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10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

芝居の台本を書いているとたまに発生する事象なのですが、たまたま観ていたドラマで求めていた演技を発見したり、自分が書いたのと同じセリフを発見したりすることがあります。まあ、あるあるな事象なのかもしれませんが。

 

「春なのに2026」で上演した「いくつになっても夢を見る」の主人公である小寺ちづるの演技について、役者にどう説明したものか考えていた時に見たのが今期の「月夜行路」というドラマでした。麻生久美子さんが演じている感じがまさに私の欲しかった演技で、勢い込んで役者に伝えて見てもらったという経緯があります。

ほかの作品でも似たような経験をしたことがあって、それは自分の役だったりほかの人の役のことだったりしたんですけど、なんというか、まさにグッドタイミングとしかいいようのないタイミングでそういうものに遭遇するんですね。

で、ここ数日、ネトフリで「ライオンの隠れ家」を観ていたのですが、ここでもまたシンクロニシティを体験しました。

このドラマは2024年に放送されたもので、当時は観ていませんでした。ネトフリでずっと候補にあがってきていたものの、なんとなく食指が動かず見ないままでいたのです。

「春なのに」も終わって、しばらく稽古の予定もなくて、ふと見てみようかなという気持ちになりました。自閉症の弟と静かな生活を送る兄が、思いがけない出来事に巻き込まれていく展開は、不穏さともどかしさと先の見えないドキドキに満ちていました。柳楽優弥さんが演じる兄(ひろと)の人物造形は、どこか私が「いくつになっても夢を見る」で描いた小寺さんに似ているような気がしました。

シンクロニシティは最終話で起きました。

ひろとは、事件終結後に大学に復学することを考え始めます。しかし、なかなか一歩を踏み出すことができません。あまりにも今まで弟のために人生をささげすぎて、自分のことを考えるのが難しくなっていたのです。

今まで弟のケアをすることだけが人生だったひろとは、そのケアから手を放すことができそうな状況になってきたことに戸惑いを感じます。この気持ちは、子供が巣立ったあとの親(特に母親)の気持ちに似ていると思うんですね。いわゆる「空の巣症候群」というやつです。だからひろとは戸惑い、立ち止まってしまっている。ぼんやりとやってみたいことは浮かんできてはいるものの、今更という気持ちが強くて動けないのです。

それを、「いまさらとかないよ。やりたいと思ったらその時にやればいいんだから」と、途中から協力者になった記者の女性が後押しするシーンがあったのです。

私が書いた脚本でも、小寺さんがぼんやりと「かつて自分が好きだったこと」を思い出すんですが、それを「いまさら」と思ってしまうシーンがあります。

記者に励まされた時の柳楽優弥さんの表情は、まさに私が想像していたとおりのものでした。

こういうときに即座に「そうですよね!」と決断できないよなと思うんですよ。ずっと自分を後回しにしてきたから、いきなり自分のことを優先してもいいのだといわれても受け入れられないのです。だからぼんやりと、「そう、なんですかね……」と答えてしまう。

記者が放った言葉も、私が脚本に書いたのと同じでした。まあ、よくある言葉ではあるんですが、このタイミングで出会うというのがシンクロニシティだなあと思うゆえんです。

「いまさらとかないよ。いつだってやりたいと思った時がその時なんだから」と私は脚本に書きました。これは実は私が言われたいセリフだったのかもしれない、と後になって思いました。

そう考えると、そもそも小寺さんは私を投影したキャラクターだったともいえるし、私が演じた奥田さんは、こういう人に出会いたいという願望だったのかもしれません。

こういう話を書いたときに、似たような状況の登場人物が出てくるドラマの放映が始まったり、今まで見ようとしなかったドラマを見てしまう、ということが、不思議だなあと思います。

それがシンクロニシティということなのかもしれません。

 

次に書く脚本ではどんなシンクロニシティに出会えるのか、ちょっと楽しみになってきました。

あ、「ライオンの隠れ家」はとても面白く心に残るドラマでした。

天気予報を見ていたら、これからしばらくは晴れたり降ったり、暑かったりちょっとひんやりしたりする日が続くとのこと。雲の流れがとても速いみたいで、一日ごとに雨雲がやってきては通り過ぎていくみたいです。

ゴールデンウイークはちょっと青空は望めないかもしれないなあ。

私は外出の予定がないので、晴れても降ってもあんまり影響はないのですが、やっぱりよく晴れていてくれたほうが気持ちがいいです。窓から見えるきれいな青空に時々目をやりながら、家にこもって本を読んだり映画を見たりするのが好きなので。

 

