コリコリ…… 第三十回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 精一は、すっかり進退窮まってしまった。大桃さんの誘いに応じるわけにはいかないのは当たり前のことだ。しかしそういう返事をすると、大桃さんを傷つけることになり、彼と理栄との付き合いも承認してくれないことにもなる。これは大変だ。

 しかしもし応じるということになったら、これはこれでさらに大変なことになるだろう。たとえそれによって理栄との付き合いを承認されたとしても、彼が理栄を裏切ったことは確かな事実として残る。大桃さんがそのことを理栄に逐電しないとも限らない。

 確かに目の前の女性はきれいだ。年齢はもう、四十手前くらいだと誰かに聞いたことがあるが、精一から見ると、十分に美しくて色っぽい。もしこういう究極の誘惑のされ方をされてしまったら、応じても仕方がないと、理栄は許してくれるかも知れない。

 そこまで考えて、精一は慌ててかぶりを振った。そして、

「ぼくはひどい男やと思うけど、理栄のこと裏切る方がもっとひどいと思う。そやから大桃さんとそういうことはでけへん」とついに拒絶の返事を言い渡した。

 すると大桃さんは、前かがみになって大きく目を見開いて、「あら、そう」と軽く答えた。そして、

「実は、わたし、そんなことどうでもええねん。わたし、別に、色情狂でもあれへんし、第一あなたにとってはれっきとしたスタッフやねんから。そんなことせん方がええって、わたしの理性がはっきり判断してる。向井さんもそんな判断をしてくれたらよかったのにって思うくらい」と言った。

 理栄のことを色情狂のように言われた気もしたが、ここは敢えて指摘しない方がいいだろうと考えて、黙っておいた。そして彼は、

「それならどうか、ぼくと理栄とのお付き合いを認めて下さい」と頭を下げて依頼した。

 大桃さんはそこで身を大きくのけぞらせて、胸の前で腕組みをして、

「そんなに向井さんの体、よかったん?」と不意にびっくりするようなことを訊ねる。

「体だけがよかったんやなくて、心が大好きなんです」

「ということは、体も大好きやねんね。向井さんの体って、どういう感じなん? 実は時々噂は聞くねん。向井さん、ほんまにええもん持ってるって。さっきも言うたやろ、あの子、何人かスタッフの人たちと付き合ったことあるから、わたしの耳にも入る。その人たちがみんな言うねん、凄いもん持ってるって。どんなに凄いのん?」

「さあ……ぼくは経験に乏しい男やから、詳しいことは分かりません」

「詳しいことなんか訊いてへんねん。あなたの持ってるもんが、どんな風に感じるか、その感じを訊いてるだけ。めっちゃ初歩的な質問やと思うけど、それくらい分かるやろ?」

「まあ……いいですね……」

「どんな風にいいの?」

「そんなこと、分かりません」

「なんや、あくまでも隠すんかいな。ほんでも羨ましいわ。そんなええもん、わたしも持ってみたい。あんなにちっぽけな体してんのに、なんでそんなええもん持てるんやろ。いや、実は知ってるねん。向井さん、昔、凄い変な男と付き合ってた。その男が、あの子の持ってるもん、鍛えたっていう話があるねん。性格はひどい男やったけど、あれの面では、凄いええ教師やったらしい。その人、今、どこにおるんか、わたし、知ってるねん」

「はあ……そうですか……」

 そんなことは精一には関係がないから、冷淡に答えた。

「わたしもその人に鍛えてもらおうかなあ」

 勝手に鍛えてもらえばいいと、精一は考えた。そして、

「それなら、ぼくと理栄とのお付き合いは承認してくれるのですね?」と話を無理やり元に戻した。

「あなた、さっきからおんなじことばかり言うてるけど、わたしの言うてること聞いてるのん?」

「聞いてますよ」

「聞いてるんやったら分かるやろう? わたしの興味は、もう、あなたと向井さんが付き合うかどうかにあるんやないってこと。わたし、向井さんみたいに、ええもん持ちたいねん。それについてどう思うかを訊いてるねん」

「そんなこと言われても、ぼく、分かりません。それはぼくのような男に訊くより、同性の人とお話するようなことやと思います」

「あなたやなくて、向井さんに直接訊けって言うの?」

「いや、そんなこと、理栄に直接訊かれても、理栄は答えにくいでしょう」

「ほんだら、誰に訊くのん?」

「さあ、誰か分かりません」