いとしても、先生のコードは、妙ちくりんなフォームばっかなので、
往生しそうです。(ノ_・。)
やっぱ、最初は、スケール練習から、・・・・というより、オルタネイトピッキングの練習だね。
ひとから、教わることのない歳になって、教わってもなかなか出来ないと言うのは、
辛いものがあります。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
あとは、前回できなかったFキーのブルースを・・・。
Fというのは、今までほとんどやったことのないキーだけど、
こういうときは、ギターというのはフレットが移動するだけで、フォームが一緒なので楽ちんです。
2から4音くらいの短いフレーズを、先生のバッキングに乗せて、色んな組み合わせ、リズムバリエーションに展開する。
2~4音だけしか使えなくても、結構遊べるものです。 で、先生と4小節ずつ交代したり・・・・。
音があんまり使えないものだから、途中でチョーキングしてギュィーンとか、ドドドとか、
ペンタで、ルートや5度の止めをやりたくなる欲求がこみあげてくるけど、・・・なんとか、
冷静に終えられました。
宿題は、新しいスケールポジション1 個と、Fのブルースのベースラインとコードを覚えてくること。
ベースラインは、まあ良いとしても、先生のコードは、妙ちくりんなフォームばっかなので、
往生しそうです。(ノ_・。)
チェット・アトキンス Chet Atkins
1950年~60年生まれくらいのギター小僧にとっては神の領域のひとなんだ。
なぜに今この人かというと、昨日、iTunes で、アール・クルーをダウンロードしたんだけど
The Earl Klugh Trio vol.1
(アールは、デビュー後、数年しかフォローしてなかったんだけど。こいつはいつもの彼とはちょっと違う。)
これがまた、シンプルでたまらなく良い。
彼が、チェットを大変尊敬してたのを、思い出したんだ。
・・・こうして聴くと、ガットでジャズ系というのも、多いにありですなぁ・・・。
なぜに今この人かというと、昨日、iTunes で、アール・クルーをダウンロードしたんだけど
The Earl Klugh Trio vol.1 (アールは、デビュー後、数年しかフォローしてなかったんだけど。こいつはいつもの彼とはちょっと違う。)
これがまた、シンプルでたまらなく良い。
彼が、チェットを大変尊敬してたのを、思い出したんだ。
・・・こうして聴くと、ガットでジャズ系というのも、多いにありですなぁ・・・。
ウィキペディアより引用基本情報
出生名 Chester Burton Atkins
別名 ミスター・ギター
出生 1924年6月20日
出身地 アメリカ合衆国 テネシー州
死没 2001年6月30日(満77歳没)
ジャンル カントリー ジャズ
担当楽器 ギター
レーベル RCAレコード,コロムビア・レコード
公式サイト misterguitar.com
著名使用楽器 カントリー・ジェントルマン(ギブソン)、カントリー・ジェントルマン(グレッチ)、
6120(グレッチ)、6122、テネシアン(グレッチ)、テネシアン(ギブソン)
チェット・アトキンス(Chester Burton Atkins、1924年6月20日-2001年6月30日)は、アメリカのギタリスト。基本的にはカントリー・ミュージシャンだが、ジャズやブルースからの影響も吸収し、また、後のロック・ギタリスト(ジョージ・ハリスン、スティーヴ・ハウ等)にも大きな影響を与えた。生涯において、13作品(他アーティストとの連名も含む)でグラミー賞を受賞し[1]、1993年にはグラミー賞のLifetime Achievement賞も受賞[2]。
来歴
テネシー州生まれ。父はヴァイオリンやピアノを弾け、母違いの兄もギターを弾けることもあり、チェットも早くから音楽に目覚めていった。最初はウクレレを始め、やがてギターに転向。しかし、少年時代は喘息を持っていたため、父と共にジョージア州に移る。
1939年、マール・トラヴィスというギタリストの演奏をラジオで聴き、衝撃を受けたチェットは、我流でマスターしようとする。そのことが、チェット独特のピッキング・スタイルの元となっていった。そのため、デビュー当時は「マール・トラヴィスの真似事」と批判されたこともある。
ハイスクール卒業後は、ラジオ番組でギタリストとしての仕事を得る。この頃、クラシックのアンドレス・セゴビアや、ジャズ畑のジャンゴ・ラインハルトを知り、影響を受けていった。
1946年、初めてシングル・レコードを発表。ほどなくRCAビクター(後のRCAレコード)と契約し、チェットの黄金時代に繋がっていく。アルバム『A SESSION WITH CHET ATKINS』(1954年)が高く評価され、1955年にはシングル「Mister Sandman」がカントリー・チャートの13位にランク・イン。これによりチェットは大きな名声を得た。
