ビービー・デビル 第九回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 ビービー・デビルはソファの驚異の石ころの隣に座った。我らが指導者が「ビールを飲みたい人は手を上げて」と呼びかけた。誰も手を上げない。さすがに俺もビールはいらない。腹がすいた。食事をしたい。

 俺は「ビールはいらないけれど、食事がしたい」と言った。我らが指導者は「そうか、そうか」と優しく言った。そして「食事をしたい人は手を上げて」と呼びかけた。すると美紀子も驚異の石ころもビービー・デビルまでが手を上げた。

 一人一人にカレーライスが配られた。我らが指導者も同じようにカレーライスを食べている。相変わらず片手にビールのジョッキを持っている。

 カレーライスはとてもおいしい。こんなおいしいものをロボットが作るとしたならば、これは驚嘆だ。

 俺は我らが指導者に「このカレーライスはどなたが作っているのですか?」と訊ねた。

 すると我らが指導者は「食事作りロボットが作っている」とこたえた。

「これもロボットが作っているんですか。驚きだな」

 俺はさらに夢中になって食べた。ビービー・デビルは何も言わずに食べている。

 すると我らが指導者が「ビービー・デビル君」と呼びかけた。

 ビービー・デビルは「はい」と言いながら飛び上がった。

「エイエイ大王というのはどこに住んでいるか知っておるか?」

「いえ、知りません。いきなりぼくの目の前に現われるんです」

「それならば今もいきなりきみのそばに現われるかも知れんな」と我らが指導者はビールをまた一口飲む。

「だから怖いのです。もし今ぼくの前に現われたなら、ぼくは裏切りの罪で殺されます」

「きみはエイエイ大王に何か約束でもしたのかね?」

「A現実の人間全てをシーシー・デビルとディーディー・デビルにしてしまうという約束です」

「きみは今、その力を失った。そこできみはエイエイ大王に殺されることを恐れている。そのようにしてエイエイ大王を恐れているきみがエイエイ大王の討伐のために力を発揮出来ると思うかね?」

「それは無理かも知れません」と言ってビービー・デビルはカレーライスの上でうなだれる。「一層のことぼくなんかは囮に使われて、エイエイ大王をおびき出す道具になればいいのですね」

「そうだ。ビービー・デビル、きみはなかなか頭がいい」

 みんなは黙々とカレーライスを食べる。ビービー・デビルが囮になるという話は発展しない。我らが指導者はビールのおかわりをした。きれいな女性のお手伝いさんが新しいジョッキを持って来た。

 俺はカレーライスを全部食べて満足している。我らが指導者と目が合う。我らが指導者はこう言った。

「どうです? ビールを飲みませんか?」

「おなかがいっぱいでビールは欲しくありません」

「それならワインはどうです? わたしは何しろ我らが指導者ですから、いいワインを持ってますよ」

 俺はふとワインが欲しくなった。それで返事をしなかった。我らが指導者は俺の表情を見てワインを欲しがっていると察したのか、ビールのジョッキをテーブルの上に置いて部屋を出て行った。

「あなた、お酒ばかり飲んでいるのね」と美紀子が俺を責めた。「これから色々と戦いがあるかも知れないのに、大丈夫なの?」

「俺はちょっとくらい酒を飲んだって大丈夫さ。酒のためによたつくことはない」

「それならいいけど」と美紀子は納得していない様子だ。

「ビービー・デビルもワインを少し飲むか?」と俺はビービー・デビルを誘った。ビービー・デビルがあまりにも恐怖の表情でいたからだ。今にもエイエイ大王が目の前に現われるかと恐怖しているのだ。

「ビービー・デビルは本当に囮になるの?」と美紀子がビービー・デビルに訊ねた。

「本当は……」とまで言ってビービー・デビルは黙り込んでしまった。

「本当は、なりたくないんでしょう?」と美紀子がビービー・デビルの代わりに後を続ける。

 ビービー・デビルは「はい」とこたえた。ビービー・デビルはすっかり素直になった。

「それならわたしが我らが指導者に言ってあげる。あなたみたいに怖がっている人に囮になれというのは残酷ですもの」

 我らが指導者がワインを一本持って帰って来た。我らが指導者が何かを言おうとする前に美紀子は「ちょっとお話があります」と我らが指導者の方に歩み寄った。

 我らが指導者はワインを持ったまま後ずさりした。

「あなたはビービー・デビルをエイエイ大王討伐のための囮に使うつもりなんですか?」

 我らが指導者は目を白黒させている。取り敢えずワインを近くのテーブルの上に置いて、胸に手を当てた。呼吸を整えている様子だ。

「驚きましたな、お嬢さん。あなたはなかなか気が強い。わたしなんか足元にひれ伏してしまいますよ。何しろわたしは気が弱いので。我らが指導者なんかにはとてもなれない器なんです、わたしは。なのに交番の巡査がわたしに我らが指導者なんて名前をつけて。困っているのです、実は」

