ビービー・デビル 第六回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 我らが指導者はビールのジョッキを片手にして俺たちを出迎えた。

「どうでしたか、ビービー・デビルの様子は? 無愛想な男でしょう? 何であんな悪いことをするのかわたしには理解出来ませんがね。わたしたちの仲間に入ればいいのです。欲しければ、名誉も金もあげますのに」と言って我らが指導者は磊落に笑った。

「あんな悪い奴に名誉や金を与えるわけには行きません」と驚異の石ころが我らが指導者にダメを出した。

 我らが指導者は「それはそうだ」と頭を掻いて降参する。実に威厳がない。

「ところでどうです、またビールを飲みませんか?」と我らが指導者は俺を誘った。俺は何故か驚異の石ころの顔を伺う。驚異の石ころはそっぽを向いている。

 怒っているのかどうか分からない。

 酒飲みとはこうして人の顔色を伺うものなのだ。酒飲みには気の弱い者が多い。

 俺は「飲みます」とこたえた。驚異の石ころとは友情の握手もした。ビールを飲んだくらいで怒りはしないだろうと俺は判断した。

 例の美しい顔をしたお手伝いさんが俺の前にビールを持って来た。

 俺は思わず彼女の顔をじっと見てしまう。美紀子が俺の太ももをつねった。俺は「痛い!」と声を上げた。

「どうしました?」と我らが指導者は俺の顔を見た。俺は美紀子を見る。美紀子はそっぽを向いている。

 我らが指導者はそれだけで事の成り行きを察したようだ。

「お嬢さん、お嬢さん、大丈夫です」と我らが指導者は美紀子に向かう。

 美紀子は「何がです?」ととぼけている。

「いや、このお手伝いさんですが、こんな奇麗な顔をしていても、彼女はロボットなんです。もしあなたの彼氏が恋心を寄せたとしても、それはかなわぬ恋です」

「えっ? 彼女がロボット?」と俺と美紀子は同時に驚いた。

「はい、わが国ではお手伝いさんはみんなロボットでなければいけないという法律があるのです。何故か分かりませんが。ちなみにその法律はわたしが作りました」

「あなたが作ったのなら、何故か分かるでしょう」と俺は我らが指導者に攻め込む。

「いや、参りましたねえ。説明せねばなりませんか。恥ずかしいですが」と言って我らが指導者は頭を掻いた。「実はわたしはすぐにお手伝いさんに手を出してしまいまして、もう十二人も母親の違う子供を持っているんです。今は我らが指導者をしていてお金があるから養って行けるけれど、いつ失脚するか分かりませんからねえ。だからこれ以上子供を増やさないためにこの法律を作ったんです」

「それじゃあ、全部あなたの個人的な都合じゃないですか」と俺は呆れて口を開けた。

「そうです。すみません。でもあなただってこのお手伝いさんに心を魅かれたのだから、満更女好きじゃないわけではない。わたしたちには共通点があるわけです」と我らが指導者はさっそく自分と俺との共通点を見つけてしまった。

「驚異の石ころさん」と俺は入り口付近の椅子で足を組んでそっぽを向きながら座っている驚異の石ころに話しかけた。「あなたが我らが指導者に尊敬を寄せられない理由が分かりましたよ。こんないい加減な人だったら、誰も尊敬しないね」

「ところが」と我らが指導者は何も気を悪くした様子もなく、得意げに言う。「わたしの支持率は九十八・八パーセントもあるんだ。驚いたろう」

「驚異の石ころさん、本当ですか?」と俺は我らが指導者には訊かずに驚異の石ころに訊ねた。驚異の石ころは嘘はつかないと思ったからだ。

「本当なんです」と驚異の石ころは返事をした。「人間は、堅い真面目な人間よりも、少しくだけた人柄を愛するようですね。我らが指導者はくだけ過ぎていますが」

「そうかね、わたしはくだけ過ぎているかね。ハハハハ」と我らが指導者は豪放磊落に笑う。「わたしはそのようなことを言う生真面目な驚異の石ころが大好きだ。いい片腕だと思っているよ。きみがいなければ、わたしはあっと言う間に失脚していただろうね」

「そうですね」と驚異の石ころはあっさり認めた。

 我らが指導者はまた「ハハハハ」と笑う。

 ロボットのお手伝いさんは近くで控えている。俺はどうしてもそちらをチラチラ見てしまう。今度は美紀子は俺の太ももをつねらない。ロボットだから安心しているのだろう。

 ビールをたんとご馳走になり、食事もたっぷり食べた。そして俺たちは城のような邸宅の一室に案内された。

 別れ際に驚異の石ころは、明日またビービー・デビルに会いに行きましょう、と言う。俺も、それがいいと言って、美紀子を伴って部屋に入った。

「こんな不思議なことってあるのねえ」と美紀子が初めて束縛を解かれたかのように、大きな声で言う。「現実とは違う別の現実があるなんて、驚きだわ。そしてそこにわたしの小学生の頃の同級生がいて、悪いことをしている。一体これからどうなるんでしょう?」

