
サトザクラは実をつける。
かつて「みどりの日」と呼ばれていた時期があったので、新緑の写真をあげる。
タイトル、本来は「明治は遠くなりにけり」なのだが、もはや明治は歴史の一部になっている感があり、昭和もそろそろそういうポジションに落ち着きそうだ。
今年は昭和でいうと100年なんだってね。だからなんだという感じではある。
昭和、と一言でいっても、いろんなフェーズがあるわけでね。
16年までの戦前と呼ばれる時期、第二次世界大戦中の時期、戦後の混乱期、そこから立ち直って上向きに発展していく高度経済成長期、バブルがはじけて氷河期、そのあとは何て呼ばれてたんだっけな。「昭和」と聞いて思い浮かぶのは、どの時代に人生の最盛期を迎えていたかによって違うような気がする。
私は高度経済成長期以降の人間なので、「昭和」というと、無知とど根性の時代っていう感じがする。自分が子供のころのことを思い出してみても、牧歌的な側面はあったにせよ、そこそこひでえ時代だったよなと思うのだ。人権意識もないし、環境への配慮もないし。今でもあるけど、差別もひどかった。みんなナチュラルに差別してたよなあ。
だから(というわけでもないけど)、現在問題になるあらゆることに対して、「昔はこうだった」とか「昔からそうなっている」と主張するのは悪手だと思っている。
昔はそうせざるを得なかっただけ、ということが多いんじゃないかと思っている。
昨日書いた「人間を育てる」ということについてだってそうだ。知識がなかったから相当無茶苦茶なことをやってた。たまたまうまくいって生き残ったというだけの事例も多い。生存バイアスってやつだね。
無知だったからぼこぼこ子供が生まれて、知識もないから(たとえ愛情があったとしても)適切な処置ができずに死んでいった子供はたくさんいた。もちろん子供が死んだら悲しむだろうけど、どこかで「仕方のないこと」だというあきらめもあったはず。
そんなふうにあきらめたくないと思う人がいたから医学は発展してきたんだろうし、いかに健やかに成長させるかについても研究が進んだのだと思う。
そういう観点に立てば、今は昭和よりいい時代になったといえるんじゃなかろうか。
昭和に関するエピソードはたくさんある。
ブログスタンプにちなんでいうと、私が幼稚園くらいのころに家にあったテレビがまさにこういうブラウン管タイプのテレビだった。もちろん白黒テレビ。チャンネルはダイヤル式のつまみになっていて、ガチャガチャ回したものだ。回しすぎてすっぽ抜けるなんていうのは定番の出来事。「チャンネル争い」という言葉や概念があったのは、テレビが一家に一台しかなかったからだ。たいていはその家で権力を持っている人にチャンネル権があって(自分が見たい番組を選べるという権利)、それはおじいちゃんだったり父親だったりした。私が野球とプロレスを嫌いになったのはそのせいである。
カラー放送が始まったばかりのころは、モノクロとカラーが混在していて、カラーで放送している番組には隅っこに「カラー」という表示が出たものだ。まあでも受信するテレビがモノクロ仕様じゃカラーは映らないんだけどね(笑)
家にカラーテレビが来たのは、大阪万博の年だった。りっぱな木箱に入ってたなあ。扉がついていたような記憶がある。おまけで太陽の塔の置物をもらったんじゃなかったか。
色のついたテレビの画面はきれいだった。もう夢中になってテレビを見たものだ。
「テレビっ子」なんて言葉も生まれた。いつの時代も親という人種は子供が新しいものに夢中になることにいい顔をしない。「テレビなんか見てると馬鹿になる」と渋い顔をしていたものだ。
そうか。私にとって「昭和」ときいて思い浮かぶのはテレビなのかもしれない。
今よりずっとテレビが輝いていた時代だったから。
昭和と聞いて思い浮かぶのは?
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