また、自己名義での活動以外にも、スタジオ・ミュージシャンとしても活動。エルヴィス・プレスリーの大ヒット曲「Heartbreak Hotel」等、多くの曲に参加した。
1967年のアルバム『PICKS THE BEST』は、グラミー賞のベスト・ポップ・インストゥルメンタル部門を受賞。チェットにとって初のグラミー受賞となった。
ジェリー・リードとの共演作『ME & JERRY』(1970年)は、グラミー賞ベスト・カントリー・インストゥルメンタル部門を受賞。1973年には、日本歌曲のカバー・アルバム『日本の詩(DISCOVERY JAPAN)』を発表。
『CHESTER AND LESTER』(1976年)は、チェットにとって憧れの存在であったレス・ポールとの連名のアルバムで、同作もグラミー賞受賞に至った。
1979年、品質改善が見込めないとしてグレッチとのエンドーズ契約を解消する。以降はギブソン製のギターを使用する。ギブソン契約前にはフェンダーなどの他社のギターも使っていた(チェットがソリッドボディのギターを弾くのは非常に珍しい)。
1982年、長年籍を置いてきたRCAレコードを去り、コロムビア・レコードに移籍。その後も精力的な活動を続ける。1990年にはマーク・ノップラーとの連名で『NECK AND NECK』発表。
2001年6月30日、癌のためナッシュビルで死去。
2002年、ロックの殿堂のサイドマン部門を受賞。
演奏スタイル
サムピックとフィンガーピッキングを多用して、ギターソロに厚みを出すのが特徴。低音弦(4~6弦)をミュートしながら弾き、高音弦(1~3弦)を指で弾いてメロディとコードを奏でる。この独自のスタイルは自身の名前が付き、チェット・アトキンス奏法と呼ばれている。ビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」におけるジョージ・ハリスンのギターソロは、チェットのスタイルを下敷きとしている。
脚注
^ Chet Atkins>Charts&Awards>Grammy Awards (allmusic.com)
^ Grammy Lifetime Achievement Award
外部リンク
公式サイト(英語)
ロックの殿堂公式サイト内の紹介ページ(英語)
*******************************************
from EN
Country Music Association
1967 Instrumentalist of the Year
1968 Instrumentalist of the Year
1969 Instrumentalist of the Year
1981 Instrumentalist of the Year
1982 Instrumentalist of the Year
1983 Instrumentalist of the Year
1984 Instrumentalist of the Year
1985 Instrumentalist of the Year
1988 Instrumentalist of the Year
Country Music Hall of Fame and Museum
Inducted in 1973
Grammy Awards
1971 Best Country Instrumental Performance with Jerry Reed - Me and Jerry
1972 Best Country Instrumental Performance - "Snowbird"
1975 Best Country Instrumental Performance with Merle Travis - The Atkins-Travis Traveling Show
1976 Best Country Instrumental Performance - "The Entertainer"
1977 Best Country Instrumental Performance with Les Paul - Chester and Lester
http://www.youtube.com/watch?v=xut3N2O42Ho
1982 Best Country Instrumental Performance - Country After All These Years
1986 Best Country Instrumental Performance with Mark Knopfler - "Cosmic Square Dance"
1991 Best Country Instrumental Performance with Mark Knopfler - "So Soft, Your Goodbye"