「ビービー・デビルと戦わないといけないな」

「でも驚異の石ころはわたしたちなんかに別に期待していないと言っていたわ。わたしたちでは駄目なんだわ」

「そうかも知れないが、ベストは尽くさないと行けないだろう。我らが指導者にこれだけ世話になったのだから」

「あなたはビールをたくさん飲ませてもらったのだから、たんと働けばいい。わたしはあまり戦いたくないわ」と美紀子は憂鬱そうに言う。

「どうしてそんな冷たいことを言うんだ? そもそも俺たちがここに招かれたのは、きみがビービー・デビルと小学生の頃同級生だったからじゃないか。ビービー・デビルを助けたくないのか?」

「助けるのならいいけれど、もし殺さなければならないことになったりしたら、わたし悲しいの」

 このことが美紀子が憂鬱に沈む原因なんだと知って、俺は納得した。

「明日もビービー・デビルに会いに行くんだ。そして今日のように説得する。もし説得に応じるようになったら、もちろん殺さずにすむさ。それに俺たちにはビービー・デビルを殺す力はない」

「驚異の石ころにはあるかも知れないわ。あの人はどことなく怖い人ですもの」

「きみは驚異の石ころを信用していないのか。あれほどの友情の握手をしたのに」と俺は不満をぶちまけた。

「あなたって、呑気ねえ。ビービー・デビルじゃなくて、わたしたちがビービー・デビルに殺されるかも知れないのに、呑気に驚異の石ころに対する友情のことなんか言っているんですもの。あなたはわたしたちが死ぬことは考えていないのね? これはただのお遊びじゃないのよ」

「それは分かっているが……」とこたえはしたが、俺はその後絶句した。

 俺には分かっている。これは戦いなんだ。戦いに負けた者は死ぬかも知れない。そんなことくらい分かって──いたか? 本当に。

 正直言って俺はもっと呑気に考えていた。美紀子の言う通りだ。美紀子は何でもお見通しだ。偉い女だ、美紀子って奴は。

 俺はベッドに入っても何も言わなかった。隣のベッドに寝る美紀子も何も言わない。きっと美紀子の方が今度のことを真剣に考えているのだろう。俺も真剣に考え直さないといけない。

 ビービー・デビルは光線のようなものを発するという。それに当たると誰でもシーシー・デビルになってしまうという。シーシー・デビルとは何だろう?吸血鬼のようなものだろうか? 夜毎人の生き血を求めて街を彷徨う吸血鬼。そんな恐ろしいものにはなりたくない。

 美紀子はもう眠っている様子だ。俺も眠ろうと考えているうちに眠ってしまった。

 ドアをコンコンとノックする音が聞こえる。俺は慌てて跳び起きて「はい」と返事をする。

 見ると美紀子はもう起きていた。そして窓から朝の景色を見ている。俺が慌てて返事をする様子を見て笑っている。笑われた俺も何だかおかしくて笑った。

 ドアが開いて朝食が運ばれて来た。大きな皿にサラダが山盛りになっていて、そのかたわらにパンとスープが並んでいる。小さめの皿に魚料理が乗っている。

 何だかとてもおいしそうな料理だ。

 この料理を持って来たのは無表情な男だが、この男もロボットなのかと思い、俺はじっと見た。男は俺の視線に気づいてこちらを向き、「何でございましょうか?」と訊ねた。

 俺は正直に「きみもロボットなのかなと思ってじっと見ていたんだ」と言った。

 すると男は、「そうです。わたしもロボットです。それがどうかいたしましたか?」ととぼけたものの言い方をする。

 俺はロボットに馬鹿にされる謂われはないので、ムッとした。何か言ってやらないと腹の虫が収まらないので、「お前たちロボットは一体どこで作られてるんだ?」とぶっきらぼうに訊ねた。

 するとロボットは「それはお教え出来ません」とこたえた。

 何となく癪に触る奴だ。

 ロボットが去り、俺は癇癪を起こしてプリプリしていた。すると驚異の石ころが直々に部屋にやって来た。

「今日は朝から街に出かけます。というのもこういう手紙が届いたのです」と言って驚異の石ころは懐から一通の手紙を取り出した。

 宛て名は驚異の石ころ様になっている。裏を返して差出人を見れば、ビービー・デビルと書いてある。子供のように下手な字だ。

 驚異の石ころが「読んで下さい」と言うので、俺は美紀子とともに手紙を読んだ。こんなことが書いてあった。