ダイアモンドプリンセスの集団感染が報じられているころ、免疫力さへ維持すれば、なんとかやりすごせそうだと、たかをくくっていましたが、イタリアで感染爆発がおこり、全ヨーロッパへの感染拡大、ニューヨーク市での爆発的感染をかわきりに北米にも拡大していきました。
そのころには、病状が短時間に悪化して、見る間に死亡に至る著名人の例に触れるにつけ、私自身、未知なるゆえのコロナウイルスへの恐怖を感じはじめていました。
今日、以下に書く内容は、表題のとおり、コロナ感染爆発は、日本ではおこりそうにないという、少々楽観的過ぎるかもしれない仮説です。
2週間前、首都圏を中心に緊急事態宣言が発せられ、テレビは、このままではニューヨークのようになるかもしれないと危機感を煽ってはいるものの、大げさに過ぎると感じていました。
その時新聞紙上で、米国のジョンズ・ホプキンス大学がまとめた、世界各国の1日あたり死亡者数の推移を比較したグラフが目にとまりました。
CPR検査実施数が国によって大きく異なっているため、感染者数での比較が難しいのに対し、死亡者数は、コロナ感染の実態比較には好都合だと思えます。
そのグラフは、死亡者数が一日2人を超えた日を原点とし、その後の日毎死亡者数のトレンドをグラフ化していて、ヨーロッパ各国と米国は、大よそ2週間で100人/日に増加しているのに対し、日本と韓国は10人/日未満で推移していました。
感染爆発が起こるのであれば、すでに起きているはずなのに、日本と韓国では、起きていないという事実に、率直に驚きました。
早々にロックダウンした諸外国とは違い、うまくやったと好評の韓国はさておいても、日本の感染予防がより厳密に行われているとは到底思えず、この違いが何によるのか思いあたりませんでした。
あえて言えば、日本人や韓国人に、西欧人には無い"耐性“としか言えないような違いが、あるかもしれないという思いでした。
それが先週になって、これも外国の研究報告の中に、コロナウイルスはすでに3種に分類でき、中国、日本、韓国を含む地域ではB型がほとんどであるのに対し、ヨーロッパと米国では、ほとんどがA型かC型だという報告でした。
ウイルスは感染の都度変異を繰り返すことを知ってはいたものの、コロナウイルスが感染地域によって型の分布が違っていることが、私が感じた疑問の答えかもしれないと思いはじめました。
つまり、“日本で感染爆発が起きないのは、B型が弱いウイルスだから?”という仮説です。
その後、この素人の推論は問題外としても、マスメディアで多くの時間を使ってコロナ感染が解説されている中、“東西の感染の違い”を説明する議論を、聞いたことがありません。
一方、今週に入ってからは、各国が始めた抗体検査の結果が出始めました。
基本的にコロナウイルス抗体を持っている人は過去にコロナに感染し、今後は感染元にならない前提で、この検査の目的は、第一波の感染ピークを過ぎたタイミングで、ロックダウン解除のタイミングを計るために有効と言えます。
私が驚いたのは、昨日報道された米国スタンフォード大学が行ったキャリフォルニア州サンタクララでの調査結果で、抗体保持者数が、公式に発表されている感染者数の50倍~80倍と推定できるというものです。
この調査にはサンプル数や検査精度に限界があり、更なる各地での調査が必要という結論になってはいますが、発病しない感染者が猛烈に増えているといそうだということだけでなく、私個人としては、感染爆発が日本や韓国で起こっていない事実を説明するかもしれないと思えました。
少々乱暴すぎる予測かもしれませんが、日本(もしかしたらアジア全域)では、抗体保持者が、確認された感染者の100倍、もしくは1000倍いるかもしれないという可能性です。
つまり、上にも書いた仮説“日本で感染爆発が起きないのは、B型が弱いウイルスだから”だけでなく、“日本人は、感染しても発病しにくい遺伝的性質を持っている”という仮説もありそうです。
コロナ感染パンデミックをWHOが宣言した当初、英国やドイツで、国民の60%が抗体をもってしまえば自然に終息するはずとの楽観論が報じられ、すぐに取り下げられましたが、私自身は、これを集団免疫と呼ぶということを知りました。
その後世界は、感染爆発発生、医療崩壊という惨澹たるものですが、この議論は結果的に今、ニューヨーク市で、皮肉にも実証されつつあるのかもしれません。
今週時点で、同市で確認された感染者数は14万人です。
スタンフォード大の調査結果の50倍を適用して抗体保持者数を概算推定すると、700万人になります。
同市の人口は約900万人なので、すでに80%近くが抗体を持っている可能性があり、集団免疫が獲得されたとも言えます。
先週から同市の感染数増加は日ごとに減ってきていますが、当然なのかもしれません。
ただ、この推論が正しいとしても、同市の死亡者数はすでに1万人を超えてまだ増え続けています。
仮に今後の死亡者を含み1万5千人とすれば、ニューヨーク市が集団免疫を獲得するまでに、全人口900万人の0.17%の犠牲を強いたことになります。
単純に総人口1億2千万人の日本に当てはめると、集団免疫を獲得するまでには、20万人の命の犠牲をしいることになります。
この推計の正否は、抗体獲得者と感染者の比に強く依存します。
日本に当てはめた場合、この比がもし100よりずっと大きければ、緩い感染予防対策下でも、短期間に終息に向かう可能性があります。
医療崩壊を招かない程度に、感染スピードをコントロールできれば最善策になり得ます。
この比が50よりずっと小さければ、逆に感染スピードは遅く終息までの期間は長くなります。
なんとか、今の医療レベルを維持しつつ長期の戦いになり、治療薬とワクチンの完成まで耐えなければならないでしょう。
この比を調査することは、今後の施策の決定に際し重要な意味を持つとおもいます。
以上が、感染症に関する知識のない素人エンジニアの、楽観的な仮説でした。
最後に一言。
未だ治療薬もワクチンもない現在、医療崩壊を防ぐ方策が最優先課題であるはずなのに、医療現場への防具配給を含む物の手当と人的支援、発熱外来窓口の分離設置、軽症者用宿泊施設確保が遅れたのは、まさに政治の責任です。
国民に自粛を要請するだけの指導者には、不満がつのります。
理を尽くした専門的な検討は、国のどこかで、なされているはずです。
それを、時に不都合な真実として隠し、指導層の中に留め置く傾向が見え隠れします。
事実を正確に語り、方策を解り易く説明し、親身の説得を行へば、国民はそれを理解し正しい行動をとれると信じることができる人こそが、指導者であるべきです。