1991 Best Country Vocal Collaboration with Mark Knopfler - "Poor Boy Blues"
1993 Best Country Instrumental Performance with Jerry Reed - Sneakin' Around
1993 Grammy Lifetime Achievement Award'
1994 Best Country Instrumental Performance with Asleep at the Wheel, Eldon Shamblin, Johnny Gimble, Marty Stuart, Reuben "Lucky Oceans" Gosfield & Vince Gill - "Red Wing"
1995 Best Country Instrumental Performance - "Young Thing"
1997 Best Country Instrumental Performance - "Jam Man"
Rock and Roll Hall of Fame
Posthumously inducted in 2002
G6122-1962 Chet Atkins Country Gentleman
1955 Chet Atkins 6120
1964 Chet Atkins Tennessean 6119
Gibson Chet Atkins SST
くろさんと川遊び
じつは、他の趣味の関係で遠征を画策していたのですが、
どうも交通事情を考えると、帰れそうもないのと、
今日は、町内の公園の草刈り清掃の日だったので、断念。(;_;)
で、6時から、「くろ」と散歩して、草刈りやって、
またまた、くろを連れて今年初めての本格的な水泳大会をやってきました。
彼は、水浴び程度は好きなのですが、0歳から、水泳の訓練はしましたので、カナヅチではないですけど、
泳ぐのは嫌いです。・・・こんなことまで、親に似てくるのか・・・不思議なもんです。
このあと、本流に入って30分ほど泳ぎました。
残念なことに、ぼくが泳げるほどの深さはありません。胸くらいまでです。
遠くに見えている橋の向こうは、ぼくでも泳げる深さのところが少しありますが、
田園地帯を流れてくるこんな川で泳ぐ酔狂な人は、ひとりもいません。
子鮎の引っかけ釣りをする人くらいです。
この川もここしばらくの大雨で、川の流れが去年とはだいぶ変わりました。
それに、まだ、流れが速いので、不慣れな人や子供は入らないほうが賢明です。
******************************************
川遊びに不慣れな人に、(自己流なので、保証の限りではない。)
もし、普通の川で流されたときは、とにかく慌てない。
で、ぼくの場合は、無理にジタバタせず、下流に向かって流されるようにします。
そして、だんだんと岸に寄るようにします。流れが速いときは、緩くなるとこまで待ちます。
流れの緩いところまで行ったら、ちょこっと岸に向かって泳ぎます。
慌てて、無理に岸に寄ろうとしたり、流れに逆らって泳いだりするとパニックを起こします。
川の流れは、釣り師のような人なら上から見れば読めます。
けど、立ったままでも川に入ると読みにくくなります。
泳いで、頭だけ出した状態で読むことは、余程修練を積んだ人でないと、無理だと思います。
ぼくは、子供の頃、何度、パニックを起こしたことか・・・、よく生きてたもんだ。(^_^;)
*****************************************
でも、保証できませんので、やっぱり、不慣れな人や子供は入らないほうが賢明です。
何より大事なことは、
ひとりで行かないこと。
上流・下流の様子まで、事前に調べておくこと。
100%自信のないことは絶対しないこと。
これが川で安全に遊ぶ大原則です。
だから、こんな浅い川でも、先々週はてっしゅうして帰りました。
どうも交通事情を考えると、帰れそうもないのと、
今日は、町内の公園の草刈り清掃の日だったので、断念。(;_;)
で、6時から、「くろ」と散歩して、草刈りやって、
またまた、くろを連れて今年初めての本格的な水泳大会をやってきました。
彼は、水浴び程度は好きなのですが、0歳から、水泳の訓練はしましたので、カナヅチではないですけど、
泳ぐのは嫌いです。・・・こんなことまで、親に似てくるのか・・・不思議なもんです。
このあと、本流に入って30分ほど泳ぎました。
残念なことに、ぼくが泳げるほどの深さはありません。胸くらいまでです。
遠くに見えている橋の向こうは、ぼくでも泳げる深さのところが少しありますが、
田園地帯を流れてくるこんな川で泳ぐ酔狂な人は、ひとりもいません。
