10月の蝉 -18ページ目

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

小学校の算数はなんとかついていけてたと思うんだ。分数も小数点も理解はできる。

でも中学に入って数学に変わったらいきなりわからなくなった。

突然出現するやつが理解できなかったのだ。

幾何の証明で、突然「ここに補助線を引く」という。え、なんで勝手に引いていいの? 自分が勝手に引いた線で証明してそれで正解になるの?

方程式を解くのに、「これをXとする」あるいは、「これをaとする」という。え?誰?君どこからきたの?

こんなことばっかり考えてるから、図形の証明はできないし、連立方程式も解けない。

公式はがんばれば暗記できるけど、応用はできない。問題文を見ても、そもそも何を問われているのかがわからない。

さらさらと式を書き連ねて答えを出しているクラスメイトを見ると、なぜそれが答えになると確信できるのか不思議に思う。そもそも「式を解く」ということが根本的に理解できていないのだろう。

数学ですらこうなんだから、その先の物理とかはもうまったく理解の範囲外だった。

 

だから嫌いなのか、というと、実はそうでもない。

私には数学の能力はないんだけど、それを理解している人には限りない憧れがある。私もその世界を理解できたらよかったのになあと思う。

私に理解できるのは、簡単な数独の問題だけだ。

 

東野圭吾のガリレオシリーズや、岩井圭也の「永遠についての証明」、最近話題の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」、伊予原新の「宙わたる教室」など、理系の小説は大好きだ。書いてあることは悲しいかなほぼ理解できないんだけど、数式をあやつって理屈で詰めていく思考がとてもかっこいいと思う。

 

論理、だとか、理詰め、っていうあたりに好感を持っているんだろうなと思う。

自分がそうだからなのか、そうでないからこその憧れなのかはわからないけど。

ひとくちに「子供が欲しい」とか「子供を持つ」とか言いますが、あれには常々疑問を持っています。

その言葉はあまりにも時期が限定されていないか。視点が限定されていないかと。

「結婚したら子供が欲しいと思うのはふつうのことでしょ」とよく言われますが、そのとき欲している「子供」って、なんだかアイテムのような扱いに思えるのです。

「家族」「家庭」というゲームでそろえたい必須アイテム「子供」みたいな感じ。

子供がほしい、子供を作らなくては、男の子がいい、女の子がいい、三人くらいはほしい、なんていう言い方をします。

あるいは、世間的な目からみたら、「子供はうるさい」「子連れは偉そうだ」なんていう言い方もあります。「母親なら子供を愛するのが当然だ」という使い方もありますね。

そこでいつも違和感を覚えるんですよ。こういう言説で使われる「子供」って、実在する人間のことを言っているんだろうかと。

 

子供ってつまりは「人間」です。

受精により発生し、母親の胎内で成長し、やがて出産で外界へ出てくる。ヒトの特徴として、生まれてすぐはとても未熟で、一人で生きていくことができないために他人から保護され世話されることが必須の生き物です。

受精から出産までが約10か月ほどかかります。生まれてから自立歩行ができるまでには約1年ほどかかります。自分で食物を摂取できるようになるには2~3年かかりますし、言語を習得するにはかなり長い年月が必要となります。

子供は、必要最低限の生存能力だけをもって生まれてくる。そこから社会で生きていける「人間」になるまでには20年近い時間が必要なのです。

 

なんかそのあたりを視野に入れていない、というか、考えていないんじゃないかなと思うことがしばしばあります。

とにかく「子供」ができればいいのだ、生まれればいいのだ、育てばいいのだ、という感じ。

その子供にもやがて自我が芽生え、自分のことを考えるようになる、つまり「人間」になるということがほとんど考慮されていないように思えるのです。

親の義務、親の権利といったことが優先され、子供を愛すること=世話すること、もしくは支配することと考えられているのではないでしょうか。

 

そもそもがね。ある人が「子供が欲しい」と思い、なんとかがんばって妊娠し、なんとか出産すると、そこからしばらくは母親にとって子供は所有物のような感覚になります。一体感ともいわれて、赤子の保護と育成においてはとても重要な感覚です。

問題は、この所有感がずっと続きがちである、ということだと思うんですね。

子供が幼くて無力なときは、親(特に母親)がすべてを判断していかなくてはなりません。子供はまだ自分の意思をはっきり表現できないので、親が推測していくしかないのです。これを続けていくと親は「この子のことは私がいちばんよくわかっている」と思うようになります。

ある時期まではそうなんですけど、問題は、やがて子供が成長して自我を持つようになるということなのです。「人間」になっていくのですから当然のことなのですが、親は案外見落としがち。バイアスがかかるということもありますね。目の前の人の変化は思いのほか目に入らないものなのです。

子供は成長し、一人の独立した人間となっていくのですが、どうもそのあたりを見落とすというか、見ないようにしているというか、目をそらしていることが多いのではないかと思うのです。

「子供」とひとくくりに一般名詞で考えた瞬間に、それは実態のない抽象的な存在になります。一人ひとり違う別個の存在であるにもかかわらず、十把一絡げに「子供」として扱われてしまうんですね。

