心中なんか大嫌い 第二十五回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「お姉さん、まず手を洗わないといけないわ」と妹が注意すると、

「あら、そうだわね。うっかりしてた。このご飯はどうしましょう?」と手の中のご飯の塊を妹に指し示した。

「お姉さんの手は汚くないわね。そのまま一つ握ってよ。わたし、二つ目を握るから」と言って、リビングルームに座り込んでいる宗近を見て、

「お姉さん、手を洗ってないけど、いいわね」と訊ねる。

 宗近は苦笑いをして「いいよ」と答える。「よくない」と言っても仕方がない。

 料理下手な姉妹がドタバタして二つの大きなおにぎりを作り、皿に乗せて持って来た。手を洗っているかどうかなんか気にするいとまもなく、夢中になって二つとも平らげてしまった。ふーっと大きくため息をついて、「ありがとう。おいしかったです」と二人に向かってお礼の言葉を述べた。

 おなかが落ち着いたらビールもすんなりと胃に入って来た。真央乃はキリスト教徒なのに、ビールをグイグイ飲んでいる。宗教のことは訊きたくないので、宗近は黙って姉を見て、妹を見た。友理乃は恐る恐る飲んでいる。彼女はビールというものを飲み慣れていない。ガブガブと飲めるわけがない。

 彼女には、冷木静美という心配事があった。宗近はさっそくこう提案してみた。

「明日会社の昼休みに、冷木さんと話をしてみようか」

「何を話すの?」

「友理乃に変なことをしないと約束してもらうんだ」

「また言い寄られて、気まずくなるのがオチよ」と友理乃はあまり気が進まない様子だ。

 一本の缶ビールを平らげた真央乃は、冷蔵庫からまた二本持って来た。一本を宗近に渡し、もう一本のプルトップを開けた。そしてこう言った。

「わたしがその人と話をしましょうか?」

「お姉さん、明日仕事じゃないの」と友理乃が述べた。

「明日話をするわけじゃないわ。また次の休みになったらのことよ」

「そんなんじゃ、遅いわ。わたし、毎日静美と顔を合わすんだから、怖いのよ。明日もどんなに怖いこと言われるんだろうとビクビクしている」

「課長に相談しようか?」と宗近は新しい提案をする。

「仕事のことならともかく、恋愛のことなんか、課長さんが相手してくれるわけないわ。逆にわたしたちが叱られるだけだわ」

「叱られたっていいさ。何がどうなっても、とにかく友理乃が無事でいられたらそれでいいんだ」

「静美は本気であんなこと言ったんだろうか」と沈んだ調子で友理乃が呟いた。

「あなたを殺すってこと?」と真央乃が訊ねた。

「そう」

「わたしははったりだと思う。本当に殺そうと思っている人に向かって、殺すなんて言わないものよ。あなたを怖がらして、宗近さんから引き離そうとしているのよ」

「わたしもそう思うんだけど」と友理乃は言って、一本目のビールをまだチビチビと飲んでいる。そして缶を下に置いて手で顔を扇ぎ始める。

「なんか、酔ってきたわ。熱い、熱い」

「あまり飲まない方がいいんじゃない。具合が悪くなったら困るわよ」

「お酒って、具合が悪くなるの? いい気持ちになるだけだと思った」と友理乃は疑問を投げかけた。

「お酒に合わない体質というのもあるから、気をつけないといけないわ。合わない人が無理に飲むと、死んだりすることもあるくらいだから」

「お姉さん、お酒で死んだ人を見たことあるの?」

「あるわ。お酒に合わない体質だと知らずに、学生なんかが一気飲みをやって、病院に運ばれて、そのまま亡くなってしまうことはよくあることよ」

「まあ、怖い。もしかしたら、静美はわたしを飲みに誘って、一気飲みでもさせるつもりかしら」と軽口めいたことを言った。