ビービー・デビル 第十一回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「実は円の本棚には今、エイエイ大王がいる」と我らが指導者が重々しく言う。

「エイエイ大王とはどなたですか?」と家君が訊ねる。

「わたしの前に我らが指導者であった人だ」

「それはお懐かしい。その頃のぼくはまだ土でしたけれど、前の我らが指導者のことは覚えています」

「そうか。前の我らが指導者というのはどんな人だった?」

「温厚でいい方だったと思います。しかしその前の我らが指導者がどうして円の本棚にいらっしゃるのですか? 我らが指導者を引退した人は、山にこもるのではないですか?」

「そうなんだ。だからわたしはびっくりしている。前の我らが指導者は今エイエイ大王と名乗って、円の本棚を支配しようとしているんだ」

「それはよくない。れっきとした悪事です」と家君は興奮して建物を揺らした。

「だからわたしたちはこれから家君に乗って円の本棚に行こうと思っている。いいな? 行ってくれるな?」と我らが指導者は家君に依頼をした。

「ぼくの持っている平和光線を当てにしてませんか?」と家君は我らが指導者に訊ねた。

 我らが指導者は一瞬絶句して、それから「う、うん」と言いにくそうにこたえた。

「ぼくの持っている平和光線はそんなに強い力はありませんよ。エイエイ大王になった元の我らが指導者をすっかり改心させるほどの力はありません。何しろ相手はこの国の元最高実力者ですからね」

「それは分かるが……」と我らが指導者は口ごもった。

 すると今まで床に座っていた驚異の石ころがすくっと立ち上がった。みんなは驚いた顔をして驚異の石ころを見た。驚いたと同時に安心もしている。驚異の石ころなら家君を説得出来ると考えたからだ。

「家さん、家さん、どうか助けて下さい」と驚異の石ころは低姿勢になる。

「あなたは驚異の石ころさんですね。何度もお会いしてますけれど、お話するのはこれが最初ですね」と家君は何となく嬉しそうだ。

「はい」と驚異の石ころはこたえた。「ぼくはあまりおしゃべりするのがうまくないので、いつも黙っているのです。国を動かすのは何といってもおしゃべりの力ですからね」

「いえ、そうとも限りません」と家君は否定する。「黙って状況を把握する冷静さが最も必要だと思います。だからこそぼくたち下々の者は驚異の石ころさんを信頼しているのです」

「何だ、何だ、おしゃべりのこのわたしは信頼していないと言うのか?」と我らが指導者が不機嫌な様子で話に入って来た。

「我らが指導者も信頼はしております。信頼はしておりますが、実質的な指導者は驚異の石ころさんだと思っています」と家君は言いにくいことをスッパリと言ってしまった。

 我らが指導者は顔を真っ赤にした。驚異の石ころはそっぽを向く。気まずい空気が流れた。

 やがて驚異の石ころがこんなことを言う。

「家さん、家さん、あなたは政治というものをよくご存じない。我が国の実質的な指導者は間違いなく我らが指導者です。あなたはもう少し勉強する必要があります」

 驚異の石ころにたしなめられた家君は黙り込んでしまった。

「円の本棚とは勉強する場所です」と驚異の石ころはさらに続ける。「円の本棚は知恵の宝庫です。そのことはご存じですよね」

「はい、知っています」と家君はこたえた。「でも、ぼくはまだ一度も行ったことがないのです」

「そうですか。それならば今回がいい機会です。是非円の本棚に行きましょう。そして様々な勉強をしましょう。どうでしょうか、家さん?」と驚異の石ころはにこやかな顔で言った。

 家君は「はい、分かりました」とこたえた。

 これで交渉は成立した。

 家君は「さあ、出発します」と宣言した。すると家君の建物がグラグラと揺れて、上に上がるような感覚がある。

「我が国の実質的指導者が誰であろうと、エイエイ大王を退治するか改心させるかしなければならないのだから、円の本棚に行かなければならない」と我らが指導者はしどろもどろになって言った。先程家君の言った言葉がまだ引っ掛かっているようだ。