子鮎の引っかけ釣りをする人くらいです。
この川もここしばらくの大雨で、川の流れが去年とはだいぶ変わりました。
それに、まだ、流れが速いので、不慣れな人や子供は入らないほうが賢明です。
******************************************
川遊びに不慣れな人に、(自己流なので、保証の限りではない。)
もし、普通の川で流されたときは、とにかく慌てない。
で、ぼくの場合は、無理にジタバタせず、下流に向かって流されるようにします。
そして、だんだんと岸に寄るようにします。流れが速いときは、緩くなるとこまで待ちます。
流れの緩いところまで行ったら、ちょこっと岸に向かって泳ぎます。
慌てて、無理に岸に寄ろうとしたり、流れに逆らって泳いだりするとパニックを起こします。
川の流れは、釣り師のような人なら上から見れば読めます。
けど、立ったままでも川に入ると読みにくくなります。
泳いで、頭だけ出した状態で読むことは、余程修練を積んだ人でないと、無理だと思います。
ぼくは、子供の頃、何度、パニックを起こしたことか・・・、よく生きてたもんだ。(^_^;)
*****************************************
でも、保証できませんので、やっぱり、不慣れな人や子供は入らないほうが賢明です。
何より大事なことは、
ひとりで行かないこと。
上流・下流の様子まで、事前に調べておくこと。
100%自信のないことは絶対しないこと。
これが川で安全に遊ぶ大原則です。
だから、こんな浅い川でも、先々週はてっしゅうして帰りました。
レッスン その3
こないだすっぽかしてしまったレッスンです。_(_^_)_
スケール練習は5弦ルートで始まるポジションと6弦ルートで始まるやつ。
やっぱ、オルタネイトピッキングにひっかかる。(;_;)
流して早く弾けばわかんないんだろうけど、必ず、5音づつで止めるから、必ず、▼で終わる。
やってないとバレバレなんだ。(;_;)
早く弾くともう全然ダメ。(;_;) うらめしそうにせんせの顔を見ても、
曰く、『たまにめっちゃ上手い子が来て、でも、オルタネイトが出来ていない。
まぁ、良いか・・・弾けるんだからと言うことで、ほっとくと、もっと上手くなったとき、必ず、行き詰まる。』
それでも、オルタネイトが辛いので、『そんなに上手くならなくてもいいんですけど・・・』と
余程言いたくなったけど、言えなかった。(;_;)
それと課題曲で異弦同フレットの移動で詰まる。(;_;)
特に5、6弦の小指。
それと人差し指、クスリ指が5弦で、中指、小指が4弦みたいなパターン、これも詰まる。(;_;)
今まで、いかに弾けるようにしか弾いていなかったのがよく解る。(;_;)
あとは、コードの作り方について、学習。テンションが入る以前の15個のコードについて。
これだけでも、結構、複雑な音作りが出来るものだ。
あとそれぞれの使用頻度を少々。これよく使う、これはほとんど使わないとか。
3小節くらいのパターンで、鳴らしながら。
思ったより、道のりは長そうだ。(;_;)
宿題ももらった。・・・次は火曜日。
土曜は、繁忙期の通常集金の日だし、
日曜は別の趣味の件で、朝から夜中まで、遠征予定してるし・・・出来るかなぁ・・・・(;_;)
スケール練習は5弦ルートで始まるポジションと6弦ルートで始まるやつ。
やっぱ、オルタネイトピッキングにひっかかる。(;_;)
流して早く弾けばわかんないんだろうけど、必ず、5音づつで止めるから、必ず、▼で終わる。
やってないとバレバレなんだ。(;_;)
早く弾くともう全然ダメ。(;_;) うらめしそうにせんせの顔を見ても、
曰く、『たまにめっちゃ上手い子が来て、でも、オルタネイトが出来ていない。
まぁ、良いか・・・弾けるんだからと言うことで、ほっとくと、もっと上手くなったとき、必ず、行き詰まる。』
それでも、オルタネイトが辛いので、『そんなに上手くならなくてもいいんですけど・・・』と
余程言いたくなったけど、言えなかった。(;_;)
それと課題曲で異弦同フレットの移動で詰まる。(;_;)
特に5、6弦の小指。
それと人差し指、クスリ指が5弦で、中指、小指が4弦みたいなパターン、これも詰まる。(;_;)
今まで、いかに弾けるようにしか弾いていなかったのがよく解る。(;_;)
あとは、コードの作り方について、学習。テンションが入る以前の15個のコードについて。
これだけでも、結構、複雑な音作りが出来るものだ。
あとそれぞれの使用頻度を少々。これよく使う、これはほとんど使わないとか。
3小節くらいのパターンで、鳴らしながら。
思ったより、道のりは長そうだ。(;_;)
宿題ももらった。・・・次は火曜日。
土曜は、繁忙期の通常集金の日だし、
日曜は別の趣味の件で、朝から夜中まで、遠征予定してるし・・・出来るかなぁ・・・・(;_;)
ぼくのiPhone4は・・・快調!
