ビービー・デビル 第十回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 我らが指導者は俺にワインを注いでくれる。俺は注がれたワインを飲み干す。さっきのものと変わらないくらいおいしい。

「あなたって、ワインばかり飲んでるのね。それに変な所にも行っているみたいだし」と美紀子が苦言を呈した。

「ところでエイエイ大王のことだが」と我らが指導者はワインを飲み干しながら言う。「わたしは彼がどこにいるか知っている。実はこんなファックスが届いたんだ」

 我らが指導者は奥の部屋に入ってすぐに出て来た。手には一枚の紙が持たれてある。

 テーブルの上にファックスの紙が広げられた。上等のファックスの機械を使っているのか、印刷がきれいだ。

 そこには大きな文字でこんなことが書かれてある。

 

──わし、エイエイ大王は今円の本棚の中にいる。わしが円の本棚を支配すると宣言すると、円の本棚の建物たちが大勢わしに襲いかかって来て、入り口まで追いやられた。円の本棚の建物はなかなかの武術の使い手だ。だがもし我らが指導者にこちらに来ていただいて、円の本棚はエイエイ大王のものだと宣言してくれたならば、円の本棚はわしのものになる。わしはもう一度円の本棚の中に入って行く。円の本棚の建物なんか怖くはない。わしに協力するために、早く来るように。──

 

「我らが指導者は行くつもりなんですか?」と驚異の石ころが訊ねた。

「わたしが行かないとどうにもならないだろう」と我らが指導者は不安げに言う。

「本当は行きたくないんですね?」と驚異の石ころは重ねて訊ねた。

「わたしは……行きたくない……」と我らが指導者は悄然としている。

「でももしそこに我らが指導者が行かなくても、エイエイ大王がこちらに来るというのは有り得ることです。エイエイ大王は時空を飛び越えて存在していますから」とビービー・デビルが意見を述べた。

「するとみんなが円の本棚に行っている間にわたしがここでエイエイ大王と相対することがあるということかね? それは困る。わたしには何も神通力はないからな」と我らが指導者は泣きそうになる。

「分かりました。それならば我らが指導者も一緒について来てもらいましょう。我らが指導者もそれでいいですね?」と驚異の石ころが訊ねた。

「分かった。一緒に行く」と我らが指導者の声は恐怖のために掠れている。

 ワイン二瓶を開けた俺たちは、我らが指導者の邸宅にあるエレベーターに乗った。エレベーターはどんどん上に昇る。我らが指導者も驚異の石ころも何も言わない。俺と美紀子とビービー・デビルの三人は素直に従わざるを得ない。

 何しろ我らが指導者と驚異の石ころはこの国の最高責任者らしいからだ。

 エレベーターがゆったりとしたモーションで止まった。そしてドアが開く。そこは一面ガラス張りの部屋だった。最上階らしく、ガラス張りの天井が上に見える。

「ここは我が国の最新鋭の飛行機IE38が格納されている場所です」と我らが指導者は誇らしげに言う。さっきの情けない様子は影を潜めてしまった。

 やはり男は飛行機とか船とか自動車とかの話をするのが好きだ。我らが指導者のように、途端に元気になる。

「IE38というのがどんな飛行機か、きみたちは見たいだろう?」と我らが指導者が主に俺に向けて言う。

 俺はそんなもの別に見たくはなかった。俺たちはとにかく円の本棚という所に行かなければならない。そこに行くことが第一の用件で、飛行機がどのようなものかは第二の用件だ。

 しかしここは我らが指導者を立てなければならない。そこで俺は「是非見たいですねえ」とお愛想を言った。

「よし、わたしの自信作だ、さあ、見なさい」と言って我らが指導者は壁についているボタンを押した。

 すると建物全体がゴーゴーとうなり声をあげた。床が揺れる。ビービー・デビルが「何だ、何だ」と恐れている。

「大丈夫、何も心配はない」と我らが指導者が胸をポンと叩く。美紀子は俺の手を探る。俺は美紀子の手をしっかりと握った。

 突然床が割れて、観音開きのドアのように上向きに開いた。我らが指導者は「危ないから近づかないように」と注意した。俺たちはエレベーターのすぐそばにへばりついている。

 床の下から一軒の家がせりあがって来た。確かに家だ。どう見ても飛行機には見えない。

 家はどしどし上がって来る。そして全ての姿を現わしたところで停止した。観音開きになっていた床がゆっくり閉まった。家がその上に乗った。

 俺はすぐさま疑問を口にした。「飛行機はどこに行ったのですか? あれは家じゃないですか」と。

「ところがあれは家でもあるが、飛行機でもあるのだ」と我らが指導者が誇らしげに言う。

 俺は驚異の石ころの方を見た。驚異の石ころはうんうんと頷いているばかりだ。否定をしている様子はない。

「まあ、そんな所で口をポカンと開けてないで中に入りましょう」と我らが指導者はポケットの中にあるリモコンを取り出して家の方に向ける。家のドアのあたりがカチャリと音を立てた。

