ビービー・デビル 第七回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「A現実の実質的指導者である驚異の石ころ様、昨夜はせっかく来ていただいたのに愛想のない出迎えをして申し訳ない。斎藤美紀子さんをわたしに会わせるとは、さすが驚異の石ころ様だ、わたしの弱点をよくご存じだ。

 斎藤美紀子さんを見てわたしは正直言って参ってしまった。昨夜もあれから街を彷徨って人間を襲ったが、うまく光線が出ない。人間をシーシー・デビルに出来なくなってしまった。

 これはわたしにとってみれば、命に関わる問題なのだ。シーシー・デビルとディーディー・デビルを増やさなければわたしは殺される。

 今まで敵対していた驚異の石ころ様にこんなことを言うのは虫が良すぎるとは思うが、実はわたしは今あなたに助けて欲しい。『ビービー・デビルの事務所』に早く来て欲しい。わたしは待っている。ことによるとその時にはわたしは既に死んでいるかも知れないが」

 

「まず朝食をお食べ下さい。朝食が終わったら階下に降りて来て下さい。ぼくは待っていますから」と驚異の石ころは言う。俺は手紙を渡した。驚異の石ころは手紙を懐にしまって、そそくさと部屋を出た。

 俺と美紀子は朝食に取りかかった。美紀子は食べないでも構わないと言ったが、俺が、これから大事な仕事があるから食べておかないといけないよと言って食べさせた。

 朝食は十五分くらいで終わった。俺と美紀子は階下に降りる。驚異の石ころは階段のすぐ近くで待っていた。

 我らが指導者が手を差し出しながらこちらに近づいて来た。俺と美紀子は我らが指導者と握手をした。

「ビービー・デビルが白旗を振って来たらしいですな。これも一重にあなた方のお陰だ。今までどんなに強い勇者をビービー・デビルに差し向けても勝てなかったのに、あなた方お二人が来ただけで白旗を上げよった。あなた方はすごい。わたしが今まで見た中で最高の勇者だ」

 我らが指導者は上機嫌に述べ立てた。

「勇者なんかじゃありませんよ」と俺は異議を唱える。「たまたま美紀子が小学生の頃ビービー・デビルと同級生だったというだけのことです」

「しかしそれだけじゃないでしょう? ビービー・デビルがすっかり度を失ってしまったくらいですからな。ハハハハ」と我らが指導者は意味ありげに笑った。

 俺としてはビービー・デビルが小学生の頃に美紀子を好きだったということをあまり言いたくない。何となく嫉妬を覚えるのだ。

 我らが指導者もハハハハと笑ったきり何も言わない。

何も言ってはならないと思っているのだろう。昼間から飲んだくれてはいるが、人の気持ちの分かる指導者なのだ。

 俺と美紀子と驚異の石ころは我らが指導者に送られながら玄関を出た。そして昨日乗った空飛ぶ自動車に三人とも乗った。

 自動車が発進して空に昇ると、美紀子が「本当に大丈夫なんでしょうか?」と声を出した。

 驚異の石ころは落ち着いた調子で「何がですか?」と訊ねた。

「いえ、ビービー・デビルが白旗を上げたというのは、本当は嘘で、これは罠じゃないでしょうか?」

「その可能性はぼくも考えています。だから今日は様子を見に行くだけなんです。警戒しないといけませんからね」と驚異の石ころは相変わらず落ち着いている。

 驚異の石ころがこれほど落ち着いていれば大丈夫だと俺は思った。美紀子はどうなのだろうと、俺は美紀子の横顔を見た。

 美紀子は「そうですわ。警戒し過ぎてもいいくらいですわ」と言いながら、強ばった顔をしている。彼女はよほどビービー・デビルを信じられないらしい。

 驚異の石ころは何か考え込んでいるのか、すぐには返事をしない。やがてこんなことを言った。

「正直言ってぼくはあなた方を当てにはしていなかった。小学生の頃に好きだった女性を見たところで、ビービー・デビルに何も変化はないと思っていた。でもビービー・デビルのあの狼狽えぶりにはぼくも驚いた。そして今日のこの手紙です。ことによると罠かも知れないという懸念があるようですが、ビービー・デビルのこの狼狽えぶりから見て、これは罠ではないと思います。あくまでもぼくの推測に過ぎませんが」

「そうですか。罠ではないですか」と美紀子は真面目な顔をして頷いた。「罠ではないとしたならば、わたしたちは一体何をすればいいのですか?」

「ビービー・デビルと話をしていただかなくてはなりません。ビービー・デビルの良い心を引き出すことの出来る唯一の人は美紀子さんだと思いますので」

「話ですか? 話って何を?」と美紀子は驚いて訊ねた。

 美紀子はビービー・デビルを恐れている。俺は美紀子を精一杯の力を発揮して守ろうと決意する。

「俺も一緒に話をするよ」と俺は美紀子に向かって言った。

「それがよろしいかと思います。女の人一人でビービー・デビルに相対するのは危険だと思います。かく言うぼくも話し合いに同席いたします。あっ、もう着きました」と驚異の石ころが言うと自動車が空中で止まる。そしてだんだんと下に下がって行った。

