久々の映画。邦題は「サンキュー、チャック」
予告を見たときは、なんだろうこれ、と思った。
「CHARLES KRANTZ 素晴らしき39年」って、なんのことだと。
シンプルなスーツを着た細身の男性がにっこり笑っている広告。なんでもないような、でも意味の分からない不穏な広告である。
予備知識ゼロで鑑賞した。
(以下ネタバレあり)
いきなり第3章から始まる。
どうやらかなり不穏な世界のようだった。世界各地で災害が頻発している。地震や火山の噴火、山林火事、洪水。この章の主人公らしき男性(マーティ)が住む地域では、道路が大きく陥没していて、車がつかえなくなる。すべての通信手段がダウンして、世界の終末が近づいているらしい。人類あるいは地球の滅亡の経緯がなんともリアルで、特に通信手段がどんどんなくなっていく様子がさもありなんという感じだった。
マーティは使えなくなったスマホを捨てる。家を出たところで捨てるんだけど、「ほう、こんなところに捨てるのか」とちょっとした違和感が面白かった。いや、使えないんだからもういらないんだけど、なんでそこで地面に落とすかなあと思ったのだ。家の中に置いておけばよくない?
それはともかく。世界はどんどん壊れていく。
もうテレビ放送もなくなっているのに、なぜか「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に ありがとう、チャック」という広告だけが流れるのだ。この広告の平板さ、明るさが逆に不気味で、やがてこの広告はあらゆるところに出現する。
怖かったなあ。じりじりと世界が崩壊していくのをただ待つしかないのだ。待っている時間がいちばんつらい。マーティの隣人が泣き笑いの顔でそう言う。そうだ。確かに待っている時間がいちばんつらい。その時が来ることがわかっていて、ただそれを待つしかないのはとてもつらいことだ。
それでもマーティは別れた妻のもとにたどりつき、二人で静かに夜空を見上げる。静かに壊れ続ける星空を見ながら、アラームの鳴り響く中、最後の言葉を伝えようとする。暗転。
マーティが元妻のところにたどりつくあたりで、うっすらと構造がわかってきた。これはあれだ、誰かの中の宇宙だと。だからこの宇宙が終わるということは……。
というあたりで第2章が始まる。
第2章でようやくチャックが登場する。広告に出ている男性である。彼は会計士らしい。
とある街へ会議のためにやってきている。
ストリートでドラムを演奏しているところを通りかかり、なぜか彼はカバンを置いて踊りだす。
この、踊りだす瞬間が素敵だった。まだ単調なリズムを刻んでいるドラムに合わせて、少しずつ体が動き出すのだ。踊りの始まりはリズムである。
チャックのダンスはすごくいかしてた。切れが良くて楽し気で。
やがて彼は観客の一人ジャニスに声をかける。ジャニスもまたリズムに合わせて踊りだしていたのだ。
ここからのダンスシーンは圧巻だった。美しくて、躍動感にあふれていた。
観客を興奮の渦にまきこみ、二人は踊り続ける。
そして、ここが大事なのだが、とてもいいタイミングでダンスを終わる。熱狂した観客がアンコールをせがんでも、それにこたえることはないのだ。
ストリートドラムと即興コンビによるダンスタイムはひと時の夢。
2章の終わりで、ダンスを踊った場所を通るチャックは、夢のあとを見て思う。これより楽しい時間はもう訪れないだろう、と。
それは、彼の人生が39年という短さで終わるからというだけでなく、誰の人生においても本当に楽しく美しい瞬間は通り過ぎたあとにしかわからないからでもある。
明るいレンガの街角が、その明るさゆえにとても寂しく切なく見えた。
やがてチャックは病に倒れる。「サンキュー、チャック」の意味がわかってくる。
3,2,と来て、ついに第1章である。
この章でチャックの過去が描かれる。7歳から17歳で自分の未来を見てしまうまで。
この章はとてもスティーブン・キングっぽいなと思った。
思うようにいかない子供時代、入ってはいけない部屋、いたましい死。
この章で、ここまでの謎が解ける。チャックのダンスがうまいわけ。第3章で鳴り響いたアラームの意味。唐突な終わりの意味。
チャックのクラスの先生が、ホイットマンの詩を通して彼にある世界観を教える。
「私の中に無数の人が存在する」
最初この意味がわからなかったのだけれど、映画を見ているうちに気づいた。どの人もどの人も私の宇宙に存在する。私が知っている人も知らない人も存在していて、そうして世界はできあがっている。第3章で出てきた人も第2章で出てきた人も、この第1章で登場する。背景のように通りすがるだけだったり、同じ学校にいたり。無数の人が私の中にいて世界はできている。
ということは、ほかのたくさんの人の中にも同じように無数の人が存在していて世界ができているということなのだ。一人の死は一つの宇宙の終わりだけど、それがすべてではない。
正直まだうまく理解できていないところがあって、チャックが自分の存在を素晴らしいと受け止めるところは、なぜそうなる?と思ってしまうし、この作品が生命を肯定し希望に満ち溢れているとは思えないのだが、それでも否定的な感情は生まれなかった。
「終わり」が終わりでなく、ただの通過点であるようにも思えてきて、それも悪くないなと受け入れられるような感覚があった。「待っている時間がいちばんつらい」というのには全面的に賛成だけど。始まりと終わりの間、振り返ってみてつながること、そういうものがあるのだということが静かに伝わってきた気がする。
熱狂するような感動はなかったけど、じんわりとしみ込んでくる感動があった。
サンキュー、チャック。