 それは小さな家だった。床は長方形だ。六畳くらいの部屋が二部屋並んでいるというような形だった。

 外観は窓が数カ所あるように見えるが地味な感じだった。他の壁は白い。これのどこが飛行機だ、と俺は思った。

 そこで俺は我らが指導者に向かって「これのどこが飛行機なんですか?」と訊ねた。

 すると我らが指導者は「どうぞ中に入って下さい」と言って先に家の中に入った。俺も美紀子も入らないわけには行かない。

 入ってみると、それはやはりただの家だった。操縦室の部分はどこにもない。これが一体どうやって空を飛ぶのか見当もつかない。

「まあ、まあ、そんなにキョロキョロしないで、ソファにでも座って下さい」と我らが指導者が言う。

 我らが指導者が指さした所にソファが正方形の囲いを作っていた。我らが指導者がドンと座る。俺は美紀子の手を取ってソファに向かう。そして我らが指導者と同じようにドンと座る。ビービー・デビルも俺たちの後に続いてソファに座る。

 驚異の石ころは一人床に直に座った。

 我らが指導者の座っている場所のすぐそばに冷蔵庫があった。我らが指導者はそこからビールを三本取り出し、俺とビービー・デビルと自分に配った。

「こんなところにもビールがあるのかい」と俺は驚いて声をあげた。

「我らが指導者の行く所全てにビールがある、これはわがA現実の格言です」と我らが指導者が言う。

「あなた、また飲むの?」と美紀子が俺の腕に肘をぶつけた。「それにあなたまで飲むつもりなの、ビービー・デビル」

「いや、ぼくはどうするか分からない」とビービー・デビルは自信なさそうだ。以前の悪者だった時の迫力は全然残っていない。

「さあ、飲みましょう」と我らが指導者がビールのプルトップを開けて空中に上げた。俺もビービー・デビルもつられて缶ビールを空中に上げた。

「こうなりゃ、飲まないと仕方ないでしょう」と言って俺は缶ビールのプルトップを開ける。ビービー・デビルも開けた。シュワーと音がする。俺は缶の半分くらいを一気に飲み干した。とても気持ちがいい。

「ところでこれは家の形をした飛行機です」と我らが指導者が説明を始めた。「そしてこの飛行機は自分自身の意志を持っています。それを証明しましょうか? おい、家君、家君、返事をしたまえ」

「はい、家です」と天井から男の声が聞こえた。

 俺は思わず「へえ~」と声をあげる。美紀子もビービー・デビルも声が出ないほどびっくりしている様子だ。

「きみは自分自身の意志を持っているね?」と我らが指導者が家君に訊ねた。

「はい、ぼくは自分自身の意志を持っている飛行機です。我らが指導者に作っていただきました」

「そうだ。きみはわたしが作った。よくぞ言った。うん、うん」と我らが指導者は頷いた。

「実際に作ったのは科学者ですが、我らが指導者が作れと命令しなければぼくは生まれませんでした」

「こら」と我らが指導者は叱責する。「本当のことをバラすな。わたしが作ったということにしておけ」

「はい、分かりました。我らが指導者がぼくをお作りになったのです」と家君は言い直した。

「ところで今から円の本棚に行ってもらいたいんだが」と我らが指導者はさっきから偉そうだ。

「はい、行ってもいいですが、円の本棚に何か御用でもおありですか?」と家君はどことなく反抗的だ。

「用事はある」

「どんな用事ですか?」

「つべこべ言わないで行ったらいいんだ」と我らが指導者は怒鳴りつけた。さっきまでの温和な我らが指導者と全然違う。

「でもどんな御用か分からないと、ぼくも出発出来ません。自分の分からないことをするのは怖いですから」と家君はなかなか頑固だ。

「我らが指導者、家君に何故そんなに高圧的にしゃべるんですか? 普通にしゃべればいいじゃないですか」と驚異の石ころが苦言を呈した。

 我らが指導者は仕方なくという風に「うん、分かった」と返事をした。