10月の蝉 -7ページ目

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

ずっとほしかったエンディングノートをゲットした。

 

ぼんやりPCを眺めていた午後、葬祭関係の営業の人がやってきた。

最初は話を聞く気はなかった。でも、なんとなく人懐こい感じの人で、何気ない雑談をしているうちに、自分の中に互助会に対する興味があったことを思い出した。

終活、というほど明確に意識しているわけではないのだが、折に触れて「そろそろ考えないといけないよなあ」とは思っていたのだ。

それと、「互助会」という存在についても、一度ちゃんと知っておきたいとも思っていた。

実家の母が何かのおりに「うちは互助会に入ってるからそこでやってもらう」(結婚式の話だったかもしれない)と言ったことがあって、そうか世の中には互助会という仕組みがあるのか、と思ったことがあったからだ。

 

玄関先に入ってもらって、詳しく話を聞いた。

昨今の葬式事情や、個人的な葬儀の思い出など、思いがけなく話がはずんだ。

その人も、身近な人の突然の死を経験しているそうで、「いろいろ大変なんですよねえ」と盛り上がってしまった。

正直、自分の葬式に関しては特段の希望があるわけではない。葬式は残った人のためにあるものだと思っているからだ。残った人たちが納得のいく形で締めくくることができるならそれに越したことはない。でも、諸物価高騰のおり、いろんなオプションをつけるごとに値段もはねあがっていくわけで、先に「故人の遺志」としてこのランクの葬式をやってくれと希望しておくことは悪くない。

それよりも私は、この機会にエンディングノートが手に入れられるのではないかと思ったのだ。

聞いてみたらあっさり渡してくれた。そこの会社で出しているものなのだが、平易なつくりで書きやすそうな体裁をしている。自分のことや家族のことなどはまだ記入することはできない(心理的に)が、口座のことや保険のこと、残ってしまうであろう物の処分に関することなど、伝えておきたいことは書き込めるだろうと思う。

 

訪問営業の人は、だいたいは話だけ聞いて終わりにするか、インターホン越しにお断りすることが多いのだが、たまーにとんとん拍子に話が進んでしまうことがある。

啐啄の機、ってやつかもしれない。こっちが無意識に求めているものが目の前にタイミングよくあらわれる。つまりはそういうことなのだろう。

終活はね。いつも考えておかないといけないと思っているよ。

どういういきさつで行ったのか、もう全然覚えていないのだけれど。

たぶん小学校の低学年のころ。2年生か3年生くらいだったと思う。

伊勢の宮川で花火大会があって、家族とでかけたことがあった。

河原の草の上に座って、夜空を見上げていた。寝転んでいたかもしれない。

ドーンと花火が打ちあがって、空一面に広がった。世界が色とりどりの火花で輝いた。

なぜか私はその瞬間に、「余は満足じゃ」とつぶやいたのだ。なんでそんな言葉、言い方をチョイスしたのかは覚えてない。でも、まさにそういう気分だったのだ。

すると、近くにいた知らない人に笑われた。

子供に不釣り合いな言い回しだったからかもしれない。偉そうに、とかそういう、ちょっと咎めるようなニュアンスだった記憶がある。

人に聞かれるとは思ってなかったので大変狼狽した。恥ずかしかった。

うかつに自分の気持ちを表出するのは危険だなと思い知った瞬間であった。

でも、花火を見上げたときのうっとりした気持ちは忘れられない。

青臭い夏草の草いきれ。背中にあたる柔らかさ。夜の匂い。夜空に開く大輪の花火。

すべてが満たされていた、あの瞬間だけは。

 

 

 

最初の結婚生活の終盤、かなり毎日が煮詰まっていたころ。

夏になると友人家族と志摩スペイン村へ行くのが恒例になっていた時期があった。

今はどんな感じになっているのかなあ。

私が行ってたころはまだ活気があった。

フラメンコのショーを観たり、村内を歩き回ったり(見ているだけで楽しいところだったから)して一日遊び、夜になるのを待つ。

確か8時くらいからだったかな。花火が打ち上げられるのだ。

それをぼーっと見上げながら、「1年よくがんばったなあ。また来年も来られるといいな」と思っていた。

あのころは、毎日がベルトコンベアに乗って流れてくるコンクリートブロックを処理しているような感覚だった。パルケに来ているときだけが、ゆったり息ができるような気がしていた。

あの花火はがんばったご褒美だった。花火を見て涙を流したのはあのころだけだ。

 

 

花火大会の雑踏がつらくなって、大会会場へは足を運ばなくなった。

たまーに、遠くでぱっと開く夜空の花を見かけると、なんともいえない郷愁を感じる。

 

花火大会にまつわる恋バナとかがあればよかったんだけどなあ。残念ながらそういうのはない。

 

 

 

 

 

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YAMANBA企画には、ラボニバスという公演があって、現在vol.2まで上演されている。

そこでは、小倉百人一首を原案とした一人芝居をやっていて、一番歌から順番に上演していく予定になっている。

私は、今年の2月にやったラボニバスで二番歌をモチーフにした「はるすぎて」という作品を上演した。

「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ 天の香具山」

(IMEの変換ってあほすぎるな これが一発で出ないとは)

この歌からあれこれ想像を膨らませていって、一人の母親の物語が誕生した。

バリバリと仕事をしてきた女性の一人娘が結婚する。実務的な考えなのか結婚式を挙げないと娘がいうので、なんとか説得してフォト婚をさせることにした。その着替えを待っている間の彼女の心情を描いた作品である。

それなりに自分の心情と重なる部分もあったので、けっこう気持ちの入った芝居になったんじゃないかと思う。

 

子供のころ、家に百人一首の札があった。でも歌を覚えるという発想はなくて、ただ坊主めくりという遊びに使っていただけだった。私と百人一首とのつながりなんてその程度。

しかし、息子はけっこう覚えた。というのも、彼が通った小学校では、冬に百人一首大会が開催される伝統があり、1年生の時から少しずつ百人一を覚えるという課題が出されていたのだ。

それにつきあうことで私も百人一首を覚えた。有名な歌だけじゃなく、こんな歌もあるのかと思うような歌も覚えて、あれはけっこう楽しかった。

「ちはやふる」という漫画が流行ったときに、なんとなく自分にもひっかかりがあるような気がしたものだ。競技かるたのことは知らなかったけど。

 

YAMANBA企画の「習作 小倉百人一首」、次は三番歌である。

「あしひきの山どりの尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」

さて、これがどんな物語になるのだろう。

メンバーでブレーンストーミングしていると、思いがけない方向へ話が転がっていくことが多いので、その機会を楽しみにしている。

 

 

 

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