コリコリ…… 第二十八回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 あれ? ああ、あれのことか。真剣に愛し合っている彼と理栄のしていることを、あれなどと、隠微な呼び方をすることに、精一は抵抗があった。

「あれって……。あれやなんて言わんといて」

「そう。ほんだらはっきり言うわ。あなたたち、セックスはしてるの?」

 ここで事実と違うことを言ってとぼけたところで、何にもならないだろう。そこで精一は、

「はい、してます」と正直に答えた。

「してんのん? 凄いねえ。なかなかやるやん、盛岡さん」褒めているのか馬鹿にしているのか分からない言い方をした。

 なかなかやるやん、なんて言われて、答える言葉もなかったから、精一は黙って大桃さんの顔を見ていた。

 すると大桃さんは、

「気い悪うしたかな。まるでからかってるみたいな言い方をしたね。それは、ごめんって謝る。ただね、精神障がい者の人たちの特徴として、異性にはとっても興味があるんやけど、いざセックスいうことになると、怯む人が多いっていうことやねん。病気の原因として、性的な経験不足からくる、セックス恐怖症みたいなもんも、一つあるから」と説明してくれた。

 そこで精一は、

「確かにぼくは経験不足でした。セックスに対して恐怖も持ってました。経験不足っていうより、経験したことなかったんです。ほんでも理栄さんがぼくのこと優しく包み込んでくれて、リードしてくれたんで、案外簡単にできたんで、よかったです」と述べた。

 すると大桃さんは、

「向井さんいうんは、とっても経験豊富やからなあ」と言った。その言い方にはトゲのようなものがあった。理栄という女性を非難しているような空気が感じられたのだ。

 精一はまた何も言わずに大桃さんを見ていた。すると大桃さんはこう続けた。

「なんか、たくさんの男の人と浮名を流してきたみたいやで。スタッフどうしのお付き合いも、何件かあったみたいやし。セックスに関しては、海千山千いうとこかな」

「海千山千って何です? なんかひどい人みたいな言い方ですねえ」

「あなたにとってはひどい人やあれへんやろう。何しろあなたみたいな未経験な人に、セックスの喜びを与えてくれてんから。全く天使のように神々しい女性やんか」

 その言い方にも明らかに皮肉がこもっていた。

 しかし精一はそこでは怒らず、あくまでも下手に出ようと考えた。この場には大桃さんをやり込めるのが目的で来たのではない。彼と理栄とのお付き合いをちゃんと承認してくれさえしたらいいのだ。少々の皮肉くらい、いくらでも言えという感じだった。

 そこで精一は、

「大桃さん、ぼくと理栄のお付き合いを正式に認めて下さい」と言って頭を下げた。

 すると大桃さんは、

「正式に認めるって、どういうこと? なんか式でもすんのん? 式でもすんねんやったら、わたしも列席したるで」と相変わらず皮肉な笑みは浮かべたままだ。

「式なんかするはずないやん。そんなこと、分かってて、わざと意地悪言うんですね」

「わたし、意地悪言うわけないやん。盛岡さんは、患者さんの中でも有名なイケメンやねんから、わたしかって、盛岡さんのすること、応援したいねんで。わあっ、そんな顔して見つめんといて欲しいわ。盛岡さんみたいなイケメンに見つめられたら、わたしかって好きになるやん」

 大桃さんのような気の強い人が、そんな蓮っ葉なことを言うのを聞いて、精一は少し驚いて黙っていた。