10月の蝉 -16ページ目

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

ゆうべ、12時半ごろでしたかね。窓枠がキラキラ光っていたので外を見てみたら、フラワームーンが手を振りながら西の空へ下っていくところでした。すみません嘘つきました、手は振ってないです。でもなんだかそんな雰囲気の月でした。

たぶん今夜は雨で、月を見ることはできないんじゃないかと思います。

あの月、うっすらオレンジ色でキラキラしてたなあ。不思議な色をしていました。

 

ようやく胃腸の機能が復活してきたようで、徐々に普通食に戻りつつあります。

体力は戻ってないので、洗濯物を干すために腕を伸ばしては息切れし、掃除機をかけては息切れしております。んー、年を取るってこういうことなんですね。体年齢が一気に上昇したので、今はリアルに老女となっております。年寄りの動作がゆっくりなのは、早く動くと息切れしちゃうからなのかもしれません。シンプルにしんどいんですよね。

というわけで、ゴールデンウイーク後半ものんびり過ごそうと思っています。

 

憲法記念日ということで、新聞各紙はいろいろ特集を組んでおります。

改憲に賛成する人の割合が増えたということでしたが、あれも考えてみれば不思議なアンケートですよね。

だってあんなにおおざっぱに「憲法を改正することに賛成ですか? 反対ですか?」って聞かれて、答えようがあるでしょうか。

私は、現時点で出されている自民党案の憲法に改正するのは反対です。あんな恐ろしい憲法、まっぴらごめんです。

でもそれとは別に、「憲法自体を改正すること」には賛成です。いくら素晴らしい憲法だとしても、多少は現実にそぐわない部分も出てきている。そこはちゃんと現実に即して改正していくべきだと思うのです。

憲法は人間が作った法律です。人間が作ったものである以上、不備は絶対存在します。だからたゆまぬ修正が必要になってくるのです。

また法律である以上は、情緒的なものは排除するべきだと思っています。

憲法の前文は、若干文章がおかしいところはあるものの、とても美しい文章だといわれています。理念とかそういうもの?が美しいと。まあそれもありでしょう。人間が何かを定めて公布する以上は何かしらの理念が必要でしょうから。ただ私はずっと、あの前文があまりにも他人頼みすぎるところが不安だなあと思っていました。みんなが平和を望むだろうから、それを信頼して丸腰になるね、って言ってるわけで。えーと、「平和」は望むかもしれないけど、その手段が必ずしも平和的とは限らないよねと思ってしまうのです。

 

法律は、使用する言葉の定義をはっきりさせなくてはいけません。なんとなくの思い込みや、イメージで言葉を使うと議論が成立しません。

「憲法」という法律自体は、法律なので改正という行為はあってもいい。

ただ漠然と「憲法改正に賛成か反対か」を聞くというのは、ある種のミスリードでもあります。

賛成というと、もう全面的に憲法を書き換えて今と全然違うものにしようといっているようにとらえられそうですし、反対というと、何が何でも一文字も変更することは許さないと言っているように思えます。そんな極端な二択、ゼロヒャクで考えることは、結果的にはナンセンスだと思うんですよね。

変えるなら慎重にどの部分をどう変えるかを議論するべきです。だから自民党が出している案だって、個別に良し悪しを判断するべきなのです。それを「改正に賛成」というおおざっぱなくくりで通してしまうのはあまりにも無謀だと思います。

 

日本人だから苦手なのかなあ。そういう冷静な議論は。

やみくもに反対か、やみくもに賛成かのどちらかしかないのかと思うととても残念です。

まあ、今の首相じゃあ無理かもしれないなあ。

 

 

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順調に回復してきております。

おかゆとウィダーインゼリーをそれぞれ½ずつ摂取しても問題ありませんでした。

徐々に食べることへの恐怖が減少してきているのを感じます。

とはいえ、まだ自分の胃に何か(消化などの作業が必要なもの)が入るのはちょっと怖いんですけどね。

しかし、食べないとほんとに衰弱するんですね。これ、健康な時の絶食だったら違ってたのかしら。体年齢は一気に5歳もあがるし、ちょっと動いただけで息切れがします。大丈夫なのかしら。日にち薬という言葉を信じて養生しようと思います。

 

夜もまとめて眠れるようになりました。

ゆうべ、ふと目が覚めたとき、窓の外がやけに明るかったんですよ。

雲まで見えるくらい明るくて。

あ、これは!と思って、すぐに空を見上げてみました。

そうしたら中天の高いところにぽっかりと丸い月が浮かんでいました。

5月の満月はフラワームーンっていうそうです。

今夜がたぶん満月。8時過ぎに月が出るようなので、夜中に空の高いところで輝くんじゃないかしら。

 

