心中なんか大嫌い 第二十六回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 誰も笑わず、真面目に考えている。宗近はおもむろにこう提案した。

「課長に言っても仕方がないな。やっぱりぼくが冷木さんに言うよ。食堂でご飯を食べていたら、向こうの方から来るだろう、きっと」

「わたしもよりさんのそばにいるわ」と友理乃はまだ手で顔を扇いでいる。

「いてもいいけど、きみがいたらきっと寄って来ないと思う」と宗近が言った。

「二人でしゃべりたいのね。よりさん、本当は静美のこと、ちょっとは好きなんじゃないの?」と友理乃はまた変な疑いを起こす。

「あなたはすぐそんなことを言うんだから」と真央乃が妹に注意をする。

「ちゃんと二人で協力して事に当たらないといけないのに、仲間割れをするようなことを言っては駄目じゃないの。相手を信用しないといけないわ、こういう場合」

「そうね、それがわたしのいけないところね。さっきもお姉さんのことでよりさんをいじめたものね。でもわたし、自信ないもの、やっぱり。わたしよりも静美の方がはるかにきれいだし、お姉さんだってわたしよりはるかに魅力的だし。ねえ、よりさん、本当にわたしみたいなブスでもいいの?」

「きみはブスじゃないよ」と宗近は短くはっきりと述べた。長ったらしく言うより、短く述べる方が相手の心に届くと思ったからだ。

「ぼくにはきみしかいない」

「まあ、嬉しい」と友理乃は微笑みを浮かべて喜びを表わした。

「でも、お姉さんのいる前で、よくそんな大胆なことを言えるのね。よりさんって、案外度胸あるのね」

「だからあなたは好きになったんじゃないの? 今度はしっかりと相手を見て好きになったと、お姉さんは思う」

「わたしもそう思う」友理乃は言って、自分の飲んでいたビールを宗近に渡した。そして「残りを飲んで」と頼んだ。

「これは誓いの盃よ」と妙なことを付け加える。

「そんなことは普通日本酒でするものなのに」と真央乃は初めて声を出して笑った。

「わたし、お酒に弱いみたいだから、ビールも日本酒も同じなの。だからこれはわたし式の誓いの盃よ。よりさん、受けて下さる?」

「もちろん、受ける」と宗近は単純に返事をした。こういう場合はつべこべ言うより、単純に事を済ました方がいい。

 彼は友理乃から渡された缶ビールの残りを一気に飲み干した。誓いはしっかりと結ばれた。

 翌日の昼休みに食堂で焼きそばを食べていると、予想通り冷木静美がそばに寄って来て、「前に座ってもいいかしら」と訊ねる。

 宗近は「いいよ」と答える。

「今日は焼きそばだけなの?」

「うん、今日もきみが来ると思って、簡単なメニューにしておいたんだ」

「それなら、考えてくれたのね」と静美は少し弾んだ声を出した。

「何を?」

「何をって、ひどいわ。わたしにそんなことを言わせるの? 今日はあなたの返事を訊きに来たのに」

「ああ、あのことか。うん、それはね、ちゃんと返事は考えてある。あの件はノーだ。ぼくには柴根友理乃さんという大事な人がいる。その人を裏切るようなことは決してしたくない」

「わたしの方が先にあなたを好きになったのよ。悔しいわ」と静美は険悪な表情を見せる。それを見て宗近は嫌な気分になった。しかしこれからが勝負だ。

「きみは柴根さんのことを殺すと本人に言ったそうだね」

「言ったわ。それがどうしたの? こうなったら、本当に殺すわよ」

「殺したって、何もよくならないじゃないか。ぼくときみとは永久に離れるだけだ」

「そんなことが問題じゃないの。これは意地の問題なの。あなたがわたしのものにならないのなら、柴根さんを殺すし、あなたも殺すかも知れない」

「ぼくも死ぬのか?」

「わたしが死ぬかも知れない」

「きみが? おいおい、物騒なことばかり言わないでくれ。もっと冷静になってくれよ。きみにはきみにふさわしい人がきっと現われる。成岡はいけない。あんな男に関わったから、きみはそんな物騒なことを考えるようになったんだ」

「柴根さんは、成岡のことも取ったのよ」

「成岡は、取った取られたという立場にいる人間じゃないんだ。彼には奥さんがいる。知ってるんだろう?」

「奥さん? 何それ。わたし、そんなこと知らないわ。どうしてあなたが知っているの?」

「昨日成岡に会って、そこで奥さんを紹介された」と言って、宗近は昨日の夜の『花ざかり』でのことを静美に物語った。