 驚異の石ころはこんな時はいつもそっぽを向いている。

 俺はビービー・デビルにこんなことを訊ねている。

「家君は円の本棚に行ったことないんだろう? どうやって円の本棚に向かって飛べるんだ?」

「家君にはこの国のあらゆる地図が埋め込まれているのです」とビービー・デビルはこたえる。ビービー・デビルはすっかり俺たちの仲間になっている。

「それじゃあ、飛び上がるだけで目的地に行けるのか? 楽な仕事だな」と俺はなるべく小さな声で言ったつもりだが、それを家君は聞きつけてこう返した。

「楽な仕事ではありませんよ。わたしは家の形をした不安定な飛行機ですから、とてつもなく神経を使うのです。人の仕事を軽はずみに楽だなどと言ってほしくないです」

 俺はこんなに怒られるとは思ってもみなかったので、びっくりして絶句してしまった。

 美紀子が俺の肘を軽く叩いて「謝ったら?」と言う。

 それを聞いて俺は逆に謝る気がなくなった。

「どうして謝らなくっちゃならないんだ?」と俺は美紀子に突っ掛かる。

「家さんを怒らせてしまったのだから、謝るのが筋よ」と美紀子が俺の見幕に少しびっくりしながら言った。

「いや、俺は謝らない」と俺は腕を組んで踏ん張る。

 我らが指導者も同じように不機嫌だ。家君の中は気まずい空気が流れる。

「まあ、まあ、みなさん」と驚異の石ころが落ち着いた低い声で言った。決して多弁ではないが、ポイントを押さえたしゃべり方の出来る人といった口ぶりだ。

 驚異の石ころはこんなことを言った。

「せっかくこんなに珍しい乗り物に乗っているのだから、みなさん、仲良くしましょう。ぼくたちが争わなければならない相手はエイエイ大王です。ぼくたち同士じゃありません。家君もそんなに怒らないで下さい。我らが指導者も機嫌を直して下さい。そしてあなた」と言って驚異の石ころは俺に近寄って来る。「そんなに怒らないで。みんな仲間なんですから」

「そうよ、みんな仲間なんだわ」と美紀子が驚異の石ころに賛同する。「ね、そうでしょう?」と美紀子は俺を肘で小突いた。

「まあ、そうだな」と俺も同意した。

「それじゃあ、あなた、家さんに謝って」と美紀子は言う。

 俺は何と言っても美紀子が大好きだ。さっきは感情的になって美紀子を少し驚かしてしまったが、本当は何もかも美紀子の言う通りにしたい。

 俺は「分かった」と言うと立ち上がる。そして「家君」と呼んだ。

「何ですか?」と家君は返事をする。

「きみの仕事のことを楽な仕事だと言って馬鹿にして、本当にすまなかった。誰の仕事でもそれぞれ苦労があるものだ。人の仕事のことを楽だと言って馬鹿にするのはよくない。どうもすまなかった」と俺は素直に謝った。

「いえ、そんなにひどく謝らなくてもいいです。ぼくも短気過ぎました。どうもごめんなさい。こちらからも謝ります」と家君の声が聞こえた。

「我らが指導者もご機嫌を直して下さい。この国の本当の指導者は我らが指導者に間違いありません。ぼくみたいな若造に我らが指導者を凌ぐほどの力があるはずはありません。そうでしょう? 我らが指導者」と驚異の石ころは我らが指導者に訊ねた。

「だがな、我らが指導者という名前は交番の巡査につけてもらった名前だからな。わたしに本当の力があるとは言い難い」と我らが指導者は沈痛な様子で言う。

「我らが指導者は我らが指導者です」とビービー・デビルがいきなり宣言した。

 我らが指導者は真面目な顔をしてビービー・デビルを振り返った。そして「どうしてそう言えるんだ?」と訊ねた。

 ビービー・デビルは我らが指導者の視線にたじろぐことなく、こんなことを言った。

「ぼくだってビービー・デビルという名前で一時はこの国を破滅の危機に陥れた人間です。全くの無能力者というわけではありません。だから我らが指導者の本当の力はぼくにも分かります。ビールばかり飲んで全くの無能力者に見えますが、実は人間としての力はとても優れています。人間が人間として大きく飛躍するために一番必要なのは、人間としての力です。頭の回転が速かったり、計算がうまかったりするのが本当の力ではありません。我らが指導者は真に我らが指導者としての資格があります」

 俺を含めてこの場にいるみんなはビービー・デビルがこんなに長い言葉をこんなに力を込めて語るとは思っていなかったので、一様に驚いた。