「困っていようと困っていまいとあなたは我らが指導者です。この国の最高責任者です。ビービー・デビルの運命もあなたが握っているのです」と美紀子はあくまでも責め立てる。「あなたはビービー・デビルを囮に使うつもりなんですか、どうですか?」

「それは……それは……ビービー・デビル君の意志次第で。わたしは何も強制するつもりはありません」

「ビービー・デビルは囮になるのは怖いと言っております」

「それならばビービー・デビルを囮にするという案は破棄しましょう」と我らが指導者はここでやっとニコリとほほ笑んだ。

「ありがとうございます」とビービー・デビルは我らが指導者と美紀子の両方に頭を下げた。

「そのようにホッとしたところで、ビービー・デビル君、きみもワインを飲もう。これはとてもいいワインだ。飲んだら飛び上がるほどおいしいときみも言うよ」と我らが指導者はみんなにワインを勧める。驚異の石ころや美紀子にまで注いで回った。

 俺ももちろん注がれる。注がれるや否や飲む。今まで飲んだことのないほどのまろやかさだ。俺は思わず「うまい!」と叫んでしまった。

「そうでしょう、うまいでしょう! わたしの持っている中でも取って置きのものを持って来たんです。何しろビービー・デビル君をここに連れて来て下さったんですからな。これはすごいことです」

「そんなにすごいことなんですか?」と俺は訊ねた。

「すごいことです。今まで大勢の勇者がビービー・デビルの事務所に行きましたが、みんなシーシー・デビルになってしまいました。あっ、ところでビービー・デビル君、シーシー・デビルやディーディー・デビルになった人たちは元の人間に戻ったのかね?」

「はい、そのはずです」とビービー・デビルがこたえた。

「それならデビル監獄に連絡して、シーシー・デビルやディーディー・デビルになった人たちを解放してやらねばならないな。ちょっと待ってくれたまえ、電話して来る」と言って我らが指導者は席を外した。

 きれいなお手伝いさんが近寄って来てワインを注いでくれる。俺はまた一息に飲んでしまった。お手伝いさんはすぐに注いでくれない。俺も「注いでくれ」とも言えないので我慢している。

 俺はビービー・デビルに向かう。そしてこんなことを訊いた。

「きみは今まで彼女というものを持ったことがないのかね?」変なしゃべり方だ。しかしビービー・デビルなんて名を持った人物とどうしゃべっていいのか、俄かには分からない。

 ビービー・デビルは俺の顔を真っすぐに見て「はい」とこたえた。

「人間、好きな人を持ったら、そう簡単には悪いことはしないものだ」と俺は格言みたいなことを言った。

 ビービー・デビルはやはり「はい」とこたえるばかりだ。

「俺は小説家だが、美紀子がいるお陰で小説家の仕事に没頭出来る。変な所に遊びに行こうとは思わない」

「変な所って、どこよ」と美紀子が訊ねた。

「変な所って、変な所だよ。驚異の石ころさんがよくご存じだ」

「驚異の石ころさんは変な所って、知ってますか?」と美紀子が真っすぐに訊ねた。

「ぼくはそんな所は知りません。ぼくは真面目です」と驚異の石ころは少なからずムッとしている。

「変な所なら、わたしがよく知っているよ」と我らが指導者が登場する。

「どんな所ですか?」と美紀子が正直に訊ねた。

「まあ、そんなことよりもワインを飲みなさい。もう一本持って来たよ」と言って我らが指導者は懐からもう一本のワインを取り出した。

「お酒ばかり飲んでいる場合じゃないでしょう」と驚異の石ころが注意をした。「エイエイ大王がいつ襲って来るか分かりません」

「それはそうだ。しかしこのワインを飲む暇くらいはあるだろう」と我らが指導者は不安そうだ。

 驚異の石ころも我らが指導者の気持ちをおもんばかって何も言わない。