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i am in the vortex

ヴォルテックスに入って「自分の夢を実現する」奇跡の体験をつづります

さとう兄弟に会ってくる。

さとう兄弟。

何者か、やっぱりよくわからない。

 

今回の再会があまりにも不思議すぎて感謝の気持ちがわいてくる。

 

ふたりは、とつぜんまた現れた。

そしてわたしを整えて帰っていった。

 

ふたりは整体をやっている。

普通の整体とちょっと違う。

身体を見ながら、あーここに溜まってるね。

トラウマ、とか、あーあのときの思いここにあるね、とか

そんなことをふたりで確認しあうように身体を整えていく。

 

知人の紹介でふたりのことを教えてもらったのが半年前くらい。

 

不思議な兄弟がいる、と。

 

ふたりからとつぜん連絡が届いた。

 

そのときのわたしは、前の仕事を終わろう、

という決断をしたときで、すごいうれしい気持ちでいた。

お金のことを考えたら、続ける、という選択肢もあったかもしれないけれど、

あまりにも強烈な人で、続けるのは無理だ、という判断を自分のなかでした。

それ以外の外的な状況的にも続けることは難しそうで、

これで辞められる、助かった、という思いを感じてただただうれしかった。

 

そんなときにきたふたりからのメッセージ。

「調子はどうですか?今、寝不足じゃありませんか?」と。

 

うれしくてワクワクしてたし、

自分は眠るのが大好きで、寝る前もいつもワクワクして床につく。

だから、なんで寝不足なんて言うんだろう?と思っていた。

「ぜんぜんぐーぐー寝れてます。また機会があったら会いましょう」

と返事をしてそのときは終わった。

 

 

そしてその夜、すごい咳がでた。

ある一定の時間になるとすごい咳がでてくる。

眠れない。

もうろうとして、

身体を壁に押しつけて疲れ切って朝方眠る、

声がでない。

 

人生ではじめて、咳で眠れない、という経験をした。

そんな日々が三日ほど続いた。

 

ふたりにあらためて連絡をした。

「ふたりのメッセージが予言のようにほんとうに眠れなくなりました」と。

 

そして、ここ数週間であったこと。

ここ半年くらいやっていた仕事に区切りをつけた話をした。

 

そして明治神宮の奥に広がる丘で会う約束をした。

 

気晴らしのほんのピクニックに行くくらいの気持ちで明治神宮に向かった。

 

歩いている森は気持ちがよくて。

外国からやってきた観光客が楽しそうに歩いている。

 

森をぬけると

秋の陽の下でキラキラと黄金に輝く芝生が広がっていた。

その丘のてっぺんにふたりは立っていた。

 

思ってた以上に疲れ果ててましたね、と言われる。

 

森に近い芝生の上に布を広げると

さっそく見ましょう、と。

 

肺かな、肝臓にもあるね。あー頭がすごい。

 

とふたりで話してる。

そして、あーこれトラウマきてるものですね。

三つあります。と言われる。

 

昨日さとう兄弟に会う前に書いた

母への恐れ、その過程で自分のなかに作ってしまったトラウマ

まさにそれらを指摘して言われた。

 

自分の波動をなくしてしまうくらいに

他人の波動に影響を受けてしまう。

何度も何度も同じような人を引き寄せてしまう。

 

この半年、自分の軌道をすべて閉じて、頭を回転させていた。

自分の中の流れは、肝臓、肺、喉とじょじょに閉じていき

すべてを喉に貯めていた。

そして自分のなかで、終わり、という区切りをつけたとき、

吐き出されるように喉から出てきたんです、と。

 

人はこうやって病気になるんですよ、と。

 

 

青空の広がる芝の上で身体を整えてもらう。

 

寝転がると、いちめんに青い秋の空が広がっている。

雲がゆっくりとすぎていく。

赤や黄いろに葉を染めた木々が見える。

 

ガチガチになった頭を整えてもらいながら、

心から感謝の気持ちがわいてきた。

 

ここ数日、

自分の波動をあげようとしたり

心地よい自分に戻ろうとしても

まったく自分の中心部が動かないのを感じていた。

無理矢理、大丈夫、できてる、できてる、と思っていたけれど、

 