今何かと世間では、取りざたされているようですが、
ぼくのiPhone4は、問題在りません。
最初からシリコン製のケースに入れてるし・・・。
でもケースに入れると、生でも角張ってるので大きい印象が、尚更大きく感じますけどね・・ちょっとだけ。
なにが良いって、それは電池の心配がだいぶ減ったからです。
スペック上では、
と、ごくわずかの性能アップのようですが、使ってる印象では、倍近く使えるという感じです。
3GSでは、始終電波を見失って、その都度探してたようですが、それが減ったように思います。
だから、電池の容量よりも、アンテナの性能が上がったか、見失ったときの手順が変わったのが効いているんじゃないかという印象です。
・・・確証はありませんよ・・・推測と印象です。
少なくとも、今までの3GSの様に夕方になったら心配と言うことはなくなりました。
・・・・たとえ朝まで飲んでても、・・って、そんな時間に、誰にもかけられないんだけどね。
これなら、ぼくの使い方では、外部電源を用意する必要はありません。
アップルのこの手の電源に関する公式のアナウンスは以下のページに、


このあたりは、スマートフォンを何台も出して、お客に散々しばかれないと良くならないと思う。
スマートフォン買うなら、せめて過去に何台か出してるところのを選んだほうが良いと思う。
但し、会社のぼくの部屋への通話が切れたり電波が届かなかったりは相変わらず。
でも、これは、iPhone3GSの時と一緒。
これは、いわゆるアンテナ問題ではなくてソフトバンクの通信網の問題です。
といことで、ぼくのiPhone4は、いたって快調です。
このページに<table>タグを使ってるのですが、使って吃驚でした。表の頭にへんな改行が一杯出るのです。しばらく悩んで、ソース内の改行を全部削除したら、正常な表示になりました。
アメーバのブログでは、ソース内の改行も、文章の改行として認識するようです。
HTMLで書いて、変な改行が出た場合は、ソース内の改行を疑ってみましょう!
・・・・こんな改行無しのソース読めるか!ってものですけど・・・・。
そうそう、ぼくのページ内の画像クリックでアップした写真に飛ばなかったり、どっかの引用先に飛んだり、画像引用なんかで他所のサイトから直接引っ張ってきたりできてるのは、全部、HTMLでじかに書いているからです。
HTMLが使えるようにると、たとえアメーバのブログでも表現力がうんとあがりますよ。
頑張りましょう!