『ビービー・デビルの事務所』の看板が見えた。ビービー・デビルはビルの真ん前に立って待っていた。

 ビービー・デビルは昨夜のように黒い背広を着ていた。しかし昨夜のように偉そうにはしていない。自動車に向かって何度も頭を下げている。

「こんなビービー・デビルを見たのは久しぶりだ」と驚異の石ころは驚いた声を上げた。「美紀子さんの力はすごいものです」

 自動車が止まると、驚異の石ころはマイクを取り出して「おい、ビービー・デビル」と外に呼びかけた。

「はい、何ですか?」とビービー・デビルは相変わらず低姿勢だ。

「これは罠じゃないだろうな?」と驚異の石ころは太い声で恫喝する。

「罠なんかじゃないです。信じてもらえないのは仕方がないですが。何しろ今までぼくは悪いことばかりして来ましたからね」

「お前は元々悪い人間じゃなかった。お前がこちらの世界に来た時に面倒を見たのはぼくだもんな。よく知っている」

「そうです。そうです。この世界でお金も食べ物もないぼくを拾って下さったのはあなたです。だから感謝しております。今回の危機もあなたでなければ解決していただけないと思って、手紙を差し上げたのです」

「本当か? また裏切るつもりじゃないだろうな」と驚異の石ころはあくまでも疑わしげだ。

 そして後ろを振り向いて俺たちに「どうでしょうか?」と訊ねた。「ビービー・デビルの言うことを信じましょうか? それともこのまま帰りましょうか?」

「わたしの座席のそばにまで来てと言って」と美紀子が驚異の石ころに言った。「話しをしてみて本当か嘘か判断する。話したらきっと分かるはずだから」

「おい、ビービー・デビル」と驚異の石ころはマイクを手にして言う。「お前みたいな悪人に対しても美紀子さんは情けをかけて下さると言うんだ。感謝をしろ。美紀子さんの座席のそばに来るんだ」

「はい、分かりました」と言ってビービー・デビルはそそくさと駆けて美紀子のそばに来た。

「ビービー・デビルをこんなに近くに来させて大丈夫なのか?」と俺は心配して訊ねた。

「大丈夫です。この自動車はあらゆる武器から完全に防御されています。ビービー・デビルの光線にも対応しております」と驚異の石ころはこたえた。

「心配しないで」と美紀子は俺に向かって言う。「ここはわたしに任せておいて。わたしだって怖いけれど、勇気のかけらくらいはある。それを振り絞って頑張るわ」

「分かった」と俺はこたえた。そして牽制の意味も込めてビービー・デビルを睨みつける。美紀子はマイクを手にしてこんなことを言った。

「あなたは小学五、六年生の時、わたしと同じクラスだった。わたしはよく覚えている。その時からあなたはビービー・デビルと名乗っていた。あなたはあの時から悪人になろうと思っていたの?」

「とんでもないです」と自動車の外でビービー・デビルの体が少し飛び上がったのが見える。「ぼくは正義の味方になりたかったのです」

「でも、デビルというのは悪魔という意味よ」

「知らなかったのです。デビルというのが悪魔だということを。ただデビルという名前が格好がいいと思ってしまったのです」

「正義の味方になろうとしてビービー・デビルという名前をつけて、名前の通りの悪魔になってしまったなんて皮肉だわね。そして今はあなたは本当の正義の味方になろうとしているのね。そうなのね?」と美紀子はビービー・デビルをじっと見やりながら訊ねた。

「正義の味方というほどの者にはまだなれないかも知れませんが、何とかあなた方のお味方にはなりたいと願っております。ぼくはエイエイ大王の秘密については少しは知っていますから」

「エイエイ大王って、誰?」と美紀子は訊ねた。

「エイエイ大王というのはA現実にいる悪者です。ぼくを操ってA現実を自分のものにしようと画策していたのです」

「驚異の石ころさんはエイエイ大王というのをご存じなの?」と美紀子は驚異の石ころに訊ねた。

「知っております。エイエイ大王は円の本棚を狙っているのです」

「よく分からない言葉ばかり出て来る」と美紀子は首をひねっている。

「A現実というのはこちらの現実のことです。あなたたちがお住みになっている向こうの現実はN現実と言います。こちらが一番目の現実で、向こうが十四番目の現実です。現実というのは無数にあるのです。こちらの現実に円の本棚があるのです。円の本棚というのは、過去・現在・未来のあらゆる知恵が収まっている神聖な場所のことです。そこは原則的には誰も支配してはならないことになっているのです。それをエイエイ大王が支配しようと目論んでいるのです。わたしたちはそれを阻まなくてはなりません」と驚異の石ころが説明をした。