整えてもらったあと、今、もっと自然に物事を感じられる自分がいる。

 

前に行きたい、変わりという思いが

ぼくたちを呼んで、こうしてまた会えたんだと思いますよ、と言われる。

 

自分が抱えてきたトラウマに魂のレベルで気づくことができたように思う。

すべてが閉ざされていたような人生に光がさしこんでくる、

そんな気持ちでいる。

 

帰りにひいた明治神宮でのおみくじには

 

「一日に三度かえりみなさい」と書かれている。

 

自分の波動がどうなっている?

自分の気持ちがどう?

今どこに向かおうとしてる?

どこに向かいたい?

 

一日に三度でも何度でも意識しようと思います。

 

ありがとうございます。

 

さとう兄弟との時間は、

やっぱり村上春樹さんの小説の中に入りこんだみたいな時間でした。

 

無意識のレベルで起こってることだからかな。

村上春樹さんの物語も。

さとう兄弟との出会いも。

 

ふたりは千年くらい生き続けられるんじゃないかと思う。

 

起きてから、

◎自分をしあわせにしてあげたいな

 

という想いがわいてくる。

 

自分の人生で影響がある女性というのがいる

◎母親

◎姉(私は三人姉妹のまんなか)

◎ひとつ前にいっしょに働いていた人(40歳後半同じ年齢)

◎今、週二回だけ働きにいってる人(30歳)

 

どの人も相当強烈。

最後の人は中国系ポルトガル人という

またなんで出会った?という感じの人。

 

すこし前まで一緒に仕事していた人もかなり強烈な人。

 

で、

 

きっとこれは、母親に対応するためにできた回路が

そのまま同じような人を引き寄せているんだ、と気づく。

 

母親が猛烈にネガティブな人で、

いつも恐ろしいことを口にする。

小さいころからそれが恐ろしくて、

それを聞かないように、避けるように生きてきたように思う。

怖い、怖い、と。

 

そうなると、どうしてもそこに影響された人生を送ることになる。

母親がだす波動とかエネルギーをうかがうように見て暮らす、という。

それはまったく自分の人生を送ってないことになる。

 

姉がまた同じような波動をもっている。

 

振り回される。

めちゃくちゃにされる。

ふみたおされる。

自分をぼこぼこにされる。

 

そっか。だから同じような人に出会うんだ、と朝ふとんのなかで思う。

 

大学で家を出て

ひとりで暮らしていたとき、

自分はとてもうれしかった。楽しかった。

家に引きこもるのは変わらないけど自由だった。

で、引きこもりがちは家を出て、

今、やっぱりこの回路を新しい回路にして

外にでて自分の人生を送ってみようと、と言われているような気がした。

そういう人たちと向き合うとき。

そういう人たちと決別するとき。

そういう人たちから影響を受けないように

自分の波動を強く、イキイキとしてあげること。

「鏡に映る自分をイキイキとさせてあげたい」と思う。

 

 

今日はお昼すぎから「さとう兄弟」に会うことになった。

この二人はいったい何者なのか。

すごい不思議な兄弟です。

何かが見えてるみたいで、二人で確認しあいながら

とんとん指で音を鳴らしたりします。

 

さいしょに会う約束をしたとき、

 

「パエリアを食べながら、か、喫茶店でゆっくりしながら」

のどちらにしますか?と言われた。

 

村上春樹さんの物語のなかに入ったみたいな会話だ、と思った。

 

なぜかとつぜん連絡をくれた。

どうしてですか?と聞くと、なんとなく、と言われる。

 

ということは今、会うということですか?