ぼくのiPhone4は、問題在りません。
最初からシリコン製のケースに入れてるし・・・。
でもケースに入れると、生でも角張ってるので大きい印象が、尚更大きく感じますけどね・・ちょっとだけ。
なにが良いって、それは電池の心配がだいぶ減ったからです。
スペック上では、
| iPhone4 | iPhone3GS | |
| 充電式リチウムイオンバッテリー内蔵 | ||
| USB経由でパソコンまたは電源アダプタを使って充電 | ||
| 通話時間 | 3Gで最大7時間 | 3Gで最大5時間 |
| 2Gで最大14時間 | 2Gで最大12時間 | |
| 連続待受時間 | 最大300時間 | 最大300時間 |
| インターネット利用 | 3Gで最大6時間 | 3Gで最大5時間 |
| Wi-Fiで最大10時間 | Wi-Fiで最大9時間 | |
| ビデオ再生 | 最大10時間 | 最大10時間 |
| オーディオ再生 | 最大40時間 | 最大30時間 |
と、ごくわずかの性能アップのようですが、使ってる印象では、倍近く使えるという感じです。
3GSでは、始終電波を見失って、その都度探してたようですが、それが減ったように思います。
だから、電池の容量よりも、アンテナの性能が上がったか、見失ったときの手順が変わったのが効いているんじゃないかという印象です。
・・・確証はありませんよ・・・推測と印象です。
少なくとも、今までの3GSの様に夕方になったら心配と言うことはなくなりました。
・・・・たとえ朝まで飲んでても、・・って、そんな時間に、誰にもかけられないんだけどね。
これなら、ぼくの使い方では、外部電源を用意する必要はありません。
アップルのこの手の電源に関する公式のアナウンスは以下のページに、


このあたりは、スマートフォンを何台も出して、お客に散々しばかれないと良くならないと思う。
スマートフォン買うなら、せめて過去に何台か出してるところのを選んだほうが良いと思う。
但し、会社のぼくの部屋への通話が切れたり電波が届かなかったりは相変わらず。
でも、これは、iPhone3GSの時と一緒。
これは、いわゆるアンテナ問題ではなくてソフトバンクの通信網の問題です。
といことで、ぼくのiPhone4は、いたって快調です。
このページに<table>タグを使ってるのですが、使って吃驚でした。表の頭にへんな改行が一杯出るのです。しばらく悩んで、ソース内の改行を全部削除したら、正常な表示になりました。
アメーバのブログでは、ソース内の改行も、文章の改行として認識するようです。
HTMLで書いて、変な改行が出た場合は、ソース内の改行を疑ってみましょう!
・・・・こんな改行無しのソース読めるか!ってものですけど・・・・。
そうそう、ぼくのページ内の画像クリックでアップした写真に飛ばなかったり、どっかの引用先に飛んだり、画像引用なんかで他所のサイトから直接引っ張ってきたりできてるのは、全部、HTMLでじかに書いているからです。
HTMLが使えるようにると、たとえアメーバのブログでも表現力がうんとあがりますよ。
頑張りましょう!
『容赦なき戦争』 J.W.ダワー より
容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別 (平凡社ライブラリー)/ジョン・ダワー
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・・・・ん~・・・やっぱ、こっちの内容じゃないよね・・・。(-_-;)
¥1,680 Amazon.co.jpアジアにおける容赦なき戦い