以前上演した「かまってちゃん殺し」という一人芝居で、ラストに「月を見る」という話が出てきます。

この芝居の主人公は、幼い時に家庭の事情で祖母の家に預けられ、寂しい思いをしました。

おばあちゃんが寝ている部屋の隅で膝を抱え、窓から月を眺めていたという過去があります。

その記憶がさみしすぎるせいで、今になっても月を見ることができない、っていうんですね。

友達から「月がきれいだよ」と連絡が来たら、見たことにしてうその返事をするのだ、と告白します。

この一人芝居は結末が二つあって、一つはうその返事をしてきたと告白したところで終わります。もう一つは、友達の勧めで思い切って窓を開けて月を見ます。どちらでも好きな結末を選んでくださいというディレクションがついている作品です。

私が演じたときは、一つめのエンディングを選びました。話の流れからいって、そういう気分(月を見る気分)にはなれないよなと思ったからです。

今年の2月に上演されたvoi.7で、別の人がこの作品を演じました。その人は二つ目のエンディングを選びました。それはそれで、その人のキャラクターや雰囲気に合っていて、なるほどこういう感じならあのエンディングもありかと、納得がいったものです。

 

私自身は月を見上げるのがとても好きなので(それに暗い思い出もない)、月が出ていたらすぐに空を見上げますし、なんなら探します。新聞の天気予報欄に月齢やら月の出入りの情報が書いてあるのを毎日チェックします。日めくりもちゃんと月の様子が掲載されているものを選んでいて、実は毎日なんとなく月の様子をチェックしているのです。

そうやってしょっちゅう月を見るようになったら、陰暦の意味もわかるようになったし、ほんとに15日周期で月の形が変わることや、季節や時刻によって見える姿が変わることもわかるようになってきました。なかなか面白いです。

 

今夜はまた天気が下り坂のようで、雲が空を覆ってしまうかもしれません。

そう思うとゆうべあの姿を見ることができたのはとてもラッキーだったと思います。

5月は大雨から始まりましたね。徐々に天気は回復していくらしいですが、朝目が覚めたときは、絶望的な雨の音が響いていました。

 

原因不明の急性胃腸炎(仮)により、昨日は一日絶食しました。

あの胃の痛みやらなにやらを思うと、とてもじゃないが怖くてものを食べる気にはなれませんでした。

そういう状態だったからか、ほとんど空腹感もなくてね。もともと夕方以降は何も食べない生活を送ってきたので、空腹感には慣れっこになっていましたし。

しかし、さすがに丸一日何も食べないでいると体がしんどいんですね。ちょっと動くと息切れするし、本を読む体力もなくなっていました。久しぶりにテレビをだらだら見てしまいましたよ。こういうときにテレビはいいんですね。何にも考えなくていいから。音が鳴ってにぎやかしにもなるし。

症状は少しずつ落ち着いてきました。夜も2時間くらいはまとまって寝られるようになりました。

そうなると、何も食べていないことによる体力の低下がちょっと心配になってきましてね。

チャッピーにも聞いてみたりして、もう一度食べることを始めようと思いました。

 

絶食からの復食としてはやはり重湯が定番でしょう。

レトルトのおかゆがありましたので、それをさらにお湯で伸ばして恐る恐る口に運びました。

怖かったですね。体に食べ物が入っていくということが。私の胃は果たしてどのようにそれを受け止めるのか。その先の小腸やら大腸やらはどうなのか。特に、いまだに不穏な動きを見せる大腸の反応やいかに。ひとさじひとさじが緊張に満ち溢れていました。

 

いまのところ、大丈夫みたいです。大きな反乱がおこることもなく、重湯は体内に収められたようです。

 

改めて「食べる」って怖いことなんだなと思いました。

元気なときはまったく意識しない内臓たち。食べ物を口にするときは、その味だったり、空腹感のためだったりしていたわけですが、その食べ物が体内に入ったときにどうなるのか、まではなかなか想像しません。勝手に消化して勝手に吸収して勝手に排出してる。それくらいにしか思ってないわけです。

でも、いざそこに疾患が発生するととたんに、その存在が大きくクローズアップされてきます。

胃が痛いのはなぜなのか。腸のあたりでぐるぐると音がするのはなぜなのか。なぜこうなってしまったのか。

今回の症状に関して思い当たることがなにもなく、なぜ突然こんな症状に見舞われたのかわかりません。

医者にかかることもちらっと脳裏をかすめましたが、ふだんから病院と縁がなく、かかりつけもありません。突然ぽんと受診したところで、医者も困ってしまうでしょう。今までに何度もそういう体験をしてきたので、よくわかるのです。

幸い、今回は時間経過とともに症状が落ち着いてきたので、このまま自宅療養でなんとかなると思います。

 

消化器官に発生したトラブルだからよけいそう思うのかもしれませんが、改めて「食べる」って怖いことだし、難しいことなんだと思いました。

同時に、食べることがエネルギー摂取につながるのだということも実感した次第です。