 

はい、今です。

 

と言われて。

 

これから行ってきます。

芝生の広がるあの場でピクニックでもしてこようと思います。

昨日これを書いてからのことを振りかえると

一日は、案外永いんだなと感じる。

いろんなことを感じた時間。

 

昨日は、なんだかどんよりしたまま家にかえる。

わーいわーいわーいの波動も

現実の荒波でもまれて打ち消されてしまったみたいで。

 

朝起きて、

「人の波動に影響されない。

自分の真ん中から、自分の中心から波動をだそう。

今は打ち消されても、自分の波動をだし続けること。

送り続けること」と思い立つ。

 

お昼前から、週二日働いているもう一日目がはじまる。

 

現実は、自分の波動が今、どういう状態にあるかを教えてくれる場。

なにを感じるかを教えてくれる場。

 

一日で感じたこと

 

◎心から笑いあえる友人がほしいな

◎自分から発したことで一生懸命になりたいな

◎心を解放したい

 

これを教えてくれるためにあった日。

 

朝は、昨日のどんよりを引きずって

感情の段階でいったら怒りとかそんなところにいた。

 

今、帰ってきて、ステイ状態に戻った感じ。

 

ゆっくり。ゆっくり。

 

エイブラハムさんの本の中に「今、前向きになる考えかたを探し続けない」とある。

 

「自分には叶えたい夢がある。そこにむかってるんだ。

その方向を教えてくれている。今の自分の波動の状態を教えてくれている。

ただそれだけのこと」

 

波動のことばかり考えていたら、届いたメッセージは

「神さまは周波数である。ただその周波数に合わせ続ける」

 

軽い気持ち。

すべてを楽しむ気持ち。

よし!

前へ。前へ。

上へ。上へ。

 

「何にも影響されない自分の波動を楽しむ」

はじまりのつぎの日。

日々は連続しているんだなとうことにあらためて気づく。

 

昨日のライブの気持ちが自分のなかに残ってる。

 

展示からライブをやるところまで歩くこと30分。

恵比寿から表参道へ。

スマフォに導かれるまま。歩いていると、不思議な小道にでる。

小さな川があったのか、変な橋のようなところにでる。

水はないのに。薩摩藩の屋敷跡がでてくる。

東京のみたことのない風景が見えてくる。

ブラタモリさんのような気持ちです。

東京に積もった層が見えてくる。

 

ライブはとても面白かった。バンドの人たちの音がとても素晴らしい。

そこは、東京でもブラジル音楽の有名なライブハウスだったそうで

38年続いたそこが今月で閉まることになったそうです。

ビルが壊されるそうで。

音がダイレクトに響いてくる距離感。

なんかそういうものが、静かに知らない間に

消えてなくなっていくのかなと思います。

おばあちゃんの家にあった縁側とか。そういう場が。

最後はみんなが踊っていた。

アンコールでは、永六輔さんと中村八大さんの歌「生きるものの歌」がすごいアレンジで歌われていた。

 

こういう現実があると、自分の波動の状態は良好だ。

良い方に向いている、と思う。

 

ゆっくり。ゆっくり。

 

昨日の「はじまりの日」のすこし前からはじめているのが、

自分の波動を意識する、ということ。

 

自分の波動をできるだけ、高く、あかるく、よろこびにあふれる波動にしておく、ということ。

 

朝起きたとき。

これまでは、今日も一日、何をしよう、と自分を追い込むところがあり。

心がとても重かった。

 

そこで自分の中心部を白い光でいっぱいにして

わーいわーいわーいと心でさけんだりするのをはじめる。

 

自分は何をしたらうれしい?たのしい?ってよくわからないし

うれしいこと、たのしいことがわからないなら

とりあえず波動だけ上げていたら、そういうものがやってくるかもしれない、と。

 

今日震わせてものが、どんな現実となって返ってくるかを楽しみに待つ、という実験。

 

今日は、週2日だけ働く日の1日。

(少ない週は週1日だけ)

ここには、なかなか強烈な方がいる。

すごい不思議な流れでここに通うことになったのだけど、

通いだして一ヶ月くらい。

今は、すこしでも収入になるなら感謝なのかもしれないな、と思う。

ただ、ほんとうになかなかなかなかの人。

笑っちゃうくらい。

それもこれも、自分のなかの何かがそういう人と出会わせているんだなと思うので、

これについても、そこにいる人についても、また書きたいと思います。

 

さて今日はどうなるか。恐怖に打ち克ちわくわくさせておこう。

自分の中心部を。

 

 