アジアにおける戦争の注目されざる局面は、人種的、軍事的思考のパターンを単に映し出すだけではない。それらはまた、戦いがいかに容赦なきものであったかを想起させるものでもある。太平洋における戦闘のほうがヨーロッパの戦場での戦いよりも残酷であったということは、欧米の戦争特派員が一致して認めるところであった。やるかやられるか、助命もなければ降参もなし、捕虜はとるな、最後の最後まで戦うべし、というのが戦場での教えであり、それが大戦の最後の年にあれほどの流血を招いたのである。一九四四年のなかばには日本の敗北はすでに歴然としていたにもかかわらず、この流血は避けて通ることができなかった。第二次世界大戦が過去の記憶となり、学者たちが当時の公式文書などを掘り起こすようなときには、国の内外で実際に戦闘に参加した人々が一様に抱き、当時の行動や決定に大きな影響を与えた心底からの感情と人種的憎悪という面を、ともすれば見落としがちである。偏見や人種的ステレオタイプが、日本側、連合国側双方で、敵のもつ意図や能力に対する正しい評価を阻むということが往々にして起こった。人種的憎悪が残忍性を煽り、その残忍性が今度は人種的憎悪の火に油を注いだ。他者を非人開化することによって、相手との間に心理的距離が生まれ、それが戦場ばかりか遠く離れたところにいる戦略家たちによって決定される作戦での殺戮を、しごく容易にした。こうした非人開化が、たとえば、通常兵器によろうと核兵器によろうと、民間人を集中攻撃の対象とする決定を容易にする役割を果たしたことは確かである。非常に多くの場合、戦争用語と人種用語が渾然一体となり、単に戦争の残忍性を映し出すばかりではなく、完全に相対立するもの同士の、まさしく二元論的闘争という印象を強めることになった。こうした見方に対する当然の反応は、両者の側における敵の絶滅という強迫観念であり、すなわち容赦なき戦争であった。
それにもかかわらず、両者には共通点もあった。それは単に人種的憎悪や軍事的熱狂だけではなく、戦場における勇気と平和への夢であった。「其ノ所」説はやはり世界を、地位、不平等、階層的分業と報酬という働点からとらえる西洋的思考様式にとっても異質のものではなかった。清浄さと、戦いをとおしての浄化という考え方は、大和民族が培った神秘的一面としてきわだったものではあったが、西洋やアジアの他の諸国でも、しばしば信奉されたものである。すなわち、右派や左派のイデオローグたちが精神的堕落に反対するキャンペーンを打ち上げたり、愛国者たちが聖戦の呼びかけに情熱を燃やしたり、軍国主義者たちが生死を賭けた戦いの純粋性に心おどらせたりという具合にである。相手に「獣性」を見ることは、欧米人のほうが手の込んだ方法をとったものの、いずれか一方のみの属性というわけではない。
最も基本的な生と死に対する態度でさえ、これは当時の関係者の多くがこの点にこそ日本人と欧米人の間に根本的な違いがあると主張したところであるが、よく調べてみると、それほど大差あるものではなかったことがわかる。多くの日本の戦士たちは降伏よりは死を選んだ。これは単に軍部内からの圧力ばかりではなく、連合国側に捕虜にするという意志がなかったという事情から、他にほとんど選択の余地がなかったためである。連合国側にとっては屈辱的な敗北、大量降伏の第一波を経験してからは、連合軍兵士もまた進んで降伏することはほとんどなくなった。まさに太平洋戦争はやるかやられるかの戦いであったために、どちらの側の戦闘員にとっても、生きるか死ぬかの個人的決断はほとんど無意味となった。確かに日本側の軍事指導者やイデオローグたちは、死を礼賛することにかけてはかなりの成功を見たといっていい。それは戦場でのバンザイ突撃や、戦争末期の神風に代表される特攻隊の創設によって明らかである。しかし欧米人も最後まで苦しい戦いを戦いぬく者をたたえ、場合によっては、ウィンストン・チャーチルやダグラス・マッカーサーのような最高指導者たちが、部下の司令官に決して降参するなと命じたこともある。最後の一兵になっても戦う日本人を鼻で笑い、まるで人間ではないかのごとく扱ったアメリカ人でさえ、アラモとかリトル・ビッグホーンとかの敗北の叙事詩は大事にしていたのである。真珠湾攻撃の前夜、ハリウッドで最も人気のあった映画は、カスターの最後の抵抗を描いたエロール・フリン主演の『壮烈第七騎兵隊』であった。
