コリコリ…… 第二十九回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 大桃さんは皮肉な笑みを浮かべたまま、こう言った。

「分かった。あなたと向井さんとのお付き合い認めたる。わたしは認めたる。ほんでもこの問題は、わたし一人だけの問題やないねん。そんなことくらい分かるやろ?」

「他のスタッフの人たちも、みんな反対してるんですか?」

「今のところ、たいして反対意見は出てへんねん。わたし一人がいきり立って反対してるだけっていうてもええくらい。ほんでも、わたしがここで矛を収めても、後々になって、他の人が反対側に回る可能性がある。そやから一回、西京グループのスタッフの主だった人らが集まって、向井さんと話をせなあかんと思うねん」

「あなたたちは大勢で、理栄はたった一人でそういう人たちの相手をせなあかんのですか? そんなん、完全ないじめですやん。そんな席に理栄を出すのん、ぼくはいやです」

「そうか。いやなんか。ほんだらどうすんのん? 向井さんの立場の悪さは、永久に収まらんいうことになってまうで」

「そんなことないと思います。さっき言うたでしょう、理栄とぼくのことで反対してるんは、大桃さん一人だけかも知れへんって。ほんでこれからもそれは変わらんと思います」

「へえー、そんなこと思うのん?」大桃さんは不意にテーブルに両肘を立てて、頬杖を突き始めた。そのように砕けた態度を取ると、彼女の美しさ、可愛さが、一段と増したように見える。

 そして彼女は、元々細い目を少し大きく見開いて、精一の顔をじっと見つめて、やがて、

「盛岡さんって、ほんまイケメンやねんねえ。精神障がい者にしとくのおしいわ。向井さんが味見したんやったら、わたしも味見をしてあげようか?」などととんでもないことを言う。

 あまりにも驚いたのと、美しい人にそんなことを言われたことによる興奮の両方で、精一は完全に絶句してしまった。心なしか、彼女の長い黒髪に、微妙な湿り気が帯びてきたように見えた。

「どうやのん?」大桃さんは頬杖を突いた態勢のまま、小さく口を開けて、呟くように訊いた。

「なにが……どうなんですか?」喉が渇いてきた。

「わたしとする気ある? わたし、きっと向井さんみたいに上手やあれへんけど、いっぺんくらい試してみてもええと思うで」

 精一が黙っていると、

「何も言わんいうことは、いっぺんくらいはしてもええっていうこと? というより、女が誘ってんねんから、男としてはせんわけにはいかんわな。どうやのん、するのん、せえへんのん?」と詰め寄ってくる。

 精一は、この大桃さんという人が怖くなってきた。ここから何も言わずに逃げ出したいとまで思ったが、ここで逃げ出すわけにはいかない。彼と理栄との大事な未来がかかっているのだ。そこで、喉からやっと声を振り絞って、

「ぼくは……理栄のことが……心から……好きなんです」とやっとのことで言い切った。

 すると大桃さんは、頬杖を突いていた手をテーブルから離すと、

「あら、そう。向井さんのことが、そんなに好きなん? それはよかったわね。それはそれで分かった」と今度は精一の方に身を乗り出すように言った。そして、

「あなたたち、付き合ってもええ。わたしが承認する。けど、わたしの言うたこと、覚えてる?」とここで不気味に微笑んだ。

「大桃さんの言うたこと?」

「そう、何言うたか、覚えてへんなんて、言わせへんで。女が恥ずかしさかなぐり捨てて言うたことやねんから、それに対して知らん顔してこのまま帰るやなんて、わたし、許せへんで」

「はあ……」

「はあ、やあれへんねん。わたし、あなたにさっき、わたしとしてみえへんかって訊ねてんで。そんなこと、女の方から言わせて、何もせんと帰るん?」

「そんなん言うても、こんな所で……」

「ここでするわけないやん」と言って、大桃さんは大きな声で笑った。

「何か理由つけて、車で外出する。あなたと二人で。ほんで、わたしと盛岡さんは合体すんねん」と言って、今度はクスクス笑っている。

「そんなんできません。ぼくは理栄のことだけが好きなんですから」

「分かった。わたしのこと拒絶するんやったら、あなたと向井さんのお付き合いも、もうあり得へんねえ」

「そんなん、ひどいです」

「ひどいのはどっち? 女の方から体を差し出す言うてんのに、それを拒絶する方が、もっとひどいと思えへん?」

 確かにそれはよくないのかも知れない。しかし、いくら女性の方から言い寄られたとしても、こんなことには応じられるはずがない。そんなことをすれば、理栄に対して深刻な裏切りになる。