心中なんか大嫌い 第二十四回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「だからお姉さんは、つまらない恋愛なんかには心動かされないの。成岡にそんな変なことを提案された時も、お姉さんは厳しくはっきりと断ったわ。あのこんにゃくみたいに節操のない成岡も、思わず姿勢を正したわ」

「出来ればあなたもあんな男と関わって欲しくはなかった」と真央乃は小さく呟いた。

「関わってるつもりはなかったの。向こうの方がいつまでも付きまとってくるのよ。わたしもキリスト教よって言っても、お前はそんなことないって、相手にしてくれなかった。確かにわたしには信仰なんてなかった。時々お姉さんに連れられて教会に行ったけれど、どうしても神聖な気持ちにはなれなかった」

「あなたは楽しいことが好きだものね」と真央乃は皮肉ではなく普通の口調で言った。姉妹の間では普段から普通に交わされている言葉なのだろう。

「わたしは楽しいことが好き」と友理乃は目をつむって、夢見るように姉の言葉を繰り返した。

「目に見えるかどうか分からない神聖なものは、わたしの性格には合わない。ちゃんと目に見える楽しみが好き。でもそれがわたしの隙になって、成岡みたいな男に付け込まれることになったのだけれど」

「成岡も、目に見える楽しみばかり追い求める男だもんね」と真央乃は言った。

「そういう点では共通点があったのだけれど、わたしはあの男みたいにずるいことはしない。自分の楽しみのために、人の気持ちを蹂躙するようなことはしない」

「成岡にそんなことを言っても分からないわ。友理乃とはお似合いだと思っているのよ」

「わたし、今からでも目を覚まして、お姉さんの信仰に縋り付かないといけないかも知れない。どうすればいいのかしら?」

「どうすればいいのかは、あなた自身が考えることで、わたしがアドバイス出来ることじゃない。信仰とはそうしたものよ。人に教えられてするものじゃない。本人がハッと目覚めて中に入っていくものなの」

「わたし、怖いわ」と友理乃は不意に声を大きくして訴えた。

「わたしを殺すと言った静美はもちろん怖いけれど、成岡のこともまだ怖い。仕事も何もかも辞めて、遠くに逃げようかとも思う」

「ぼくはどうすればいいんだ?」と宗近が驚いて訊ねた。

「もちろんよりさんと二人で逃げるのよ」と友理乃は今日初めて『よりさん』と呼んでくれた。宗近にはそれが嬉しくて仕方がない。胸がジーンと熱くなる。

「ねえ、よりさんもこっちに来てよ。三人でビールを飲みましょう。正直言って、わたしビールなんか飲んだことないけど、今日は飲んでみたい気分なの」

 友理乃に誘われたので、宗近は立ち上がって姉妹のそばに寄ってあぐらをかいて座った。友理乃は宗近の右手をぎゅっと握って離し、

「さあ、飲みましょう。乾杯よ」と明るく述べた。

 軽く三人で乾杯をしてビールを飲んだ。正直言って宗近は腹が減って仕方がなかった。それで遠慮がちに、

「何か、食べるものあるかな?」と友理乃に訊ねてみた。

「食べるもの?」と真央乃は訊ねて、宗近の顔をじっと見て、

「ひょっとして、おなかがすいているんじゃない?」と彼のおなかの具合を見抜いた。

 宗近も意地を張っている場合ではなかった。何しろおなかが減り過ぎて、今にもフローリングの床の上に倒れ込みそうだったから。

「実はそうです」と白旗を上げた。

「わたしが無理に呼んだから、ご飯を食べる暇がなかったのね」と友理乃が力なく反省の弁を述べた。

「ぼくがちゃんと食べてから来ればよかったんだ。慌ててしまって、家に帰ったと思ったらすぐに飛び出したものだから」と宗近も反省をした。

「ほら、宗近さんはこんなにあなたのことを心配しているのよ。他の女の人のことなんか、目の隅にも入らないわ」と真央乃は妹に注意をするように言って、さっと立ち上がって、台所に向かった。

「お姉さん、何か作ってあげるの?」

「作るというようなものは作れないわ。わたしたち、料理が苦手なの。宗近さん、おにぎりでも食べる?」と訊ねられたので、

「おにぎりがあればラッキーです。こんな素晴らしいご馳走はありません」と答えた。

 おにぎりを食べられると知っただけで、宗近の口の中に唾が溜まった。真央乃は炊飯ジャーの蓋を開けて、おにぎりを作り始めた。友理乃も姉のそばに行って手を洗った。