戦争熱が高まる中でこうした共通基盤は見失われ、敵のすることはなんでもユニークで忌むべきものと見なされるようになり、相手を認識するにあたって残虐性の問題がとりわけ大きな部分を占めるようになった。中国と東南アジアにおける日本軍の残虐行為は、連合軍捕虜の扱いとともに、敵の生得的野蛮性の証拠として受けとめられた。同様に日本側は日本側で、日本人の頭蓋骨や骨を収集するというような戦場でのぞっとするような敵の行為を公にすることで、連合軍への憎悪をかき立て、また民間人を対象とする爆撃に対しては、独善性をむき出しにした反応を示した。生きるか死ぬかの戦いの際には、敵の残虐性についての根も葉もない噂を流し敵に対する憎悪をかき立てるというのは、よく使われる手である。しかしながら実際は、傷ついた獣がジャッカルを呼ぶのと同様に、戦争が残虐行為を呼ぶという事実を考えれば、これはきわめて誤解を招きやすい。プロパガンダは、敵の残虐性を捏造するという意味においてではなく、それを相手方だけに特有のものとして描くという意味においてまやかしであるというのが普通である。アジアの戦場における数々の残虐行為の詳細については議論の余地がある。また戦争の大義名分の変化についても、火力と空軍力の新技術がいかに近代世界における残虐行為の意味を変えたかについても議論の余地がある。しかし、カスターやリトル・ビッグホーンの戦いがいかに双方にとって残虐なものであったか誰の目にも明らかなように、太平洋戦争においても両者の側に残虐行為があったことを認識する必要がある。そうした行為およびそれを利用したプロパガンダが、戦争が生む憎悪と人種的憎悪の断ちがたい悪循環を形成し、何十万という人命、日本とアジア諸国の民間人を加えれば何百万という人命が、日本の敗戦が決定的となってからもさらに失われていったのである。
こうした様々な流れから「人種戦争のパターン」は意外な、これまではっきりしなかった事実の積み重ねを明かす、いわば秘蔵文書のようなものとなるわけである。何世紀にもわたって使われてきた、こま切れの言葉やイメージが表面に押し出されてくる。辛辣な言葉が最も辛辣な行為、すなわち戦争と殺人から切り離すことのできないものと見なされる。経験的観察と見なされるものには、神話、偏見、願望が深く入りこんでいることがわかる。「人種」という一見はっきりした範噂も、一般的な「他者」という範疇の中に溶けこんでしまうことが示される。
戦争が終わり、日本と連合国との間に平和の時代が訪れると、一九四〇年代前半の激しい人種的レトリックが、驚くほど適応性のあるものであることが明らかとなった。かつては自己と敵との間の埋めることのできないギャップを意味した言い回しが、和解という目的のためにも使いうることが実証されたのである。すなわち、勝者にとっては猿がペットとなり、子供が生徒となり、狂人が患者となった。日本では清浄さという概念が、軍事的というよりもむしろ平和的な営みと同一視されるようになり、また戦争中に見られたような類廃的な西洋ブルジョア価値観排斥のためにではなく、腐敗した軍事的、封建的影響を排除する目的で使われるようになった。勝利により連合国の優越性の仮説が確認され、一方「其ノ所」のイデオロギーによって日本人はよき敗者としての地位に順応することができた。日本人の間で最も一般的であった英米の敵に対する鬼のような他者というイメージでさえ、米軍の占領下において急テンポで敵対関係が友好的関係に転換する過程をなんら阻むものとはならなかった。日本の民話に出てくる鬼には二つの顔があったからで、破壊的存在としての顔のみならず、守護神的存在の顔もあわせもっていたのである。
戦争をあれほど残忍なものとした人種的、人種主義的思考様式は、一九四五年八月以降、目に見えて影をひそめ、変化をとげる。アジアと太平洋の支配をめぐる容赦なき戦いは、驚くほど短期間に占領下でその様相を一変した。すなわち、占領者たちは慈悲を惜しげもなく施し、勝った者も負けた者も寛大さと好意を行動で示したのである。だが、憎悪に満ちた人種的ステレオタイプが形を変えたとはいえ、それがまったくなくなってしまったということではない。鳴りはひそめているが危機や緊張が高まればいつでも復活する可能性がある。実際こうした思考パターンは、のちにまた形を変え、冷戦時代の新しい敵に適用されたのである。一九五〇年代初期にはソ連と中国の共産主義者および韓国の敵に対し、六〇年代、七〇年代のベトナムの敵に対し、そして敵対的な第三世界の連動一般に対してというように。ある特定の状況は変わっても、パターンはそのまま持続したのである。それは全体像の一部にすぎないものではあるが、なお多くを語っており、将来また頭をもたげ、悲劇を呼び起こす恐れのある一面でもある。P45-51
・・・・ん~・・・やっぱ、こっちの内容じゃないよね・・・。(-_-;)




