コリコリ…… 第二十一回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

三、

 迫田との酒盛り兼猥談の日から三日ばかりたった頃、やっと理栄から電話があった。時間は夜の十一時半頃だった。電話をかけてくるにしては、随分遅い時間だ。

 夜の沈鬱な空気の中だったけれど、理栄の声は、案外明るかった。

「セイちゃん、元気?」などと高い声で訊いてきた。

「元気なわけないやんか。ぼく、リエちゃんから電話あれへんから、ずっと落ち込んでてんから」

「そうか。それは悪かった。けど、わたしの方はもう元気になったから、心配せんといてな」

 詳しいことは訊くまいと、精一は思った。とにかく理栄が戻って来て、以前と同じ理栄でありさえすればいい。他の細かいことはどうでもいい。

 もちろん、彼女のお兄さんが事故死したという不幸を彼女は抱えているのだから、全くどうでもいいというわけにはいかない。その辺の配慮はこちらもしないといけない。もし彼女が自分の兄のことで打ち明け話でもしてきたら、しっかりと注意深く話を聞かないといけない。

 しかしこちらから無神経に訊ねることはしてはいけない。この場合、あくまでも大事なのは彼女の気持ちのみであって、精一がどう思うかは問題ではない。だから、彼女の気持ちを聞くことを主眼として、彼の方の気持ちは割愛する。

 理栄の兄のこと以外の話なら、精一の気持ちを述べてもいい。特に二人の恋愛関係のことならば、むしろ積極的に述べた方がいいだろう。

 そういうわけで理栄はまたデイケアのスタッフの仕事を再開し、精一とのデートもするようになった。

 無理にそのように振舞っているのかも知れないが、理栄は以前よりむしろ明るくなったと言える。口数も多くなって、冗談も度々飛ばすようになった。

 彼女の兄が事故死したことは、先生や岩田さんのようなスタッフや、親会社の西京病院の職員の人たちは知っているのだろうが、患者の人たちには完全に秘密にされている。患者の中で知っているのは精一ただ一人なのだろう。

 だからデイケアの場でそのことを口にすることは、絶対にご法度だ。その上彼は、彼女と二人きりで会っている時も、彼女の兄のことは一切口にしないことに決めていた。

 彼のそんな気遣いを彼女も感じたのだろう。彼女の物の言い方も、以前よりはるかに優しくなっていった。

 彼女のハイツの部屋での絆も、恙なく結ばれ続けていた。彼女のあのコリコリは、いつも彼の快感を誘い、彼を激しい射精に導いた。

 デイケアでは、時々小さな声で話を交わすくらいで、たいして接触はしなかった。

 その二つの生活で、精一は十分満足していた。いずれ結婚について考えなければならないのだろうが、今のところ、二人は恋愛関係を楽しんで、コリコリすることにいそしんでいた。

 時は冬も過ぎて春になった。桜が満開になり、二人でコップ酒を持ちながら桜の木の下に佇んだ。そんなことのあった夜、十二時も過ぎた遅い時間に、理栄から電話がかかってきた。

 父も母も眠っていて、精一はたまたまトイレの帰りに玄関口を通りかかった時だからよかったが、もし彼も眠っていたりしたら、母などは大騒ぎをしたかも知れない。女親というのは、息子の女友達に対しては、敵意を抱くものだから。

 受話器から聞こえる理栄の声は、いつになく沈んだものだった。精一は心配になって、思わず「どうしたん?」と深刻な声を出した。

 すると理栄は、

「わたし、大桃さんにえらい言われた」といきなり意味不明なことを言った。

「大桃さんって、あの、大桃さん?」

「そう。西京病院の大桃さん」

 精一の通っているデイケアのあるクリニックは、西京病院の出張所になっていた。だから組織としては、西京病院とクリニックはつながっている。スタッフの交流もある。交流どころか、同じ会社の社員といったところだ。