ずっとほしかったエンディングノートをゲットした。
ぼんやりPCを眺めていた午後、葬祭関係の営業の人がやってきた。
最初は話を聞く気はなかった。でも、なんとなく人懐こい感じの人で、何気ない雑談をしているうちに、自分の中に互助会に対する興味があったことを思い出した。
終活、というほど明確に意識しているわけではないのだが、折に触れて「そろそろ考えないといけないよなあ」とは思っていたのだ。
それと、「互助会」という存在についても、一度ちゃんと知っておきたいとも思っていた。
実家の母が何かのおりに「うちは互助会に入ってるからそこでやってもらう」(結婚式の話だったかもしれない)と言ったことがあって、そうか世の中には互助会という仕組みがあるのか、と思ったことがあったからだ。
玄関先に入ってもらって、詳しく話を聞いた。
昨今の葬式事情や、個人的な葬儀の思い出など、思いがけなく話がはずんだ。
その人も、身近な人の突然の死を経験しているそうで、「いろいろ大変なんですよねえ」と盛り上がってしまった。
正直、自分の葬式に関しては特段の希望があるわけではない。葬式は残った人のためにあるものだと思っているからだ。残った人たちが納得のいく形で締めくくることができるならそれに越したことはない。でも、諸物価高騰のおり、いろんなオプションをつけるごとに値段もはねあがっていくわけで、先に「故人の遺志」としてこのランクの葬式をやってくれと希望しておくことは悪くない。
それよりも私は、この機会にエンディングノートが手に入れられるのではないかと思ったのだ。
聞いてみたらあっさり渡してくれた。そこの会社で出しているものなのだが、平易なつくりで書きやすそうな体裁をしている。自分のことや家族のことなどはまだ記入することはできない(心理的に)が、口座のことや保険のこと、残ってしまうであろう物の処分に関することなど、伝えておきたいことは書き込めるだろうと思う。
訪問営業の人は、だいたいは話だけ聞いて終わりにするか、インターホン越しにお断りすることが多いのだが、たまーにとんとん拍子に話が進んでしまうことがある。
啐啄の機、ってやつかもしれない。こっちが無意識に求めているものが目の前にタイミングよくあらわれる。つまりはそういうことなのだろう。
終活はね。いつも考えておかないといけないと思っているよ。