パソコンを使うとなると、セキュリティの問題が頭を悩ませます。

どれを使えばいいのか。マカフィーなのか、ノートンなのか、ほかの何かなのか。

私はなんとなくノートンを使っています。以前はウイルスバスターだったかな。

別に機密事項を扱うわけじゃなし、重要な情報を取り扱うこともないので、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかとも思うんですが、けっこう親切に(というかうるさく)セキュリティは大丈夫ですかという通知が来るんですよね。

アップデートしてくださいとか、バージョンアップしませんか、とか、新しい機能を試しませんかとか。やらないよりはいいのかなと思ってそこそこ対策はしてきましたが、もうそろそろ手打ちにしてもいいような気がしてきました。

ある程度の対策はしていると思うんですよね。

今朝もトラッカーがどうとかっていう警告が出てまして、私の閲覧記録だとかそういうのを追っかけてるナニカがいるよっていうんですね。うーむ。別にみられても困らないんですが、そこから変な動作につながるのも嫌だしなあとも思うし。仕方がないので苦労してナニカをインストールしました(大丈夫か私w)

で、思ったんです。もういいかなと。これ以上高度なセキュリティ対策をしなくてもいいんじゃないかと思ったわけです。

 

前にパソコンを買い替えた時にも、いろいろ新しく設定したり登録したりする作業があって、かなり面倒な思いをしました。(いや、面倒とか言っちゃいけないのかもしれないけど)

半可通なのもよくないのかもしれませんが、パソコン導入時はほんとになんにも知らなくて、なんにもわからなかったので、次々に画面に現れる指示に右往左往、一喜一憂してストレスをためていました。わからないことや気になることを放置しておくことができない性分なのです。

処置、処理を一時保留にするにも、理屈や状況がわかってないとできない。もう一日中そのことばっかり考えてしまって、ほかのことが手につかなくなるのです。めんどくさい私。

パソコンの薄い画面の奥には広大なネットの世界が広がっていて、パソコン内部の精密な仕組みと、その向こうにあるさまざまな手続き?がどうなっているのか。なぜこの入力はエラーになるのか、この問いにイエスと答えたらどうなるのか、ノーと言ったらどうなるのか、わからないことだらけです。

何度も同じ画面が現れるからその都度サインインしたり、同じ情報を入力したりしていると、ダブって登録したことになってしまってエラーになってしまったり、更新したつもりが新規登録、新規購入になっていたり。そんなことが起きるんじゃないかと思うと不安でたまらなくなります。だからあれこれ調べまくるんですけど、私にぴったりの状況が出てくるとも限らなくて、「えー、違うじゃん」とパソコンの前で悶絶することもしばしば。

道具に振り回されてるなあと最近は思うようになりました。つい、こういう機械は万能だと思い込んでしまうのが年寄りの悪い癖。道具はきちんと使いこなさなければいけないのです。

 

気温もめまぐるしく変動しますが、自分の気持ちもまためまぐるしく変動します。特に春はそういうことが多いように思います。

三寒四温。そういうものだと割り切って、冷静に対処していきたいものです。

確か今日はサンジョルディの日だったはず。

「春なのに」終演後からなんだかバタバタした日が続き、今日になってようやく落ち着いた感がある。天気も下り坂で雨が降るみたいだから、今日はゆっくり本を読もうと思う。

 

Twitterの様子がほんとに変わってしまって、なかなか面白い投稿に出会えなくなった。

何かといえば「お役立ち知識」系。「ところが〇〇があってそれは」でツリーに続く形式、なんだか嫌な人ばっかりが出てくる漫画。私がそういうものをつい見てしまうのがいけないんだけどさ。嫁姑、夫の問題、会社の困った同僚など、人間関係のトラブルに関する話題はつきない。

Twitterってそういうとこだったっけ。いや、Xになってからその傾向は顕著になった気がする。

収益化が拍車をかけてるのか。インプレゾンビなるものまで登場してくる始末で、なんだかもう殺伐としている。

それでも見続けているのは、演劇仲間の投稿があるからで、演劇やら本やらの情報が流れてくることもあるので結局やめられない。たまに、「治りかけの擦り傷をかきむしっている」ような感覚に陥ることもある。ひりひりと痛いのに掻くのをやめられない。時間つぶしに延々とスクロールし続けてるときなんか特に、「かきむしってるなあ」と思う。

 

今積読になっているのは、先日購入した柚月裕子さんの「誓いの証言」と、荻原浩さんの「陰謀論百物語」。あとは、下村敦史さんの「そして誰かがいなくなる」を再読する予定。

「誓いの証言」は「佐方貞人」シリーズ16年ぶりの長編らしい。楽しみだ。