風邪で香りが分からず,喉も痛いので喫煙レポートではなく小咄を♪
戦後復興の中で専売公社が生まれPeaceやしんせいといった銘柄が誕生し,日本たばこ産業そしてJTへと変遷がありました。ただ歴史の進展によっては,これらの組織や銘柄は存在し得なかったかもしれません。
今回はそんな「もしも」をテーマとします。
戦後のGHQによる日本統治の中,かつての帝国陸海軍の戦費調達先と見做された大蔵省専売局が解体されます。
それまでのタバコ事業を担ってきた同局の解体後,タバコ事業をどうするかで意見が分かれました。
当時の首相吉田茂はハバナ産の舶来葉巻を愛好していたためか,復興資金調達とより良い製品製造のために,海外タバコ資本の導入を考えます。
GHQのトップであるダグラス・マッカーサーもパイプ愛好家で,外貨の導入で日本のタバコ産業が発展すると考えます。
タバコ事業は専売制の維持か,外国への身売りかで揺れます。
ただ時の為政者の考えでは,日本のタバコ事業は外国資本に変わる寸前でした。
この時GHQへ招聘されていたウィリアム・バースという人物が,マッカーサー元帥に反対します。
彼はブリティッシュアメリカンタバコ社での経歴と,ミシガン大学での日本研究からGHQスタッフに選ばれ,マ元帥が厚木飛行場に降りた2日後に来日していたタバコ事業の専門家でした。
バース氏いわく,タバコ事業運営の目的は徴税であり,それによって国や地方自治体の財政に貢献する。
海外メーカーによるタバコ事業では利益追求が先行し,経済効果が広く波及することは期待できない(植民地支配と同じと表現しています)。
日本は広くインフラが整備されており,このような環境では公共企業体としてのタバコ事業運営が一番良いと,広く産業への影響・税収を説きます。
その結果海外への身売り方針から一転,マッカーサーによる指示で,1949年に日本専売公社の発足となりました。
あまり知られていない人物ですが,今日のJTの規模を考えるととても大きな決定に関わった人だと思います。
専門家とはかくあるべきとの,よいお手本ではないでしょうか。
参考文献:たばこに続く道(有斐閣)