映画「君のクイズ」を観てきた。
原作厨の私ではあるが、これは原作未読。そしてたぶんこの先も未読だと思う。
原作とはかなり違っているという話でもあるし、未読のままのほうがいいような気もしている。
映画は面白かった。
クイズ番組は、以前はよく見ていた。
パンフレットの中に日本の主なクイズ番組が挙げられているんだが、8割くらいは見てるんじゃないかな。クイズダービーなんて毎週欠かさず見ていたものだ。
昔のクイズ番組は、出題と解答の間隔が短かったような気がする。だんだんと演出なのか、「正解!」というまでの時間が長くなっていった気がするのだ。気を持たせる、というか、盛り上げようとしてる?そんな感じ。
私は、問題が出たらすぐに答えが知りたいと思う。わからないという状態が苦しくて嫌いなのだ。だから、解答者が答えたらすぐにそれに対する正否を出してほしい。そこでドキドキするのはなんだかとても嫌なのだ。
かといって、自分もクイズが解けるようになりたいとは思わなかった。たまたま自分が知っている知識で解ければいいが、そのために知識を蓄えたいというふうには思わなかったのだ。
だから、クイズプレイヤーの人たちはすごいなと思う。
「君はクイズ」には二人の天才クイズプレイヤーが登場する。絶対王者の三島と、魔法を使う本庄。静かなたたずまいの中村倫也さんと、ミステリアスで小生意気な雰囲気の神木隆之介さんが素敵だった。そして、番組の総合演出を手掛ける坂田を演じたムロツヨシさんがとてもよかった。一見優しそうに見えるし、話し方も穏やかなんだけど、ものすごく怖いところのある坂田をきっちり表現していた。ムロさん自身が持っている闇みたいなものが、坂田の笑顔の裏側にぴったりと張り付いているようで、三島と対決するシーンは息をのむ緊迫感が漂っていた。
事件を追う雑誌記者をユースケ・サンタマリアさんが演じていたんだけど、ここの配役がちょっと面白いなと思った。ユースケ・サンタマリアさんとムロツヨシさんは、わりと似たようなポジションの役を演じることが多い気がする。だから、坂田をユースケさんが演じて、雑誌記者をムロさんが演じるというパターンもありのような気がした。んー、でもやっぱり今回の坂田はムロさんのほうが適任だったかな。
クイズの答えを考えているときの頭の中を映像にしているところは圧巻だった。
三島は樹形図のように思考が枝分かれしていって最後に答えにたどり着く。本庄はぶわっと雲のように情報が膨れ上がって最終的に答えだけが残る。その残った答えを見つめながら解答する瞬間の目がすさまじかった。もうその答えを見ているとしか思えないような目。
冒頭に掲げられた「なぜ本庄は0文字解答ができたのか」という謎に迫っていく過程がスリリングだった。あんなふうに、クイズの答えがその人の人生に深くかかわっていることがあるなんて、想像したこともなかった。そういうものなんだろうか。
人生に正解はない、と三島は言う。クイズには必ず正解があるけど、生きていくことに正解はないのだと。いつだって、どの瞬間だって答えを探して、時々間違えて、また答えを探していく。
そういうものなのだ、と三島は言う。
そのわりには、間違えたら人生終了な世の中ではあるんだけどね。日本だけなのかどうかはわからないけど、答えを間違えたり失敗したらそこで終了な世の中じゃない? だから必死で正解を探っているわけだ。
私が演劇の稽古が好きなのは、何度でもやり直せるからかもしれない、とふと思った。
本番の舞台は始まったらもうノンストップ、それこそ人生と同じでただ流れ去っていくしかないんだけど、稽古の時は何度でもやり直せる。間違えたところ、うまくいかなかったところを巻き戻してやり直しができる。まるで習字で文字をなぞるかのように、何度でも修正して、訂正して正しい答えを作ることができる。
もしかしたら私、本番の舞台よりも稽古のほうが好きなのかもしれない。ずっと稽古していたいと思うことがあるくらいだから。
そのくらい、「正解を出す」ことにこだわっているのかもしれないなと思う。
そんなにこだわっているわりには、いや、こだわっているからこそかもしれないが、今のところ私は人生というクイズで正解を出したことがない。ずっと「ブー」という不正解の音が鳴り続けている気がする。