コリコリ…… 第二十七回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 精一という男は、真剣な話し合いという感じになると苦手なのだったが、なごやかな談話というのは、どちらかというと得意だった。嘘でも相手が笑っていてくれると、緊張が解けて、言葉が出やすい。相手の欺瞞を突こうなどという気も起きない。対人関係においては、実に単純で頭の悪い男なのだ。

 真剣に何かを研究したり物を作ったりする時には、頭が悪いではすまないのだが、話が対人関係となると、ある程度頭が悪いくらいの方が、逆に円滑にコミュニケーションが取れるというものだ。故に適度に頭が悪いというのは取り柄でもある。

 だから理栄にとっては大敵の大桃さんと相対しても、さほどの緊張感はなかった。

 向かい合って席に座ると、大桃さんは、

「珍しいね、わたしになんか相談に来るやなんて。わたしに相談せんでも、もっとええ相談相手がおるやろうに」と言って笑う。

 明らかにそれは嫌味なのだが、精一にはそんなことはさほど通じない。とにかくここは事を成し遂げることに目的があるのであって、一つ一つの嫌味に立ち止まって、それをとやかく考えることが目的なのではない。

 そこで精一はこんなことを言った。

「大桃さん、力あるから、いざという時には難事件でも解決してくれると思うて、今日は来たんです」などと、お世辞なのか何なのか分からないようなことを言って、言葉を濁した。

「難事件? なんか、難事件があったん?」と大桃さんはあくまでも笑顔でとぼけてくる。

「うん、別に難事件っていうわけでもあれへんねんけど」と言うと、大桃さんは、

「たいした難事件やなかったら、他に解決してくれるいい人がおるやろう?」とまたにこやかな顔を見せる。

 ここで誤解なきように述べておくが、大桃さんというのは、森の中の山姥のような怖い女性ではない。はっきり言って、美形の素晴らしい女性なのだ。理栄の存在がなければ、精一は大桃さんに惚れてしまったんじゃないかというくらいのレベルの美女だった。

 少し顎が前に飛び出しているのが、彼女の顔を奇妙に見せたが、それ以外の顔全体は、明らかに美形だった。だからこうして面と向かって相対していても、不愉快どころか、かなりの愉快を感じるタイプの女性だった。

 精一は大桃さんの問いに答えた。

「確かに問題を解決してくれる人はおんねんけど、その人自体が問題の中心に入ってるから、客観的に判断のできる立場やあれへんのです」と精一は、話を少しずつ核心に持っていった。

 すると大桃さんは、

「へえー、その人も問題の中心におんのん。ほんだら、相談になれへんわなあ。ほんでも、その人って、元々はあなたから相談を受ける立場の人なんやろう?」

「そうですね」

「相談を受ける立場の人が、問題の中心におるいうんは、それ自体問題やねえ。なんでその人は問題の中心におんのん?」と大桃さんは訊ねる。

 そこで精一は思い切ってこう言った。

「問題の中心におって当たり前です。その人はまさしくぼくの彼女なんですから。彼女やったら、問題の中心におって当たり前でしょう。それの何が悪いんですか?」

「へえー、彼女なん? ほんで問題の中心におんのん? へえー、その人は、あなたの相談を受ける立場の人で、同時にあなたの彼女なんやね。なんでその人、あなたの彼女になったん?」

「それは二人が好き合ってるから、自然とそういうことになったんです」

「その人は、わたしとおんなじスタッフの立場やね? スタッフの立場の人が、患者さんとそんなに親しくなるいうんは、ほんとはご法度やねんけど」

「なんで、ご法度なんです? ぼくが精神障がい者で、社会から差別される立場にあるから、そんな人と付き合ったりすることは、スタッフの人の社会的地位が落ちるっていうことなんですか?」

「まあ、そうやね」大桃さんは、何のためらいもなく、簡単に肯定した。

 まあ、そうなのか。理栄の相手になるにしては、精一の社会的地位が低過ぎるということなのだ。

「やっぱりぼくらは差別されてるんですね」と呟くように言うと、大桃さんは、

「ほんとはあなたたちは差別されたらあかん。そういう建前でわたしらスタッフも色々と努力してる。ほんでも、スタッフがあなたたちの一人と付き合うっていうことになったら、話は別です。それはええことない」と続けた。

「要するに、汚らわしいっていうことなんですね」

「あなたみたいなイケメンの患者さんを見て、汚らわしいなんて言われへんけど」こんな時に大桃さんは、クスクス笑い出した。

「ぼくと向井理栄さんは、真剣に愛し合っています」怒りに駆られた精一が、ついに彼女の名前を出して、はっきり言明した。

「ふーん、ほんだらもう、あれはしてんねんね?」