自動手記のように書いてます。

乱文。誤記。どうぞお許しください。

 

ブログのタイトルの変え方も

画像の設定もよくわからないので、

ひとまずこれで、ゆっくりゆっくりはじまりです。

 

わーいわーいわーい。

 

 

昨日、ぼんやりしていたら。

ふとブログにつづってみようか、という思いにいたる。

何をつづるかというと、これからの自分がどう変わっていくか。

自分が変わるとしたら、それはどうあってもすごい奇跡のような気がした。

これはすごい奇跡なんだよ、って。

 

それをつづってみよう、と。

 

 

2019/11/17

1.はじまる

 

私について、これからすこしずつ記しはじめてみようと思います。

 

今の自分について少しだけ。

一ヶ月ほど前にひとつ仕事が終わり、今は、週に1、2回しか働いていない。

つぎのことは、今のところまったくわからない。

つぎの仕事も、結婚も。

長く働いていた仕事の期間で5年くらい。

そのあとは、もうどうしてしまったの、という日々。

それについては、また追々。

 

今、友人というか遊べる人は、3人くらい。

家が大好き。ほとんどの時間を家ですごす。40歳後半をむかえる女子。

女子なんて書いたら、うしろから蹴りがはいりそうだけど。

この20年ほど宿命大殺界というのにいたらしい。

ということをつい最近知る。それがこの11月で終わった。

そう思うとたしかにすごい20年だった。

行った大学の名前を言うと、みんながひぇーという感じの高学歴の理系女子。

それを生かした人生はまったく送ってない。

でも理系的な頭で何事も見るところがある。

実験をするときに、いつも仮説を立ててそこに導く、みたいなことがある。

この場もそんな感じでとらえてる。

 

文の書き方も、めちゃくちゃだし。

魅力的な文になってないところもあるかもしれないけれど、

自動手記的な感じで自由に書いてみようと思います。

 

このような人生のなかで何もしてなかったわけではなくて、

とにかくもがいていろんなことをやってきた。

仕事のことだけでなく、いろいろいろいろ本当にいろいろなことがあった。

もがいて、もがいて、いろんな本を読んだ。読みまくった。

図書館はすばらしい場所。ない本も取り寄せてくれる。買ってくれる。

お金のないものにも親切。

 

陰陽師みたいな人のところにいったり、タロットしてもらったり、

山伏さんみたいな人のところにいったり。

天使さんとか。龍さんとか。引き寄せさんとか。

 

それらの方々はすばらしいし、それぞれが自分のいらないものをそぎ落としてくれたり、磨いてくれた。どれも大きな力をくれた。ただ現実が変わってるかというと、上記のとおり。これが今の私です。

 

ただひとつ堂々といえるのは、もがきながら一生懸命生きてきた。

光を見ようと生きていた。それは自分が一番よくわかってる。

だからこそ自分をしあわせにしてあげたいな、と思う。

自分の描く、行きたい未来、会いたい人たちにたどりつかせてあげたいと思う。

 

10年くらい前によんだエイブラハムのVortexの本がめぐりめぐってまた目の前にやってきました。自分はどうも大切なことを見落としていたみたい、ということに気がつく。花の子ルンルンの気持ち(古め)です。

 

探しまわった花は自分の家の庭にあった。という。

 

感情。というものに一切目もくれてなかったということにはじめて気がつく。

修行僧のように、念じ、祈りの日々だった。重々しい気持ちでもんもんとしていたのだと思う。

 

今日から、

 

◎やりたくないことはしない、をはじめる。

◎自分をせめない。人とくらべない。自分のやりかたで自分でやる。

◎自分の波動をあげるために、心のなかで「ヤッホー」とか叫んでみたりする。

 

自分でもここから自分がどう変わるのだろうか、ここから起こるすべては奇跡だよ。そう思って、ここに書き記していくことにしました。

 

自分のことも少しずづ書き記していこうと思います。

 

今日の予定

19時から知人のライブへ行く。その前に、小林エリカさんの展示を見にいく。その展示会場からライブ会場へは歩いていく。ありあまっている時間。1時間くらいの距離は平気で歩きます。