先日「タツキ先生は甘すぎる!」というドラマを見ていたときに思ったのですが、親が「子供のことは親がいちばんよくわかっている。これは子供のためにやっていることなのだ」というときってたいてい問題が発生するよなと。親がやっていることは一般的な子供への対応であって、目の前の独自の存在であるわが子ではない、ということに気づいていないのです。

人との対応は常に柔軟に、臨機応変にやらなくてはならないのに、「子供だからこう」という安易な決めつけで対応してしまう。ある人(子供)にはうまくいったことでも、別の人(子供)にうまくいくかどうかなんてわからないのに、「子供なんてこういうものだ」という思い込みや決めつけで対応してしまいがちです。で、不協和音が発生してトラブルになってしまう。

みんな誰しもかつては子供だったのに、その時の気持ちは忘れてしまうんでしょうかね。あるいは、タイプが違うから思うこと感じることが違いすぎて想像もできないとか。

 

また、「子連れ様」といった言い方で親のほうも非難、揶揄されることが多いのですが、その親だってかつては子供だったわけで、どういう育てられ方をしたのかによって形成される人間性にはばらつきが出ます。子供を産んで親になった瞬間に、完全無欠の「親」に変身できるわけではないのです。

ダメな親、だらしない親、ずうずうしい親、などとすぐに非難の矢が飛びますが、別にそういう「親」にあえてなったわけでもなく、それまでの人間性がそこに出てきたにすぎません。そこに勝手な「いい親」のイメージやら、「親の愛情」とやらがプラスされるので、混迷の度は深まるばかりなのです。

 

子供を持つということは、子供を育てるということは、一人の人間を作り上げることだという認識がもっと広まったほうがいいと思うんですよね。これはとんでもなく難しいことです。

適当に何か食べさせて、寝る場所を作ってやれば勝手に育つ、というわけではありません。そう思っている人もけっこういるみたいですけどね。

だから私は安易に子供を持つことを勧めるのには反対なのです。

産んでみたらかわいいかもよ、なんて無責任の極み。万が一そうでなかったら、その時すでにそこに存在してしまったその子はどうすればいいのでしょう。こればっかりは「やらない後悔」を選ぶべきだと思うんですよね。産んでしまったらもう、いやおうなしにそこに一人の人間が存在してしまうわけですから。

人間社会の機構の衰退なのかもしれませんが、私は少子化もやむなし、と思っています。

人間を育てるのはとんでもなく難しく恐ろしいことなのです。

 

どうやら世間では今日あたりからゴールデンウイークに突入したという認識のようです。

29日が祝日なだけで、来週(今週?)は、ほぼ平日なんですけどね(笑)

昔仕入れた知識によれば、そもそもは映画業界が5月あたまの祝日が多いあたりで映画を見てもらおうということで言い出したキャッチフレーズらしいです。なんでゴールデンなんやと思いますが、ゴージャスな休日っていうイメージをつけたかったのかなあ。

 

ゴールデンウイークにお出かけする習慣はもうすっかりなくなりましたが、若いころはそれなりにおでかけしておりました。そして案の定渋滞やら混雑やらに巻き込まれてうんざりしてました。それもまたゴールデンウイークらしさだと無理やり思い込んでいたとも言えます。

学生だったり、仕事してたりすれば、休日にしか動けないという制約もありますからね。

 

結婚して専業主婦になってからは、逆に連休やら祝日やらが無関係になりました。生活にお休みはないのでね。

 

今日のブログネタが「おすすめの邦画」ということなので、映画について書きます。

その前に、「七人の侍の日」ってなんなんですかね。公開された日ってことなのかしら。

とてもよくできた映画だということで、よくお手本にされている映画らしいです。すみません、見てないです<m(__)m>

 

私は基本的にほかの人に「おすすめ」ということをしません。私が面白いと思っても、ほかの人がどう思うかわかりませんもんね。同じように、ほかの人からおすすめされても、すぐには受け入れないことも多いです。

なので、おすすめはしませんが、面白かった映画をいくつか挙げてみようと思います。

近いところでは「国宝」や「爆弾」がよかったですね。特に「爆弾」は何度見ても面白いし、映画を見た後に小説を読んだり、小説を読んだあとに映画を見たりするという楽しみ方ができるのがとても気に入っています。

お気に入りの映画は何度も見ます。そのためにDVDを購入します。

「キサラギ」「アフタースクール」「リバー、流れないでよ」「るろうに剣心」シリーズ、「さよならまでの30分」「ブレイブ」「カメラを止めるな!」「スペシャルアクターズ」などなど。

DVDを持っているのはお気に入りの映画ということなので、列挙しだしたら全部書かないといけなくなっちゃう(笑)

 

そうそう、「木挽町のあだ討ち」もよかったなあ。最近面白い邦画が増えてきてうれしいです。

字幕がなくてもわかるのはやっぱりいいですね。

洋画は字幕で見たい派なので、ちょっと見逃しちゃう瞬間もあるのが残念です。吹き替えで見ればいいのかもしれませんが、私はその俳優さんの声が聞きたいんですよね。

 

 

今年のゴールデンウイークはちょっと長いんですよね。

ストレンジシードを見に行こうかと思ったりもするんですが、お天気がね。

なんだかんだ言いながら引きこもりのゴールデンウイークになりそうです。

 

おすすめの邦画は?

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