私は「台湾原子力特報」の取材で3月5日(月)から台湾へ来ていますが、仕事の方は6日(火)、7日(水)までに終えました。そこで以前から、声が掛かっていた台湾原子能委員会(AEC)国際課技正の石門環さんからのお世話になることになりした。

石さんはいい意味でも悪い意味でも、私の台湾におけるカラオケ仲間のであり、それ以外にも、AEC内の連絡調整は全部石さんにお願いしていますし、またそれ以外にも台湾電力で写真をお貸し頂くことや、私の台湾原子力特報の質問事項を中国語に翻訳して頂いたり、ちょっと厚かましいのではないかと言うような事案を全部修理して下さいます。ですから私の台湾入りをいつも待ち構えておられて、その時は石さんが職場で言い教えておられる「日本語カラオケ教室」の生徒さんが大勢い参集されることになります。

最初は、今から約2年前の2010年5月5日、場所は台湾電力送変電部招待所。日本人3名、台湾人12名、合わせて15名の「日台カラオケ合戦」の場でした。しかし実際にはカラオケを楽しむ同好者による一大イベントでしたね。その日のフィナ―レは、参加者全員で「勿忘草を貴方に」を合唱して大団円を迎えました。これについては、昨年2月15日から「日台カラオケ合戦の結果」と言うコーナーでプログ掲載しておりますので、ご確認ください。

第二は、昨年5月24日の事。やはり「台湾原子力特報」の取材で台湾を訪問いた時、台湾原子能委員会放射性物料管理局の邱賜聴局長さんから夕食のご招待にあずかりました。場所は新店市のある有名「中華レストラン」の1室で、そのお部屋は何と食事をしながら、カラオケも楽しめるお部屋になっていました。

当日は台湾の「日本語カラオケ大好き人間」が多数参集されていたので、多く集まっていたので、乾杯が終わるや否や早速、「藤井さん、局長さんのご指名ですよ。」とか言われて、最初の1曲を歌わされ、その後2時間、皆さんと一緒にカラオケを楽しみました。

今回は3回目。時間は午後2時から、場所は台北市北部の「新北投温泉招待所」。これは台湾財務部の招待所だそうです。石さんのご案内して頂いて行ってみますと、そこは新北投温泉の中心部にあり、付近は大手ホテル、旅館、温泉博物館、保養所、別荘などが並ぶ小高い丘の上で、小さな玄関を入ると、平屋建ての家屋が目につきました。それほど大きくないのは、誰かの民家を政府(財務省)が買い、それを職員のために招待所にしたのでしょう。

玄関を入ると、お部屋が2つ、12畳大の畳敷き部屋が2室、それにキッチン、トイレ、お風呂などがあり、なるほどここであれば、いくらカラオケをしていても近所から苦情が来る心配はないのでしょうね。(続)


一体この民間事故調の委員たちは今回の福島第一原子力発電所事故をどのように認識しておられるのだろうか?それが良く分からないので、この報告者だけで「ないもの強請り」されても、それが正しい分析と提言の方向性を示すことにはならない。だから、私はこの提言の趣旨に反対だ。

以下の事実だけを指摘しておこう。

今回の福島第一原子力発電所事故は「1000年に一度」と言う、また「マグニチュード9.0」という大地震が引き起こした大災害であり、その大災害がさらに大津波をもたらした。

地震そのものに対する科学的予知が進んでいない以上、全電源喪失状態に陥り、原子炉に水を送れなかったこと、更に原子炉建屋内の水素爆発など大事故へ発展して行ったが、民間事故調は、まるで「予見可能性があった」かの如き言い分をしている。

果たしてそれは可能だっただろうか?また予見可能性があっただろうか?

私はいずれもNOという。予見は不可能だった。

事実関係の独自分析やそれに対する感想は述べても良い。日本国憲法は「表現の自由」を保証されているし、国民一人ひとりが自由に意見を述べ、また他人から意見を述べられる自由も存在する。

しかしどこの世界に、自分だけを安全圏に入れて、他人が安全圏にいないことを確認して、批判・攻撃する野蛮な人間がいるだろうか?

民間事故調の先生方は、30数名に及ぶ多くの人、この中には民主党の第二代総理大臣を務めた管直人もいる。それはそれで立派な行動である。

しかしそれだけではいけない。現に大災害で約19,500人が死亡され、また行方不明となった。そのこと踏まえた議論しないと、何のための議論か分からなくなる。

少なくとも「天災」を「人災」に置き換え、簡単に相手を叩くだけの議論は止めて欲しい。

エネルギー資源に恵まれない日本が電力の中核を原子力発電に依存したのは事実である。原子力発電から幾多の恩恵を受けた事実も忘れてはならない。

現に太陽光、風力などの再生(自然)エネルギーにいくら期待したとしても、今後20~30年間でエネルギー供給の1割を占める事は至難の業だ。

これは冷厳な事実だ。日本は2007年に策定した「原子力立国」計画でも、敢えて原子力利用を正当に評価している。やはり冷静な思考と行動が欠かせない。(終り)

福島第一原子力発電所事故について、民間のしがらみのない、自由な視点で様々な問題点を指摘した民間事故調の「調査報告書の要旨」を「産経新聞記事」(2月28日)に沿って紹介している本シリーズも今日で終わり、いったん幕を閉じます。でもメイン・テーマである「総理大臣の犯罪」が終わるわけではありません。これは「総理大臣の犯罪」序章ぐらいに考えていただいて、今後も事故対応に関連して、総理大臣の犯罪を暴いていきます。

「 ◆安全規制ガバナンスの欠如

原子力安全・保安院は、規制官庁としての理念も能力も人材も乏しかった。安全規制のプロフェッショナル(専門職)を育てる事ができなかった。事故の際、保安院のトップは、官邸の政務中枢の質問にまともに答えられず、東電に対しては、事故の進展を後追いする形で報告を上げさせる、いわば「御用聞き」以上の役割を果たすことができなかった。

◆「国策民営」の曖昧さ

原災危機においては、政府が最大限の責任を持って取り組む以外にないと言うことを如実に過ごした。事故が起こった場合の国の責任と、対応する実行部隊の役割を法体系の中に明確に位置付けなければならない。(終り)

以下は、この要旨を見た私の意見と感想。

一言で言えば、この民間事故調の委員は、戦後教育を受けた弊害が表に出ている典型的な例で、とても広く受け入れられないだろうと思う。

戦後教育を受けた弊害とは、何でも人のせいにして、母親に飴玉を要求する「駄々っ子」的に、自分一人を安全圏において、まず自分達の安全確保を図り、他人は全て安全圏外において、つまり幾ら攻撃しても自分の身に降りかからない限り、徹底的に批判・攻撃するというもの。

他人をバッタ、バッタと切りまくり、時代劇の主人公みたいに、切りまくる。人は他人を攻撃するときは生き生きとしているそうだ。逆に自分が攻撃を受ける時は、じっと嵐が過ぎるのを待ちながら、何もしない。

一体この民間事故調の人達は、今回の福島第一原子力発電所事故の問題の所在、事実関係の推移、その背景や国際的役割などと言う問題について、どの程度理解しておられるだろうか?それが分からないので、私は少なくとも民間事故調の提言の方向性は支持できない。(続く)